■第40話 精一杯乗せた気持ち
『ご、ごめんくださ~ぁい・・・。』
店先に青モノや根菜などが所狭しと並び、黄色プレートに赤文字でデカデカと
値段が書かれている。
スーパーの野菜売り場に比べたら格段に値段は安く、そして新鮮で美味しそうに
見えるツヤツヤした野菜の数々。
店の壁には大きく見やすい月間カレンダーが掛けられ、年季の入った壁掛け時計
が時を報せる。
シオリはショウタの実家 八百安の店先で、どこか居場所無げに店奥へと緊張気味
に呼び掛けた。
すると奥の方で段ボールの整理をしていたショウタ母が顔を上げシオリに気付いた。
『あらまっ! 青りんごちゃんじゃないの~!』
すっかりヤスムラ家ではシオリのことは ”青りんごちゃん ”
ホヅミ家ではショウタが ”青りんご君 ”と呼ばれていた。
その呼称はやはりどうしても恥ずかしいシオリ。
『あの・・・ ホヅミです、ホヅミ シオリです。』 名前で呼んでもらおうと
今更ながら改めて自己紹介をした。
すると、ショウタ母は肉付きのいい頬を上機嫌にきゅっと上げて笑う。
『どうしたの? シオリちゃん・・・
もしかして、あのバカの見舞いに来てくれたの・・・?』
即座に ”シオリちゃん ”と下の名前で呼ばれ、恥ずかしい反面どこか嬉しい。
『具合、相当悪いんですか・・・?』 不安そうな表情を向けるシオリへ、
母はこれでもかというくらい豪快に、腹を突き出し仰け反って笑う。
そして『ちょっと待ってな。』 ニヤリ片頬を上げ一言告げると店の奥を覗くと
すぐ見える自宅階段の2階に向かって、地鳴りのようなダミ声で叫んだ。
『ショウタぁぁぁあああああああああああ!!!』
すると、一拍置いて階段を気怠い雰囲気で下りてくる足音と共に、
『なんだよ~・・・ うっせーなぁ・・・。』 ショウタがくたびれた部屋着の
Tシャツ&スエット姿で、ボリボリ腹を掻きながら店へ姿を現した。
そして、
『ホホホ、ホヅミさんっ!!!』
驚きすぎてその場でかたまり、二の句を継げないショウタ。
パチパチと瞬きを繰り返し、金魚のようにパクパクとなにか言いたげに口が
閉じたり開いたり。
そしてTシャツからわずかに覗く腹を慌てて隠し、身なりを整える。
『具合・・・ どうなの?』
シオリから心配そうな目を向けられた事に、大慌てで恐縮して背を丸める。
両手を最大限大きく振って、『ぜ、ぜんぜんっ! ぜんっっぜん平気!!!』
そして、いつもの情けない下がり眉と垂れ目でえへへと笑った。
近所の公園に、ふたりの姿。
静かに沈む夕陽が眩しいそこは、もう遊んでいるこどもの姿はなくひっそりして
いる。 大きなケヤキの樹が枝を広げ、みずみずしい葉が青緑色の風をそよがせ
る。 折り重なった葉の隙間から差し込む陽の光が、木製の少しくすんだベンチ
に差し込んだ。
『あのね・・・ ちょっと話したいことが、あって・・・。』
ショウタに促されベンチに腰掛けたシオリが、意を決して言葉を発した。
落ち着かなそうに浅く腰掛け俯いて今日もよく手入れされツヤがあるローファー
の爪先が内股でㇵの字になっている。
シオリの隣に座ったショウタ。
あまり朗報ではないのだろうと、どこか覚悟したような顔で無言で俯いている。
ふと足元に目を遣ると、慌てすぎて父親のサンダル履きで来てしまったと気付く。
格好だってあまりにダサい、ねずみ色のスエット姿。
ふと、昨日のコウの清潔感ある身なりを思い出す。
自分だっていつもはもう少しちゃんとしたジーパンとTシャツなんだけど、と
言い訳めいた事を言い掛けそんな空気ではないと気付き、飲み込んだ。
『あのね・・・
あの・・・ 勝手に、勘違いされてたから・・・
だから、そのまま否定しないでいただけなの・・・。』
シオリの口からしずしずと出た、結構な決心をした気配のその言葉。
しかし、ショウタはまるで言われている意味が分からなかった。
暫し、背を丸め頭を抱えて考え込み 『・・・ごめん、なんの話??』
シオリを覗き込む。
すると、シオリが訴えるように目を上げショウタをじっと見て、ぽつり。
『従兄弟なの・・・
昨日のは、医大に通ってるただの従兄弟・・・。』
『えっ?????』 ショウタの細い垂れ目が、3倍くらいに見開かれる。
『ただ・・・
従兄弟は、ヤスムラ君が勝手にカレシだと思い込んでるって気付いて
否定しない私に、テキトーに合わせてくれた、だけ、なの・・・。』
『・・・そ、そうなの??』 喉の奥から絞り出すように、呟く。
コクリ。シオリは俯いたまま大きくひとつ頷いた。
サラサラの長い黒髪が、背中から前に垂れてその赤い横顔を隠してしまう。
『じゃ、じゃあさ・・・
別に、付き合ってるヤツいないって、こと・・・?』
『うん・・・ だ、だから・・・。』 シオリはこの後なんて言葉を継ごうか
考えていた。
(ヤスムラ君のことが好きだけど・・・
好き、なんて言えないよ・・・。)
『だから・・・ 青りんご・・・
・・・ぜんぜん迷惑じゃ、ないから・・・
・・・青りんご、
・・・青りんご。 私も、すごい好きだから・・・。』
シオリにとっては精一杯 ”気持ち ”を乗せたつもりだった。
”ショウタ ”のことが好きとは言えない代わりに、どうかこの遠回しな言葉で
気付いてもらえるように。
どうか ”青りんご ”を ”ショウタ ”に置き換えて受け取ってくれるよう願う。
しかし、勘が鈍いショウタには額面通りにしか伝わらなかったようだ。
『わかった! これからも、毎日、ずっと、持ってくから・・・
チョー旨いやつ、ちゃんと選ぶからさ!
・・・つか、ほーんと青りんご好きなんだなぁ~・・・。』
ショウタが嬉しそうに頬を高揚させて朗らかに笑う。
口角はきゅっと上がり、目を細めてどこか遠くを見澄ますように。
途端に、こどものようにベンチに投げ出した足をブラブラとご機嫌に
揺らしている。
(まったく・・・ どんだけバカなのよ・・・。)
『うん・・・ 毎日、楽しみに待ってるから。』 シオリが可笑しそうに
肩をすくめクククと小さく笑った。
少しずつ陽が翳る夕空は、眩しいほどに橙色が広がっている。
シオリがチラリ。ショウタの格好を横目で見て、ぷっと笑った。
『ぁ、いや・・・ あのさ!
普段はもうちょいマシなんだよ?
ちゃんと、リーバイスのジーパンとか履いてっから! まじでまじで!』
なんだか必死に身を乗り出して釈明するショウタが可笑しくて、シオリは声を
上げて笑っていた。
可笑しくて可笑しくて止まらなくて、
心が、なんだかあたたかくて・・・
『そろそろ塾でしょ?』 ショウタがいまだアームリーダーで吊る左腕を
かばいつつ立ち上がる。 右手首に付けている腕時計は6時15分前だった。
『うん、もう行くね。』 同じくベンチから立ちあがりスカートのお尻を
小さく払うシオリに、ショウタは言う。
『・・・送る。』
『・・・うん。』
ふたり、公園の砂利を踏みしめながら夕暮れの中を歩いた。
あまりに見事な夕陽に照らされて、ふたりの頬も耳も真っ赤に染まっていた。




