■第30話 ショウタが育った商店街
『・・・考えとく。』 と消え入りそうな声で呟いたシオリが、
ガバっと顔を上げる。
『と、取り敢えず・・・
今日は塾があるから、もう帰る!!
・・・ほら! 自転車押して帰るよ!!』
ショウタがしゃがみ込んでいた床からヨロヨロと片手で立ち上がるのも
無視して照れくさそうに不機嫌そうに、シオリはカバンを掴みひとりで
どんどん廊下をゆく。
その後ろ姿を頬を緩め笑いながらショウタが慌てて追い掛けた。
早歩きのようにすごい勢いで廊下を進んでゆくシオリの歩幅は、
近付いてくるショウタの足音を耳に少しずつペースを落とし、
ショウタが追い付いた時には通常のそれになっていた。
ふたり、並んで放課後の廊下を歩いていた。
校舎裏手の駐輪場。
部活動がある生徒はまだまだ校舎に残っているため、結構な数の自転車が
停まっている。
それは飼い主を待つ犬のように、どこか寂しげでどこか退屈そうだ。
ショウタが体を屈めて片手で自転車の鍵を開錠しようとするも、ループチェーン
式の鍵は不安定に動いてしまって中々鍵が開けられない。
それを一瞥し、シオリが無言で鍵を奪うと即時にカチャンとそれをはずす。
”鍵も開けられないくせに ”という念を送るように、ショウタを睨むシオリ。
『さ~せぇん。』 ショウタはバツが悪そうに頬を緩めた。
自転車を押しながらふたりで校舎脇の通学路を歩く。
緑色フェンスの奥のグラウンドでは野球部が白球を追い、上げる掛け声が
まだまだ明るい青い空に吸収される。
それを横目に見ながら歩くふたりの微妙にあいている距離は、
”一緒に帰っているように見えなくもない ”程度でしかない。
それでもショウタにとっては嬉しくないはずもなく、デフォルトで下がった眉が
更に情けなく下がり頬も緩みっぱなしだった。
やたらと舞い上がっているショウタは、息継ぎも忘れてしゃべり続けていた。
自分の話だけに留まらず、アタフタとシオリへ質問攻撃をはじめる。
『あの・・・ ダイジョウブだから、少し落ち着いて・・・?』
以前、部活の後に一度同じシチュエーションで帰ったことはあるはずなのに
前回のそれと今回となにが違うのか分からないが、ショウタは何故かガチガチに
緊張していた。
それが可笑しくて仕方がないシオリ。 横目でチラっとその様子を見て、
気付かれないように肩をすくめてこっそり笑った。
ぎこちなく進むふたりの足は駅前を通り過ぎ、商店街に差し掛かる。
小さいが賑やかなそこ。 さほど広くはない路地に所狭しと個人商店が並び
活気ある声があがっている。
シオリはあまりこうゆう商店街には来た事がなかったので、物珍しくて
嬉しそうにキョロキョロと眺めていたが、ショウタは途端に下を向きなぜか
隠れるように背を丸める。
(どうしたんだろ・・・?)
シオリがその様子に首を傾げた時、
『ショウタぁぁぁあああ!!! お前、カノジョ出来たのか??』
魚屋の店主から声がかかった。
その瞬間、次々と肉屋やら花屋やら何人ものおじさんおばさんから呼び掛けられる。
『寝小便してたショウタにカノジョがなぁ~・・・』
しみじみと感慨深げに胸前で腕を組み、遠い目をするその店主。
『うるっせー!』 ショウタが真っ赤になって言い返す。
それをぽかんと見ていたシオリ。突然起こった矢継ぎ早なそれを傍観していた。
ここはショウタの実家である八百屋がある商店街で、古くからここで店を構える
店主が多い為まるでアッチもコッチも家族や親戚のようなもので、ショウタが
女の子と歩いているという超特大スクープに商店街は狂喜乱舞だった。
『ショウター! お前・・・
ウチの娘、嫁さんにするって言ってたアレはどうなったんだ~?』
漬物屋のにやけるオジチャンから掛かったあからさまな揶揄に、
『いつの話だっ! それ、保育園の時んだろ・・・。』
眉間にシワを寄せ不機嫌そうにムキになって言い返したショウタ。
シオリは可笑しくて可笑しくて体をよじらせて笑っていた。
(こうゆう環境で育ったから、
ヤスムラ君は、こ~んな感じなんだ・・・。)
すると、ショウタが更に慌てて身を屈める。
そして、『ホヅミさん・・・ ダッシュ!!』 耳打ちするように小声で呟くと
片手で自転車を押してとある一角を走って通り過ぎようとした。
状況が掴めないシオリも言われた通りにショウタに続き小走りで過ぎようと
したところ、
『ショウタァァアアアアアアアアアアアア!!!』
ひときわ大きな濁声が商店街中に轟いた。
苦い顔をして足を止めるショウタ。 振り返りたくないという空気をその大きな
背中からビンビンに醸し出すもそんな気配はお構いなしの、その相手。
ゆっくり振り返り、ショウタはその引き攣る頬に無理やり笑みを作った。
『た、ただいま・・・ 母ちゃん・・・。』
”八百安 ”と看板がかかった八百屋の店先に仁王立ちする恰幅のいい前掛け姿の
その人ショウタ母は、めざとく息子の姿を見付けるとその隣に佇む麗しい女の子
に目が飛び出そうなほどに驚き、息子と彼女に交互にせわしなく目線を遣った。
『もももも、もしかして・・・ この子が ”青りんごちゃん ”?!』
ショウタはイノシシばりに突進して来そうな母親の肩を片手で押さえると、
慌てふためきながら『ちょ、送ってからすぐ戻るから!』 と、店先に自転車を
放り出してシオリの腕を掴みダッシュでその場から離れた。
ショウタの母親を呆然と見ていたシオリも、ペコリとひとつ会釈だけして腕を
引かれて駆けた。
『もぉ・・・ハズいわ。』 困り果てた顔でショウタが肩を落とし、
シオリは一連の流れをもう一度思い返して、声を上げて愉しそうに思い切り
大笑いした。