■第37話 なにも乗っていない机上
いつも机の上にたったひとつ置いてあるツヤツヤの萌葱色に輝く青りんごが無い。
昨日、従兄弟のコウが ”カレシ ”のフリをして話を合わせたことにショウタは
当たり前にそれを信じ、ショックを受けていた様子だった。
でもシオリはどこか心の中で、ショウタなら、あの脳天気なショウタなら昨日の
出来事すらあっけらかんと『気にしないからっ!』 と、いつもの朗らかな笑顔を
見せるのではないかと高を括っていた。
しかし、今、現実に目の前の自分の机上にはなにも乗っていない。
(もう・・・ 嫌われちゃったのかな・・・。)
席につくことも出来ず、ただ黙ってその場に立ち尽くしキレイな机上を見ていた。
持ちあがらないくらいもたげた首は、その角度から動かす事が出来ない。
今日も美しくたゆたう黒髪が胸に垂れて哀しげにどんどん歪んでゆく横顔を隠す。
(もう・・・ どうでもよくなっちゃったのかな・・・。)
次々と教室にやって来るクラスメイトの挨拶する声や、愉しそうに談笑する声に
なんだかこのクラスにひとりぼっちのような気になる。
まるで周りの人間に自分なんか見えていないかのように。
たったひとり、自分を見ていてくれた人は夢幻だったかのように。
机上にあって当たり前だった青りんごは、もう無い。
(もう・・・ 来てくれないのかな・・・。)
その時、始業のチャイムがそこかしこに鳴り響き、ガヤガヤと騒がしく
皆が席に着いた。
シオリも俯いたままストンと腰が抜けたようにイスに座ると、長い黒髪に隠れて
苦しそうな顔を更に歪め唇を噛み締める。
机の下で組んだ指先は、意味も無く爪をはじく。
どんどん鼻の奥がツンと痛みを帯びて熱くなり、見つめている指先がぼんやり
滲んでゆく。
気を抜いたら透明な雫がこぼれ落ちそうで、気を逸らそうと慌てて机から適当に
教科書を引っ張り出した。
そして徐に広げると、そこにはショウタに貸した時に描かれたパラパラ漫画が。
何ページも何ページも描かれたそれは、シオリがカタカタとぎこちなく動き笑う。
下手くそな絵で、下手くそな笑顔で、でも心から楽しそうにシオリが笑う。
慌てて口許に手の甲を押し付けて、漏れそうになる泣き声を封じる。
喉の奥に力を入れて、込み上げるものをなんとか鎮めようと呼吸を止めた。
(ヤスムラ君と、ちゃんと話がしたい・・・。)
なんとかギリギリ涙を堪え、ただひたすら下を向いてその時間を乗り切った。
2時間目までの10分の休憩時間。
シオリは引き続き、ただ俯いて席にぼんやり座っていた。
立ち上がる気力がない。体に力が入らなくて、イスから動ける気がしない。
最近あまりついていなかった溜息が小さく漏れた。
でもそれはショウタに対する呆れ果てた笑みを含むそれではなく、
哀しみの色ばかり濃く落とす。
すると、隣に誰かが立つ気配があった。
微かな反応すらしたくない気分だが、ただひたすら黙って立ち尽くすそれに
髪の毛に隠れた顔をそっと上げて斜め上を見上げると、そこにはショウタが
立っている。
その片手には萌葱色の青りんごが握られていた。