■第44話 新着メール1件
塾の前まで自転車でシオリを送ったショウタ。
本当は塾なんか休んで早くユズルに足を看てもらえばいいのにと思っていたが、
シオリが大丈夫だと繰り返すので、渋々その言葉に頷いた。
『あのさ、塾って何時に終わんだっけ?』
自転車から降りカゴの中のカバンに手を伸ばしたシオリへ、さり気なく訊く。
すると、『8時。』 一言返事し、シオリは小さく手をあげ『ありがとね。』と
照れくさそうにお礼を言って、少し足をかばいながら建物の中に入って行った。
『2時間後か・・・。』 シオリの背中が見えなくなるまで見送ると、
ショウタはポツリひとりごちた。
8時になり塾が終わる時間になった。
教室ではぞろぞろと騒がしく次々ドアを出て帰ってゆく姿。
あっという間にそこは誰もいなくなり、途端に閑散とする。 やたら蛍光灯の
光だけギラギラ眩しい。
シオリはまだ席に着いたままで、俯いてぼんやりしていた。
段々腫れが酷くなる足首がジンジンと脈打っている。 そのお陰で今日は全く
勉強になど集中出来なかった。
(どうしよう・・・ お兄ちゃんにでも車で来てもらおうかな・・・。)
シオリはひとつ溜息をつき、カバンからケータイを取り出して自宅へ電話
しようとその画面に目を落とした。
すると ”新着メール1件 ”の表示。
From:明るく元気なストーカー
T o:ホヅミ シオリ
S u b:
本 文:目の前にいるから。
チャリで帰り送るよ。
ヤスムラ
ガタンっ!!
驚いて慌てて勢いよく立ちあがってしまい、足首にズキンと痛みが走った。
痛みに苦い顔をしつつ少し足をかばい教室の窓側に駆けて窓の外を見ると、
そこにはショウタの姿が。 自転車を停めて向かいの建物の電柱前に立って
いるのが、街灯のほのかな光に浮かぶ。
窓にシオリの姿を見付け、嬉しそうに手を振っていつもの朗らかな笑顔を
顔いっぱいに作って。
(もう、なんなのよ・・・。)
シオリは慌てて目を逸らした。
その目にはみるみる涙が込み上げていた。 その透明な雫がこぼれぬよう
上を向き呼吸を整える。
カバンを掴むと痛む足を堪え、早足でショウタの元まで急いだ。
『ビックリした~?』 呑気にケラケラ笑う、その下がり眉の善人顔は
私服に着替えていた。
赤系ギンガムチェックシャツにジーパン姿のそれ。
一度家に帰って、また塾前まで来てくれたということのようだった。
『ちゃんとご飯食べたの・・・?』
心配そうに上目づかいで見つめるシオリに、『食った食った。』えへへと笑う。
ふいにまた涙が込み上げて、慌てて俯きそれを隠す。
すると、『ほら、乗って! 早く足看てもらわないとー』ショウタに急かされて
シオリはまた同じように自転車の荷台に横座りした。
そして、ショウタのシャツの背中をぎゅっと掴む。
最初よりも強く。
最初よりも分かりやすく、不器用でやさしい背中に寄り添って。
ショウタの背中に、シオリの感触が伝わる。
シオリの頬に、ショウタの大きな背中のそれも。
触れ合うその部分だけ、熱をもっているかのように火照っていた。
互いそれについて敢えてなにも言うことなく、ただ黙ってそのぬくもりを
感じていた。
(ヤスムラ君が、好き・・・。)
シオリの中の秘めている想いがどうしようもなく溢れだす。
それと同時にぽろぽろと涙がこぼれて、つやつやの白い頬を伝った。
正面から吹き付ける少し肌寒い夜風が、その雫をさらってゆく。
(大好き・・・。)
胸が苦しくて苦しくてぎゅっと目を閉じた。
決して泣いていることに気付かれないよう、シオリはこっそり深呼吸した。




