■第50話 修学旅行がやってくる
それ以来、ふたりはいつも一緒にいた。
相変わらずシオリの口から明確な愛情表現は聞くことが出来なかったが、
ショウタにとってはそんな事はどうでも良かった。
一緒にいられる
一緒にいたいと思ってくれている
それだけで充分だった。
言葉なんか要らなかった。
横を向けばその姿があるというだけで、心は満たされ震えた。
季節はめぐり秋が来て、ショウタ達2年生はもうすぐ修学旅行が迫っていた。
放課後の書道部の部室。
いつもの所定の席でふたりは並び、筆先を半紙に落としている。
窓から見える通学路の街路樹はほんのり色付きはじめ、夏服から冬制服に
衣替えした生徒が絨毯のように広がる落ち葉を踏みしめ帰宅する姿。
暖色の世界になんだか見惚れる。
窓の外から、書に集中する今日も麗しいシオリの横顔に目線を移し、
ニヤニヤと幸せそうに眺めるショウタは半身に傾げる気怠げな姿勢で
右手を動かしている。
ふとシオリがショウタの半紙に目を遣ると、半紙に縦書きで2行、
”2-A ” ”2-C ”と書いている。
『なに? なんでクラス??』 小首を傾げショウタを見ると、下唇を突き出し
不満気なショウタ。 筆先を硯へ移して、もう吸い上げないくらいに墨汁を
たっぷり浸み込ませている。
『同じクラスだったら良かったのになぁ~・・・
・・・せっかくの修学旅行なのにさぁ~・・・。』
そうぶつくさ呟くと机に片肘ついて、”修学旅行 ”と相変わらず墨汁を
つけ過ぎの滲んだ汚い字で書いた。
『クラスは違うけど行く場所は一緒じゃないのよ。』
サラッとクールに呟いて、再び自分の半紙に目を遣るシオリ。
そして、美しい姿勢で構えると筆先をゆっくり半紙に落とし筆を運んだ。
『そりゃ、そーだけどさぁー・・・。』 ショウタはイスに浅く腰掛け、
どんどん体を沈めていきもうイスの背が枕のようになる位置まで体は
下がっていた。
机脚から大幅にはみ出したジタバタと駄々を捏ねる学生服のズボンの足。
すると、なにも反応しなくなった隣に座るその姿。
こっそり盗み見ると濃紺ハイソックスの足はきちんと膝を揃えて座り、
白色の内履きもショウタのそれと違い新品のように汚れのひとつも無い。
いつ何度見ても麗しいシオリに勝手に頬が緩んでゆく。
チラリ、何気なくシオリの半紙に目を遣ったショウタ。
”ホテルに戻った後の自由時間とかあるじゃない ”
シオリは小筆で半紙1枚に流れるような美しい毛筆でそう記し、
まっすぐ澄まし顔をしている。
『うぉっ!!!』 それを目に、慌てたショウタが浅くギリギリに腰掛けて
いたイスから遂に転げ落ちた。
イスに抱き付くように這い上がると、『ま、まじで・・・?』
最大限嬉しそうな顔を向ける。
いまだ澄まし顔のシオリ。
ショウタの方は一切向かずに、再び筆を握りほんの少し口許を緩めて書いた。
”まじで。”
ニヤニヤと緩んでいく頬筋をどうすることも出来なくて、ショウタはイスの背を
抱きかかえるように反対向きに座り、重心を前後にかけてガタンガタンと
揺れている。
『えー・・・ チョー楽しみ!
修学旅行、チョー楽しみだなぁー・・・
早く行きたいなぁ、あと何回寝ればいいんだ~・・・?
ああああああああああ、早く自由時間になんないかなぁー・・・。』
『うるさいわね!』 ジロリと一瞥するも、喜びを隠そうともしないその姿に
シオリもこっそり微笑んでいた。
そして、あっという間に修学旅行の日がやって来た。