■第41話 よく笑うようになった顔
2-Aのショウタの席の前席に、ツカサがイスの背に抱き付くようにして
後ろ向きに座っている。
その顔はニヤニヤとなにやら厭らしく片頬をあげ、気怠そうに突っ伏す
ショウタの首筋にツンツンとイタズラするように人差し指でつつく。
『なぁ~・・・ ショウタくぅ~ん・・・
最近、なんかイイコトあったぁ~・・・?』
明らかに特定のなにかを思い浮かべながらの、その言葉。
声色はからかう感じのそれで、イヒヒ。と笑うツカサは愉しそうに口角を
最大限あげる。
『・・・なにが?』 のっそり顔を上げると背を反らせて、奥歯まで全部見える
ほど大きく口を開け欠伸をすると、いまだ首筋をツンツンするツカサの
うざったい指を手で払いつつかれた箇所を痒そうにポリポリ掻いた。
『最近さぁ~・・・
ホヅミが、な~んか、よく笑うって噂になってんだぜ~・・・?』
突然ツカサの口から出た ”ホヅミ ”という固有名詞にショウタは一瞬驚き、
『お前、すげえな・・・ まじで。』 と尊敬するような眼差しで呟いた
ツカサの一言が嬉しくないはずはなく、照れくさそうに眉を上げ口許を尖らして
ペコリ。謎の会釈をする。
そう言えば、最近シオリは教室でもクラスメイトと愉しそうに談笑している姿を
見掛けることが増えたかもしれなかった。
”大人しい ” ”話しづらい ” ”笑わない ”という3大イメージを内心酷く気に
しているシオリにとっても周りに笑顔を見せる回数が増えることは実に良い事で。
シオリの笑う顔を思い浮かべ、嬉しそうに目を細め頬を緩めるショウタ。
すると、
『あのさ、
ほんとに医大生から、奪えちゃうんじゃねーのぉ~・・・?』
ショウタ以外のみんなは、シオリの ”カレシ ”とされる人物が実はただの従兄弟
だという事を知らないままだった。
シオリの個人的なことを誰かに言っていいものか考えながらも、ショウタは
ツカサにぽつり小声で言う。
『あー・・・
アレ、違ったんだよねぇ・・・
別に、付き合ってないの。 ただの、根も葉もない噂!』
『えええ?? ・・・てことは??』 落ち着きなくイスから立ちあがり、
ツカサはショウタの肩をぐっと掴むと、ぐわんぐわんと揺らす。
『あとは、俺の頑張り次第ってことっしょー!!』 ショウタがそこそこ勝算
ありという顔を向けてうししと笑う。 後頭部に両手を添えて、ぐっと背中を
反らし天井を見つめるともう一度嬉しくて堪らないといった顔で顔を綻ばした。
『お前・・・ まじで尊敬するわ・・・。』
ツカサは英雄を見るような目で見つめ、
『最近ケッコォ、一緒に帰ってんだろ?』 身を乗り出して話を続ける。
クラス1、否。 学年1の勇者でありヒーローであるショウタに裏事情を
訊きたくて仕方がない、いまだ ”彼女いない歴=年齢 ”の、村人A。
『ん~、まぁな。』 イスの背にヒーローは踏ん反り返って、さほど長くはない
足を組む。 そして胸の前で腕も組んで、どこか勝ち誇ったように目を細めた。
『じゃぁさ・・・
チュゥぐらいは、もう・・・したの??』
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぇ。』
踏ん反り返るヒーローが急に背中を丸めて、自信なげに小声になった。
『いつすんの?もうそろそろ、チュゥの時期??』 村人Aは目をキラキラさせ
十字架に祈るように手を組んで、目の前の(仮)ヒーローをうっとりした表情で羨む。
『いや・・・ それは、ぜんぜん・・・ まだ・・・。』
考えないはずはない、その、ソレ。
枕で、毎晩毎晩練習済なの、だが・・・。
まだその前に越えなければならない色々諸々こまごました事は山ほどあるのだ。
すると、
『いくらなんでも手ぇぐらいは握ってんだろ?!』 村人Aの矢継ぎ早な質問は
やむことを知らない。
『ぁ、えーぇっと・・・ それも、まだ・・・
つか、まだメールも電話も・・・
そう言えば、したことない・・・かも・・・。』
チッ。
ツカサがあからさまに落胆して舌打ちをした。
そして、『なんだよそれ! そんくらいソッコーでしとけよ!!』
(仮)ヒーローは、いとも簡単にただの一般人に降格した。
(そんな簡単にゆうけどさぁ~・・・
毎日顔合わせてんのに、なんてメールすればいーんだよ・・・
絵文字とかも、あんま苦手だしさぁ~・・・。)
ぶつくさと心の中で呟きながらも、シオリから来る返信を想像するとトキめく
心を抑えられない。
(ハートとか付いちゃってたら、俺、気絶しちゃうわ・・・。)
甘い妄想ばかり膨らますだけ膨らまし、背中を丸めて顎を机に乗せショウタは
ぽつりひとりごちた。
『メール・・・ してみよっかなぁ・・・。』