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■第39話 吊るされた半紙


 

 

 

泣きはらした真っ赤な顔では教室に戻れなくて、シオリは授業がはじまり

静まり返った廊下をひとり、歩いていた。

 

 

行くあては無い。

何処に行ったらいいのか分からない。

教室にカバンがあるから、家に帰ることも出来ない。

 

 

廊下の床を擦るように小さく前に踏み出す足は、あまりに無力で侘しい。


ふと窓外のグラウンドから聴こえる歓声に目を向けると、どこかのクラスが

体育の授業で野球をやっているのが見える。 

ショウタがぴょこぴょこ跳ねながら、ちぎれんばかりに手を振ったあの日を

思い出して、シオリは苦しそうに目を逸らしぎゅっとつぶった。

 

 

 

 

あてもなく歩いて、気付いたら書道部の部室にやって来ていた。


授業中のため、もちろん部室には誰もいない。

ひと気のないまるで死んでいるようなそこに足を踏み入れ、いつもシオリが

使う席に着く。

墨汁のにおいと少しカビくさいにおいが混ざったその部屋。 壁掛け時計の

秒針が1秒1秒進む音だけがやたら大きく響いている。

 

 

シオリは机に突っ伏して顔だけ横に向けた。


するとシオリのどんどん滲んでゆく目に、乾かすために吊るしてある書の半紙が

目に入った。

壁の端から端へ渡したロープに洗濯バサミで吊るされた半紙は、まるで洗濯物の

タオルのように垂れて少しの風にやさしくそよぐ。

 

 

真面目に書道をしている人間などシオリ以外いないこの書道部。

シオリが前回部活で書いた美しい行書体の隣には、解読不能な汚い字が仲良く

ぶら下がっている。

 

 

 

 『 ”まゆ毛 ”ってなによ・・・ バカみたい・・・。』

 

 

 

再びシオリの目に涙が滲み、その汚字も歪んで霞む。

 

 

 

 

  (もう・・・ 笑わせてくれないのかな・・・。)

 

 

 

 

うつ伏せになり横を向くシオリの目頭から流れた涙は、鼻根を通り反対側の頬を

伝い机の上に小さな雫を落としてはその水溜りの形を歪めた。

 

 

 

『ちゃんと話したいのに・・・。』 涙声で小さく呟く。

 

 

 

 『ちゃんと・・・ 誤解ときたい。』

 

 

 

 『ちゃんと。 ちゃんと、話したい!!』

 

 

 

 『話きけ! あのバカっ!!!』

 

 

 

 

シオリはガバっと体を起こすと、白い両手で涙を乱暴に拭き部室を駆け出した。

丁度その時、授業の終わりを報せるチャイムが廊下に響いた。


シオリはまっすぐ自分の教室に戻り、放課後にショウタを訪ねようと心に

決めていた。

 

 

 

 

 

放課後。


帰りのホームルームが終わるとどこか緊張の面持ちでショウタのクラス2-A

まで出向いたシオリ。

部活に向かったり靴箱に向かおうとする人波が出入口に佇むシオリを押し退けて

次々出てゆく。

教室のドア付近に遠慮がちに留まり、爪先立ちをしてこっそり中を見渡すも

その姿は見当たらない。

 

 

すると、そんなシオリに気付いたツカサが近寄って来た。

 

 

 

 『もしかして、ショウタ探してる・・・?


  アイツ、なんか調子悪いつって早退したんだわ。』

 

 

 

『ぇ。 具合悪いの・・・?』 シオリの声色は自分が思うよりもずっと

心配そうに響いたようだ。

ツカサがそれに一瞬驚き、少し嬉しそうに頬を緩める。

 

 

そして、 

 

 

 

 『すんげーぇ具合悪くて死にそうだったから、もしアレなら見舞ってやって?


  ・・・アイツの家って、分かる・・・?』

 

 

 

『うん、分かる。』 眉根をひそめ即答すると、シオリはツカサに一言お礼を

言って靴箱へ向けて弾かれたように駆けて行った。


その後ろ姿をツカサは斜めに傾げながらゆらゆら揺れどこか愉しそうに見ていた。

長い黒髪が慌てて駆けるリズムに左右に踊り、せわしなくパタパタという内履き

の靴音が響いている。

 

 

 

『ヤルじゃん・・・ショウタ。』 ツカサがニヤリと微笑んだ。

 

 

 


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