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■第43話 自転車の揺れのせいにして


 

 

左腕のアームリーダーがはずれ、やっとスッキリした面持ちで軽く肩を

回すショウタ。

 

 

自宅裏の自転車を停めている物置前に立つと、サドルを手の平でポンポンと

叩き『待たせたなっ!』 と、ポツリひとりごちる。

 

 

久々に握る自転車のハンドル。 ペダルを漕ぐ足もなんだか軽くて思わず

無駄に立ち上がりご機嫌に颯爽と立ち漕ぎをして学校へ向かう。


シオリにしつこいくらいに念押しされ、ケガ中はきちんと徒歩で通学していた。

あの徒歩での通学時間が自転車だとこうも早いかと、自転車発明の父

ドライス男爵になんならキスぐらいしてもいいくらいだった。

 

 

 

 

 

移動教室の途中で廊下にショウタの姿を見掛けたシオリ。


まるでスキップでもしそうにご機嫌で、その腕は自由を勝ち取りどこか

誇らしげに左手をせわしなく動かしている。

 

 

 

 

  (ぁ。 アームリーダーはずれたんだ・・・。)

 

 

 

 

そのあまりに分かりやすい上機嫌な様子に、ひとり、ぷっと吹き出した。

 

 

 

今日はなんだかやたらとショウタが目に入る日だった。


ふと目線を流した先にはショウタがいて、落ち着きなく廊下を駆けていたり、

美術の授業の後らしく水飲み場でゴシゴシ手を洗って制服ズボンで手を

拭いていたり、調理実習で作ったであろうカップケーキを廊下で食べて教師に

注意されていたり。

 

 

 

 

  (まったく・・・ なにやってんだか・・・。)

 

 

 

 

その様子を自分でも気付かないうちに、ひたすら目で追っていたらしく

シオリが廊下を進みながら呆れ顔で少し笑った時、正面から来た人に

ぶつかりそうになり慌てて避けた。


『痛っ・・・。』 その時、少し足首を捻ってしまった気がする。 

足首に微かな違和感があった。

しかしこのぐらいなら大丈夫だろうと保健室にも行かず、シオリは午後の

授業まで普通に受けていた。

 

 

 

終業のチャイムが鳴り響き、バタバタと廊下に足音を立ててウキウキする

様子を隠そうともせずショウタがシオリの2-C後方戸口にひょっこり

顔を出す。

シオリは目線だけ一瞬そちらに向けて立ちあがると、静かにイスを机の下に

納めてニコニコ頬を緩めるショウタの元へゆっくり向かった。

 

 

すると、『じゃーーーんっ!!』 ショウタは左腕を目線の高さに上げて、

自由になったそれをシオリに見せつける。


今日一日中チラチラとショウタの様子は見えていたので、アームリーダーが

はずれた事は知ってはいたけれど『ちゃんと見てたよ。』なんて言える訳がない。


『はずれたんだね。』 小さく笑って返した。

 

 

ショウタが左腕をケガしている間、自転車で登校しないか見張るという名目で

ふたりで帰っていた放課後。 今現在、腕は治りショウタは自転車で来ていた。

その名目はもう使えないというのは互いに分かっていたが、どちらもそれに

気付かぬフリをして至極当たり前のような顔で、一緒に駐輪場へ向かう。

 

 

 

自転車には乗らずに押して歩いて帰る、放課後。


ふたり、相変わらず微妙な距離をあけたままで。

するとしゃべりながらふとシオリに目をやったショウタが、その歩き方に

どこか違和感を感じた。

 

 

 

 『あれ・・・ どした? 足、痛いの・・・?』

 

 

 

掛けられたその一言に、驚くシオリ。


少し捻ってしまった足首はどんどん痛くなり、熱を帯びて腫れてきていた。

しかし塾が終わって自宅に戻ったら兄ユズルに看てもらおうと思い、

そんな事おくびにも出さずいつも通りにしていたつもりだったのに。

現に同じクラスの誰にもそれは指摘されなかったし、気付かれていなったのだ。

 

 

『ぁ、うん・・・ ちょっと、捻っちゃって・・・。』 情けなく笑う。

 

 

すると、『言えよー! なんだよ、もうー・・・。』 口を尖らしてショウタは

おもむろに自転車に跨った。 


そして、『ほら!後ろ後ろっ!!』 自転車の荷台を顎で指す。

 

 

自転車の少し後ろで、まごついて立ち竦んだままのシオリ。 

ふたり乗りをした事がなくてなんだか尻込みしていた。


『もっと痛くなるぞー!』 ショウタに脅かされて、しずしずと荷台に

横向きに掛ける。 ショウタが両足で支えている自転車が、シオリの重みで

少しだけ不安定に左右に揺れた。

ショウタは振り返りシオリのカバンを引き受けると、自転車カゴの中の

自分のカバン上にそれを乗せる。 


そして、もう一度振り返ってシオリをじっと見ている。

 

 

『ん?』 見られて見つめ返すシオリ。


すると、『 ”ん? ”じゃないでしょ! 掴まって!!』 そう促されても

何処に掴まっていいものか分からない。掴む場所を探しシオリの手は空を彷徨う。


いつまで経っても感じないその掴まれる感触に、ショウタが可笑しそうに

クククと『どこでもいいから掴まれって!』 やさしく笑った。

 

 

シオリはショウタの制服の背中を、その白く華奢な手で遠慮がちに

ぎゅっと握った。


ブレザーがシワになってしまうんじゃないかと、掴むのは背中でいいのか

どうか答えを出せないでいるシオリに、『動くからなー!』 一言声を掛けて

ショウタとシオリはじめてふたり乗りした自転車は、下校する生徒で溢れる

校舎脇の道をゆっくり進む。

 

 

 

ふたり、照れくさそうに嬉しそうに頬を染めて。


堂々とふたり乗りで仲良く通学路を進む自転車に、多数の冷やかしや

羨ましそうな視線を感じる。

制服の背中を掴むシオリの手が、一瞬ぎゅっと力を込めた。

 

 

 

自転車の揺れのせいにして、

ほんの少し、その大きなやさしい背中に寄り添った。

 

 

 


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