■第18話 毛筆カンバセーション
それ以来、ショウタはシオリを笑わせようとそれだけに全力を注ぐように
なっていった。
少しでも隙を見せると笑わせようとする気配に、シオリも頑なに笑顔を
見せないようグッと堪える。
まるでふたりだけの我慢大会のように、それは連日繰り広げられた。
とある放課後。
書道部の部室に、ショウタとシオリが机を並べて筆を握っていた。
いつも通りの美しい姿勢で机につき、筆先を半紙に落とすシオリ。
リラックスしてのびのびと、精神を開放して筆先を進めるその穏やかな横顔は
女神様のそれ。
そんなシオリへ半身傾ぐように、そのガタイのいい体で自分の机上を隠し気味に
筆を握るショウタ。 シオリからショウタの書く文字は見えなかった。
(あら・・・ 今日は平和だわ・・・。)
ゴソゴソとなにやら怪しげだが、黙々と何枚も何枚も書いている様子の
ショウタを横目にシオリは完全に自分ひとりの世界にこもり、貴重な静かな
時間を満喫していた。
集中しすぎて少し疲れ、凝った首をゆっくり左右に倒し首筋をほぐしていると
ふとショウタの机に目を向けたシオリ。
猫背で机に覆いかぶさるようにして書いている大きな体の隙間から、
一瞬それは見えた。
”おでこ ” ”まゆ毛 ” ”ホヅミさん ”
その3種の書が、何枚も何枚も書かれていた。
机の上に、床に、他人が見たらなんのことだか分からない書が広がっている。
乾くのを待つそれは、重ならないよう慎重に。
(ちょっと!!! もう・・・ なんなのよ?!)
ギョッとするシオリ。
眉間にシワを寄せ嫌なものを見るような鋭い目線で睨むも、
ショウタは飄々と涼しい顔をして書き続け、シオリを向かない。
シオリが気付いたというのにまだ書き続ける、その憎たらしい横顔。
シオリが再び筆を握った。
”なんでそんなにおでこ見たがるのよ?! ”
半紙一枚に、流れるような達筆な毛筆で縦書きする。
怒りの抗議文を書くときですら、正しい姿勢で基本に忠実に筆を握るシオリが
シオリらしい。
すると、それに気付いたショウタが再び姿勢悪く背中を丸めて、筆先に無駄に
墨汁をたっぷり浸み込ませる。
半紙からはみ出んばかりの滲んだ不格好な毛筆が現れる。
”まゆ毛みえたほうが、かわいいよ ”
シオリが返す。
”いやなの! 変な眉毛だから!!”
”そんなことないよー! すげーかわいいのにー!”
”かわいくない! ”
”かわいいってー! ”
そして最後に、ショウタはシオリの教科書隅に描いたアレを筆で書きはじめた。
”(*´▽`*)Ф~~~ ”
『ちょっ!!!』 シオリが机に突っ伏して肩を震わせて笑った。
両手で顔を隠して、いつまでもいつまでもケラケラ可笑しくて
堪らなそうに笑う。
背中に垂れた長い黒髪も、震える肩のリズムに小さく揺れ流れる。
必死に今日一日堪えていた笑い声が、蛇口が壊れたかのように溢れだしていた。
『それ、反則じゃない・・・。』
シオリが笑い過ぎて真っ赤な顔を向け、ショウタを見た。
『・・・俺の、勝ちっ!』
ショウタが満足気にニヤっと口角をあげた。