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■第49話 青りんごの習慣



 

マックで散々笑い合って昼食をとった後はふたりで駅前をぶらぶら歩いていた。

 

 

特に目的もないけれど、本屋や雑貨屋やCDショップを覗いて見てまわる。

歩き疲れると缶コーヒー片手にベンチに腰掛けて、そこでもまた時間を忘れて

しゃべって笑った。

 

 

時間なんていくらあっても足りなかった。

ただ一緒にいるだけで、ただ並んで歩くだけで、ただ隣にいるそれだけで

満たされてゆく。

 

 

すると、ショウタが左手首に付けた腕時計に目を落とした。

実はシオリに気付かれないよう、今までずっとチラチラと時間は気にしていた。

 

 

 

 『あのさ・・・ 何時まで、ダイジョーブ?』

 

 

 

今の時刻は夕方の5時少し過ぎたところだった。


まだだいぶ明るかったけれど、少しずつ確実に今日という日が終わりに

近付いている気配に焦る気持ちを抑えられない。


シオリも自分の腕時計に目を遣り、

『ん・・・ 夕飯までには戻ろうかな・・・。』 どこか寂しそうに後ろ髪

引かれるような声色で呟く。


シオリもまた、ショウタに見えぬように時計は気にしていた。

 

 

『夕飯って? 何時? 6時?7時??』 ショウタがまるで泣き出しそうな

顔を向け身を乗り出し訊く。 大きくて頼もしいはずのその手はぎゅっと握り

しめて駄々を捏ねる幼いこどものように体の横で揺らしている。

 

 

『6時、くらいかな・・・。』 シオリのそれも、寂しい色を含んでいた。

 

 

 

 『あー・・・ 1時間、切っちゃった・・・。』 

 

 

 

なんだか不貞腐れたこどもの様に、珍しく不満気な顔を見せ下唇を突き出して

背中を丸めるショウタをシオリはそっと見つめる。

 

 

 

 

  (別に、もう会えない訳じゃないのに・・・。)

 

 

 

 

”トボトボ ”と本当に音が出ていそうなくらいガックリ肩を落とし帰り道を

数歩先ゆくショウタの大きなはずの背中があまりに弱々しくて心許なくて、

シオリは困った顔をして愛おしそうに小さく笑った。

 

 

『ねぇ、ヤスムラ君・・・。』 思い切って声を掛ける。

 

 

振り返りしょんぼりした顔を隠そうともしない情けない下がり眉に、

シオリは言った。

 

 

 

 『私ね・・・


  青りんご・・・ 


  ・・・あの青りんご食べるのが、もう習慣みたくなってるの。』

 

 

 

言われてる意味が分からず、ショウタは『ん?』 小首を傾げている。

 

 

 

 『夏休み中も・・・


  出来れば・・・ 青りんご、毎日・・・ 食べたいんだけど・・・。』

 

 

 

今言われた意味をじっくりゆっくり何度も何度も巡らせて考えている。

その視線は最初斜め上方を見眇め、その後は高速の瞬きがやや暫く続き、

そして止まって目を見開いた。

 

 

やっと理解出来たショウタ。 『えええええええええええええええええ???』


目玉が零れ落ちそうに見開き、思わずシオリの細い肩をガッチリ掴んで

揺さぶる。

 

 

 

 『ぇ。 そ、それって・・・?』

 

 

 

赤い顔でコクリ。ひとつ頷くシオリ。 『・・・毎日、だからね?』

 

 

すると、ショウタは少し震える手で口許を覆ってみたり、オロオロと歩き回って

みたり電柱にパンチを繰り出してみたり、あきらかに取り乱していた。


『ま、まじかまじかまじかまじか・・・。』 ブツブツとひとり小声で繰り返す。

 

 

その様子があまりに滑稽で、シオリは肩をすくめてクスクス笑う。


電柱に張り手をし続けているそのパーカーの大きな背中をぎゅっと掴み

引っ張ると『ほら、帰るわよ!』 と促した。

 

 

 

 『え? ちょ・・・ もいっかい確認するけど。 そ、それって・・・?』

 

 

 

尚も信じられずにオタオタしているショウタの脇腹に、シオリは軽く

グーパンチをする。

そして再び頬を赤くしながら、口を尖らせもう一度照れくさそうに言った。

 

 

 

 

 『だーかーらー・・・


  ・・・毎日、会いに来てって言ってるの!!!』

 

 

 

 『え? え。 ちょ・・・ も、もいっかい!!!』

 

 

 

『しつこいっ!!!』 夕空にシオリの怒鳴り声が響き渡りはじめてのデートが

終わりを迎えようとしていた。

 

 

 


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