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■第48話 カウンターに並んで座って


 

 

ショウタが慌ててシャワーに入り着替えて10分で戻ると、店先で母親と

シオリが愉しそうに話して笑っているのが目に入った。 

 

 

思わず立ち止まる。 その光景が、なんだかじんわりあたたかくて心が震える。


思い切り頬を緩めながら、『ごめん! お待たせっ!』 

飛び込んで来たその姿は髪の毛が濡れていて、いまにも雫が落ちそうだった。

 

 

 

 『慌てなくていいって言ったじゃない! 


  髪の毛乾かしてきなよ・・・ 風邪ひくってば!』

 

 

 

シオリが困った顔で口を尖らすも、『へーき!へーき!』 と踏んづけたままの

スニーカーの踵の内側に指を差し込み、慌ててそれを履く。 爪先をトントンと

地面に打ち付けて、ついでに足首もグルリ廻した。

 

 

ショウタにとっては、1分でも大切なのだ。

シオリとふたりでいられる時間を、たった1分も減らしたくなかった。

 

 

『ほら!行くぞ行くぞ!』 強引にシオリを促して、商店街を進んだ。

 

 

 

 

 

 『なに食べる~? 食べたいモンある?』 

 

 

並んで歩くふたりは、どこからどう見ても仲の良いカップルにしか

見えなかった。 きっとそう見えるんだろうなと思うと、ショウタの頬は

またしても上機嫌に緩む。

これで手でも繋げたら最高なのだけれど、そこまで一足飛び出来るほど

ショウタの蚤の心臓には長い足は付いていなかった。

 

 

『ファストフードとかでいいんじゃない?』 シオリが隣を歩くショウタに

目を遣る。


今日はネイビーの薄手パーカーにジーパン姿。 背が高いから見栄えは悪く

ないし元々常に笑っているような人懐こいその顔は、悪い印象を与えることなど

まず無かった。


ショウタに見えないよう少し顔を逸らして、クスっと微笑んでいた。

 

 

 

 

 

駅前のマックに入った、ふたり。


昼どきのそこは混んでいてテーブル席は全て埋まり、空いているのは窓際に

向いたカウンター席のみだった。 

注文するにも長い列に並ぶ。 しかしふたりで並んでアレコレ言いながら待つ

順番なんてなにも苦にはならない。 ”なにを注文するか ”という話題だけで

なんなら2時間くらいイケそうな程、ふたりの頬には笑みが溢れていた。

 

 

やっと手渡されたふたり分の商品が乗ったトレーを、ショウタが持って進み

カウンターに並んで座る。

 

 

結構豪快にパクリとバーガーにかぶり付くシオリが意外で、ショウタはポテトを

一気に3本つかみ咥えながら横目にクククと笑う。


『マックとか食わないのかと思ってた~』 という言葉に、

『え? なんでっ??』 ひどく驚いた顔を向けるシオリ。

 

 

 

 『だってさ~・・・


  病院長の娘、とかだとー・・・


  いつも、こう・・・ フォークとナイフ、的な?』

 

 

 

両手でフォークとナイフを握る所作を少し大袈裟にして見せる。

ついでにワイングラスをしっとり回す仕草まで付け加えて。


首元にナプキンを付けたシオリが猫脚のアンティークなテーブルにつき、

BGMのクラシック音楽が流れる映像がショウタの頭を巡ってゆく。 

後方に佇むメイドの姿。

 

 

 『そんな訳ないじゃない! フツウにお箸だし、焼き魚とかだよ。』

 

勝手な想像にシオリは呆れたように笑った。 実際に今朝の朝ごはんだって

焼き鮭と目玉焼きだった。

 

 

すると、ショウタがじっとシオリを見つめた。


まるで電池が切れたオモチャみたいに、瞬きも忘れたようにかたまっている。

しかしシオリと目は合わない。 口許あたりを凝視しているようだ。


『な、なに・・・?』 あまりに見つめられて、少し体を仰け反り眉根を

ひそめるシオリ。

 

 

『マヨネーズ。』 人差し指でシオリの口の端を指差し、ぽつり呟くショウタ。


その一言に恥ずかしそうに慌ててカバンからティッシュを取り出すと、

シオリが口の横を拭うもまだ拭き取りきれずに残っているそれ。 

ポテトの油で少し色っぽくテカった薄い唇の端にチョン。とクリーム色が。

 

 

ショウタが人差し指を伸ばし、躊躇いながらゆっくりシオリの口横の

マヨネーズを拭った。


マヨネーズにかこつけて触れたシオリの唇に限りなく近いその肌は、

やわらかくてぷるんとしている。 

ショウタの顔は何故か赤く火照って、目も潤んでいた。 

そしてじーーーーっと自分の指先を見ている。

 

 

『アリガト。』 恥ずかしくて仕方なくて、俯きながらショウタにその指を拭く

ためのティッシュを1枚取り出し渡そうとしたその時、

 

 

 

 

 『ちょっと!!!!!!!!』

 

 

 

 

マヨネーズが付いたゴツイ指を、ショウタはもの凄いスピードで口に咥え

舐めようとした事に気付いたシオリが、その手を掴んで大声で止めた。

 

 

『ババババ、バカじゃないの? ねぇ・・・。』 真っ赤になってギリギリで

それを阻止するとシオリは隣に座るショウタの腕を、結構な力を込めグーパンチ

でボコボコ殴る。


耳だけでなく首まで赤く染めたシオリは、恥ずかしくて仕方なくて困っている

ような怒っているような呆れているような顔でジタバタ足掻き、前髪の隙間から

情けない眉が見えてしまっていた。

 

 

ショウタがさすがに自分の馬鹿さ加減に、吹き出して笑い出す。

つられてシオリも肩を震わせ笑っている。 ショウタを殴る拳はそのままに。

 

 

 

 『ちょ・・・ 左腕、ヒビ入ったほうだからさ・・・。』

 

 

 

シオリが殴り続ける左腕をかばうように、背を丸めるショウタ。


『知るかっ!!』 更にケラケラ笑い最後の一撃、伸ばした拳を軽くショウタの

頬に当てた。シオリの小さな拳に、ショウタの少し硬く引き締まった頬の感触。

 

 

 

 

  (ほんと、どうしようもないバカなんだから・・・。)

 

 

 

 

ただマックで昼ごはんを食べるだけの事なのに、ふたりにとっては愉しくて

嬉しくて笑ってばかりでお腹が痛くて、気が緩むと泣けてくるほど大切な時間と

なっていた。

 

 

 


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