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■第29話 毎日一緒に



 

 

 

 『ねぇ、今日はバスで来たの・・・?』

 

 

”勿論バスで来たんだよね? ”という愚問のニュアンスを込めて、

シオリが訊く。

 

 

 

『え? いつも通りだよ?』 そのあっけらかんと返す顔に

大きな溜息が漏れる。


頭のどこかでは、どうせ自転車で来ているのだろうと思っていた。

しかし、さすがに片手が全く動かせない状態の中、もし急ブレーキを

かけなければならない状況になったりしたら危ないし、バランスだって

取れないし・・・とシオリが必死に考えているのに、隣にしゃがみ込む

その善人顔はお気楽にケータイに登録されたシオリのアドレスを眺めて

ニヤニヤし続けている。

 

 

 

 『ねぇ・・・ 危ないと思わない?


  片手で運転して、もしなんかあったら・・・


  両手ケガしちゃったら、もうアウトよ?!』

 

 

 

 『でもさ~・・・ 少なくとも今日はチャリで来ちゃったし・・・


  置いて帰る訳にもいかないし、かと言って押して帰るのダリぃし・・・。』

 

 

 

すると、シオリが俯いて暫し考え込み、急にバッと顔を上げた。


なにかが思い浮かんだのだが、それを言おうか言うまいか悩んでいる様子で。

しかし、腹を決めて小さく小さく呟いた。

 

 

 

 『私・・・ 今日、塾なんだけど・・・。』

 

 

 

『ぁ、ん・・・ 水曜だもんな。そろそろ時間・・・?』 ショウタが腕時計を

見ようとして左腕は吊られていた事を思い出し、右手首に目を遣った。


『だから・・・。』 言わんとする意味が分かっていないショウタへ、

少し苛立った口調でシオリが言った。

 

 

 

 『塾まで・・・ 送ってくれない・・・?』

 

 

 

『えっ???』 シオリからのまさかのリクエストに、驚きすぎて頭を反らせた

瞬間壁にゴツンとぶつけた。 鈍い音が静かな廊下に木霊する。

 

 

 

 『歩いて、って事だからね?


  自転車にふたり乗りじゃなくて、押して歩いて帰るの! ・・・分かる??


  そのケガには私にも責任ない訳じゃないから、って、意味で・・・。』

 

 

 

言い訳するように滑稽なほど必死に、シオリが早口で言う。

 

 

 

コクンコクンコクン。目を見張り、高速で首を縦に振るショウタ。


嬉しすぎてどんどん顔は赤く染まり、耳まで真っ赤にしているその横顔は

あまりにも素直で純粋で分かりやす過ぎて、その流行り熱はいとも簡単に

シオリに伝染する。

 

 

『もう・・・ 手間かけないでよね・・・。』 膝を抱えるように背中を

丸め赤い顔を隠しながら呟いたシオリへショウタが照れくさそうにえへへと笑う。

 

 

 

 『さ~せぇええん・・・。』

 

 

 

『明日からはバスか歩き、ね?!』 しつこく念押しされ、ショウタはケラケラ

笑って『分かった分かった。』 と嬉しそうに頬を緩める。

 

 

『まったく・・・ ちゃんとチェックするからね!』 目を眇めて、ジロリ。

 

 

 

 『じゃあさ・・・。』

 

 

 

ショウタが、座り込んで床に投げ出している内履きの少し汚れたつま先をじっと

見つめながらシオリの反応を気に掛けつつ、小さく、どこか自信なげに呟いた。

 

 

 

 『じゃぁ、毎日一緒に帰ろうよ・・・。』

 

 

 

 

 

   熱い。


   熱い。


   顔も耳も首も、体も。


   全部が一気に、急激に、熱い。

 

 

 

 

 

今まで廊下に響いていたふたりの笑い声がまるで嘘だったかのように、

瞬時に消えてなくなった。

互いの呼吸する音と、遠く向こうで響いている足音がかすかに聴こえるのみ。

 

 

『・・・ダメ?』 恥ずかしくて不安で、どこか怖くて。シオリの方を向けない。

 

 

シオリはなにも言わない。

黙りこんだまま、膝に顔をうずめて小さく丸まっている。

 

 

『やっぱ・・・ ダメか。』 情けなくえへへと笑ったショウタへ、

シオリが言った。

 

 

 

 

 『・・・考えとく。』

  

 

 


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