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■第38話 呼び掛けられなかった名前


 

 

静かに横に立つショウタは情けなく眉を下げ微笑むと、今日もツヤツヤの

青りんごをシオリの目の前に差し出した。


大きなその手は、今日もやさしくてあたたかくて、シオリの胸を容赦なく

締め付ける。

 

 

目を見張り、なにも言えずにそれをじっと見つめるシオリ。


堪え切れずに涙がひと粒、頬を伝う。 それを見られないよう俯いて慌てて

立ちあがるとショウタのアームリーダーで吊られていない方の腕を乱暴に掴み

廊下へ駆け出した。

 

 

シオリに腕を掴まれたまま、廊下を小走りで駆けるショウタ。


シオリの顔は涙を堪えてしかめ、口はかたく結ばれている。

ショウタのそれは、どこか困ったような哀しい笑い顔になっていた。

 

 

 

 

 

いつもの階段裏に身を潜めたふたり。

休憩時間のそこは、相変わらず階段を上り下りする足音が反響し賑やかだった。

 

 

ここまで引っ張って来たはいいが、なんと言っていいのか分からずシオリは

言いよどむ。


掴んだショウタの腕から心寂しげに手を離すと、それは力なくダラリと垂れる。

言いたいことはたくさんあって、伝えたい気持ちも確かにある。

しかし、ショウタを前にするとそれはシオリの臆病な喉の奥から発することが

出来ずにいた。

 

 

すると、ショウタが青りんごをもう一度差し出した。

 

 

 

 『今朝・・・ 寝坊しちゃってさ・・・。』

 

 

 

えへへと小さく笑い、後頭部を手持無沙汰に掻き毟る。

無邪気にすくめた肩は、やはり大きくてたくましい。

 

 

『・・・寝坊?』シオリは耳に聴こえた一言に、まっすぐショウタを見つめた。

 

 

 

 

  (それだけが理由・・・?)

 

 

 

 

更にどこか哀しく笑うショウタが、ゆっくり続ける。

その声色は、あまりに寂しい色に溢れ笑い声さえも泣いているようだ。

 

 

 

 『いやー・・・ あの、さすがにさ・・・


  カレシ見ちゃったら、お気楽な俺も・・・ ねぇ? ハハハ・・・

 

 

  生まれてはじめてだよー・・・ 


  なんか、色々考えたら寝れんくなってさ・・・


  朝方にようやく寝たみたいで。 そしたら起きれんくて・・・。』

 

 

 

やはり、ショウタは気にしていた。 相当なショックを受けていた。


シオリはなにも言えずに、ただショウタを見つめる。

底抜けに明るいショウタにこんな思いをさせてしまった優柔不断な自分が

心から嫌になる。

その目にはもう留まり切れない涙がゆっくりと真っ白な頬のカーブを伝ってゆく。

 

 

 

 『俺・・・


  もしかして・・・ 


  ・・・ホヅミさんのこと、本気で困らせてる・・・?』

 

 

 

シオリの涙を目にして、ショウタが哀しげに俯いて小さく呟いた。


シオリを泣かせてしまった事に、ショウタの胸もナイフで切り裂かれたように

痛い。 その弱々しい苦しそうな声は震えて足元に落ち、力無く消える。

 

 

 

 『もしかして・・・ やめたほうがいい・・・?


  本気でこうゆうの、迷惑だった・・・?

 

 

  俺、ほんとに・・・


  ・・・ストーカーみたいだったのかな・・・。』

 

 

 

 

  (ちがうよ・・・ そんな風になんか思ってないよ・・・。)

 

 

 

 

しかし、シオリの頬に次々零れる涙をショウタは ”肯定 ”のそれだと

思ってしまった。

まるで泣き出しそうに情けない顔を向けるとショウタはぎゅっと拳を握りしめる。

 

 

『ごめん・・・。』 そう一言呟くと、ショウタは弾かれたように廊下を駆けて

去って行ってしまった。


『ヤ・・・。』 最後まで呼び掛けられなかった名前を心の中で呟いたシオリ。

 

 

 

 

  (ヤスムラ君・・・ ちがうのに・・・ そうじゃない、のに・・・。)

 

 

 

 

いつもシオリに向かって呆れるほど脳天気に笑っていたその姿は、

今、背を向けて一度も振り返らずにどんどん遠く小さくなってゆく。

階段裏の死角になっている位置に崩れ落ちるようにしゃがみ込み、

シオリは小さく丸まって声を殺して泣いた。

 

 

 

萌葱色の青りんごを大切に大切に胸に抱いて、肩を震わせて泣いていた。

 

 

 




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