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■第35話 解けなかった誤解


 

 

呼ばれた名前にシオリが振り返ると、そこには従兄弟のコウが大きなネイビー

の傘をさし佇んでいた。 その片手にはシオリが愛用する花柄の赤い傘を持って。

 

 

『コウちゃん・・・。』 小さく呟いたシオリは、そこに何故コウが立っている

のか分からないまま暫し見つめ、ハっとして思わずショウタへと目線を走らせる。


すると、ショウタの顔は射抜かれたようにまっすぐとコウを見ていた。

明らかに衝撃を受けた顔で。 いつもの情けない下がり眉が哀しげに歪んでいる。

 

 

良質な傘の柄をその手に握りやわらかい雰囲気で佇むコウは、シンプルな黒色

パンツにグレーのジャケットを羽織り、さり気なく持つブランド品のトートバッグ

からは医学書がほんの少しだけ覗いている。

美しい姿勢で立つそのスラっとした佇まいは、自信がみなぎり余裕が溢れ出ている。


瞬時に ”それ ”と気が付いた様子で、ショウタは咄嗟に顔を伏せた。

 

 

 

  (この人が・・・そうなんだ・・・


   ・・・だよな、ホヅミさんくらいビジンなら、


   こうゆう人じゃなきゃ、似合わないもんな・・・。)

 

 

 

安物のビニール傘を片手に大きなショウタの体が情けなく小さく縮こまっている。


俯いて苦い顔でなにか考え込み、急にガバっと顔を上げたショウタ。 

コウへ向かって身ぶり手振りを交え、挙動不審なくらい慌てた様子で

説明をはじめる。

 

 

 

 『あの・・・


  ただ、雨降ったんで・・・ 送っていってただけ、なんで・・・


  あの、なんつーか・・・ 


  ・・・ホヅミさんの名誉のためにも・・・


  俺が、無理やり送るって言っただけ、なんで・・・。』

 

 

 

ショウタは必死に、目の前にいるコウの ”彼女 ”であるシオリの潔白を説明する。

シオリが彼女だと信じ込んで。ふたりでひとつの傘の中にいる理由を懸命に。

シオリがコウに謂れのない疑いを掛けられ責められることが無いよう無我夢中で。

 

 

 

 

  (違うの、ヤスムラ君・・・。)

 

 

  (これが ”青りんご君 ”か・・・


   って言うか、俺をシオリのカレシだと思ってるんだ・・・?)

 

 

 

 

『ヤ、ヤスムラ君・・・。』 シオリが本当のことを言おうとしかけた時、

コウが即座に口を挟んだ。

 

 

 

 『君、青りんご君だよね・・・?


  わざわざ、送ってくれてありがとう。


  俺がもっと早く迎えに来れたら良かったんだけどね。


  シオリ、ケータイに気付かなかっただろ? 何回か掛けたのに・・・

 

 

  ほら、帰ろう・・・おじさんが早く帰ったから、みんなで夕食だってさ。』

 

 

 

そう言うと、コウはやさしく微笑んで手を差し出した。

伸ばした腕の手首にチラリ覗いた高級腕時計が、雨の雫に小さく濡れる。

 

 

 

 

  (コウちゃん・・・ 空気を読んで合わせてくれてるんだ・・・


   でも、これじゃ・・・


   もっと言い出しにくくなっちゃった・・・。)

 

 

 

 

ショウタが今どんな顔をしているのか怖くて見られず、しかしふたり寄り添う

傘からも出られずにシオリは哀しそうに目を伏せる。

なにか言いたげに、でもなんて言ったらいいのか分からずにその形の良い唇は

ぎゅっとつぐむ。


目の端で、隣に立ち竦むショウタがうな垂れ足元に目を落としている気配だけは

伝わる。 ショウタの息苦しそうな呼吸の音が、傘のカーブに跳ね返って響いていた。

 

 

 

 

  (違うの、ヤスムラ君・・・ 誤解なの・・・。)

 

 

 

 

『ヤスムラ君、あのね!』 言い掛けたシオリの元へ、コウが革靴の足音を

立て歩み寄った。


そして少し乱暴に手首を掴むと、『ほら、帰ろう。』 と頬に上手に笑みを

つくって言う。

 

 

 

ぐっと引っ張られ、ショウタの傘からコウが差している傘へ移ったシオリ。


コウは持ってきた花柄の赤い傘を広げると、シオリの手へと渡す。

そのまま傘を掴んでいない方の手をぎゅっと握ったコウは、シオリの自宅

へ向けて無言で半ば強引に歩きはじめた。

 

 

強く引かれよろけながら、シオリはショウタを振り返る。


雨の中、うな垂れてずっと足元の汚れたスニーカーを見つめているその姿は、

今にも泣き出しそうに心許なくてちっぽけだった。


シオリは何度も何度も振り返って、ショウタを見つめる。

誤解を解きたくて、本当のことを言いたくて、自分の気持ちを伝えたくて。

 

 

 

 

  (私も・・・ ヤスムラ君のことが・・・。)

 

 

 

 

その時コウがおもむろにシオリが首から下げている手ぬぐいを掴んで引き抜いた。

一瞬だけ傘から覗いたコウの顔は、笑っていなかった。


慌ててそれを掴んで奪い返すと、シオリは大切そうにその手に握り締める。

少し濡れてしっとりしてしまった手ぬぐいに顔を半分うずめ、哀しげに俯いて

コウに強引に促されるまま足取り重く自宅へと帰って行った。

 

 

 

 

 

翌朝、重く沈んだ気持ちのまま登校し教室に入ったシオリ。

いつも机の上にたったひとつ置いてあるツヤツヤの萌葱色に輝く、それ。

 

 

 

 

 

今日は、それが無かった。

 

 

 


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