■第5話 訳の分からない宇宙人みたいな人の名前
ショウタに続いて廊下を進むシオリ。
微妙な距離をつくるふたりの背中が語る感情は真逆のそれ。
揃って2-Cの教室を出て行ったふたりを、野次馬の連中が出入口から身を
乗り出して眺め面白おかしく囃し立てる。
ショウタがしかめっ面で小さく振り返り、野次馬に『うっせ!』と言い返した。
そして、『なぁ~?』 と、微かに眉を上げシオリに同意を求めた。
その顔はなんだか照れくさそうに、口許にほんの少しの笑みをたたえて。
シオリが思い切り怪訝な顔を向ける。
( ”なぁ? ”じゃないわよ・・・
誰のせいでこうなったと思ってんの・・・?!)
不機嫌な様子を隠しもせず、シオリはショウタの背中について放課後の喧騒が
響く廊下を歩いていた。
すると、『ここら辺でいいかな・・・。』ショウタがひとりごちて立ち止まる。
そこは、2年の教室から離れた校舎の一角。
『やっぱ・・・ あの、人が多いトコで大事な話は・・・ ダメっしょ?』
(そうね。
今朝、そのお陰で今こんな大変なことになっていますもんね。)
『ここなら・・・。』 言い掛けたショウタへ、シオリが口を挟む。
『ココも、充分ヒトは通ると思うけど?』
そこは体育館へ向かう通路と、靴箱への通路の丁度交差した場所。
体育系の部活動がある生徒やら、帰宅部で帰る生徒やら、そこそこひっきりなし
に通行人の姿は見て取れる。 2年の教室から ”のみ ”離れた場所なのだ。
(なんなの・・・? ギャグかなんか・・・?
私を、笑わせようとしてるの・・・?
全っ然、おもしろくないですけど・・・。)
大きな大きな溜息しか出ないシオリ。
昔、溜息をつくと幸せが逃げるなんて聞いたことがある。
多分、もしそれが本当ならば一生分の溜息をついたのではないかというくらいの
本日の溜息パーセンテージ。 もう一生幸せにはなれないかもと覚悟しかける。
呆れ果て痺れを切らし、シオリはショウタの腕をむんずと掴んだ。
『コッチ来て。』 そう不機嫌な声色で呟くと、理科室がある西棟へとズンズン
進んで行く。
運動系の部活動の声も届かないそこは、3階からそよぐ吹奏楽部の小さな音色と
シオリが荒々しく立てる内履きの足音が響いているのみの静かなエリアだった。
だいぶ乱暴に掴んでしまったショウタの腕の感触に、小さく振り返って一瞬
その様子を見るとその顔は、なんだかはにかんで緩んでいる。
(照れてんじゃないわよ・・・!!!)
ここら辺でいいだろうと足を止めたシオリが、ショウタの腕を掴んでいた手を
払うように離すとショウタは肩をすくめて『えへへ』 と笑った。
(・・・・・殺してやりたい。)
『・・・で? 話ってなに??』 シオリはすぐさま話を終わらせて、さっさと
帰りたかった。
今日はこのあと塾があるので、ボケっと学校にいる暇などないのだ。
『え?』
なぜ今シオリに腕を引かれてココに来たのか忘れかけていたショウタ。
『ぁ、アナタが・・・ 話があるって言うから・・・。』 言って、シオリは
今、目の前にいるこの訳の分からない宇宙人みたいな人の名前を知らないこと
に気が付いた。
『名前・・・ そう言えば、私・・・ 知らないかも・・・。』
すると、パッと明るい表情を向け、
口角をこれでもかというくらい吊り上げたショウタ。
まるで ”気を付け ”をするように背筋を正すと、クっと顎を少しあげて
『ヤスムラ ショウタ! 2年A組 出席番号18番 実家は八百・・・』
『ごめん、 そこまではいいわ・・・。』 手をかざし途中で遮ったシオリ。
ショウタは、まるでこれから ”始める ”ために、少しでも自分を知ってもらおう
とでもするかのように笑顔で自己の紹介をしかけていた。
放っておいたら、趣味・特技のほか家族構成・病歴までも言い出しかねない
その無駄な勢い。
シオリの口から溜息がまた零れた。
溜息どころか、エクトプラズムあたり漏れ出してるのではないかと思うほど、
それは暗く深かった。