■第3話 感情の読めない顔
その日の昼休み。
ショウタはふたつ隣のシオリのクラス2-Cの後方出入口から、
こっそり中を覗き黒髪ロングヘアの華奢な背中を探した。
(からかわれて嫌がらせでもされてたら、まじヤベぇよな・・・。)
戸口に半分身を隠してチラチラ覗いているつもりだったのだが、
なにせガタイの良いショウタ。
おまけに今朝からすっかり ”時の人 ”に昇格したその姿は、
半身隠したところで目立たないはずはなく、2-Cの面々がニヤニヤしながら
目線を寄越している。
(見てんじゃねーよ・・・。)
眉根をひそめながらキョロキョロと尚もその黒髪を探すも、
教室にはいないようだった。
すると、
『ホヅミなら、さっき教室出てったぞー。』
名前も知らない2-C男子から、情報が飛び込んで来る。
その一言に、面白がって囃し立てる声が一気に津波のように広がる。
観衆の嘲笑に思い切り苦い顔を向け、自分のクラスに戻ろうと振り返った
ところへシオリが廊下向こうからこちらにやって来るのが見えた。
そのスラっとしたモデルのような佇まいの黒髪は、教室入口にショウタの姿を
捉えると一瞬ギョっとした顔をしてかたまり、廊下の真ん中でその場から
動かなくなった。
しかし、ひとつ息をつくようにして涼しい表情をその白い頬に作ると、
シオリは扉横に木偶のようにボウ立ちするショウタに目もくれず、
横を擦り抜けて自席へとまっすぐ進んでゆく。
『ホ・・・ホヅミ、さん・・・。』
ショウタの蚊の鳴くような弱々しい呼び掛けに、一瞬歩みを止めたシオリ。
そして静かに半身だけ振り返ると、『なに?』 とまるで今朝の事なんか
何も無かったかのようにキレイな感情の読めない顔で抑揚なく訊き返す。
『あ、あの・・・ ごめん・・・。』
ガタイのいい体を小さく縮込めて、眉尻下げた情けない顔で呟いたショウタへ、
シオリは言った。
『なにが?』
そしてすぐさま向き直り自席について、文庫本に目を落とした。
俯いた瞬間ストレートの黒髪はその横顔をすっぽり隠し、一直線の前髪は眉を
隠すためシオリの頬や耳の赤さも眉に現れる感情もなにひとつ分からなかった。
ショウタは、夏の終わりの向日葵のようにガックリと首をもたげ、
その重い足取りはまるで足枷でも填めているかのように自分の教室へと
トボトボ戻って行った。