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■第13話 上下逆さの半紙



 

 

 

露ほども癒されなかった本日の部活が終わる時間がやってきた。

 

 

どんよりと背中を丸め荷物を持って、シオリがヨロヨロと覚束ない足取りで

トイレへ向かう。


そして洗面所に手を付き鏡に映った自分を見ると、脱力して机に突っ伏した時に

ついた墨汁が白くて艶々なはずの頬に情けなく滲んでいるのが見えた。

 

 

 

 『はぁぁぁ・・・。』

 

 

 

またしても溜息をつきながら、ハンカチを少しだけ濡らして頬を拭う。

 

 

 

 

  (もう、ほんとになんなのよ・・・


   あの人、どっかおかしいんじゃないのかな・・・。)

 

 

 

 

バッグからブラシを出して長い黒髪を丁寧に丁寧に梳かし、ひとつ息をつくシオリ。


鏡に映る自分に向かって ”お疲れさま ”とでも言わんばかりに身を乗り出し、

ひとりでコクリコクリと自己完結の頷きを2回。 口をぎゅっとつぐむ。


今日も散々な一日だったけれど、取り敢えずはなんとか終わったのだ。

帰って自宅でのんびりお風呂に入って、好きな読書でもして気持ちをリセット

しなければ。

 

 

 

陽が傾きはじめた夕空の下、ショウタのことは放っておいてシオリはひとり

校舎を後にしていた。


校門から少しだけ離れたところにあるほぼ生徒しか利用しない夕暮れのバス停は

既に4名並んで待っている。

目を凝らして時間を確認すると、あと10分弱でバスが来るようだ。


サブバッグから文庫本を取り出すと片手に持って、ほのかな夕陽に翳しそれに

目を落とす。

 

 

定刻から3分ほど遅れてやってきたバスは、夕刻ということもあって混雑していた。

もちろん空いている座席などなくて、吊革に掴まりバランスを取りながら尚も

文庫本を読みふけっていた。


すると、ゆったりと走行していたバスが無謀な割り込みをした車に急ブレーキを

かけて一旦停まり、そして再び動いた。 立っていた乗客がみなその衝撃に前方

に体が傾ぐ。

シオリもその傾いだ瞬間に顔にかかった長い髪の毛をそっと払い、ふと何気なく

窓の外に目を向けると、そこには見たことがあるような姿が自転車でバスと並走

している。

 

 

飛び出しそうに目を見張り、咄嗟にその目を逸らした。

 

 

 

 

  (気のせい・・・ 多分、多分気のせいだから見ないでおこう・・・。)

 

 

 

 

文庫本で顔を隠し、今確かに見えた気がする自転車爆走姿をなかった事に

しようと躍起になるも、怖いもの見たさか否か。ゆっくり文庫本を鼻まで下げ、

目だけ出してもう一度窓外を覗いてしまう。

口は半開きになり、ゴクリ。息を呑む音がしっかり響く。


すると、チラチラとシオリを見ながらバスのスピードに合わせて猛烈に自転車の

ペダルを漕いでいるショウタが、やっと気づいたシオリに向かって手を振っている。

 

 

 

 

  (あああ危ないってばっ!!!)

 

 

 

 

相当なスピードが出ているというのに、余所見をして手なんか振るものだから

路上駐車している車や、左折しようと停まっている車にぶつかりそうになって

いるではないか。

 

 

 

 

  (こっち見なくていいから、ちゃんと前向きなさいよっ!!)

 

 

 

 

バスの中から、シオリが必死に ”前を向け! ”と指でさして合図をする。

人差し指を立てて、進行方向を何度も指す。せわしなく何度も何度も、指す。


シオリの両隣に立つ乗客が、それに不審な目を向けているも気にしていられない。

 

 

しかし、ショウタはそれの意味が通じていない風で、シオリが気付いて反応

してくれた事に嬉しそうに朗らかに笑いながら、尚も手を振っている。 

そのやわらかい笑顔とは裏腹に水面下では高速スピンするペダルを漕ぐ脚。

 

 

すると、バスは次の停留所に静かに滑り込み停車した。


ハラハラしすぎて心臓がもたないシオリは、まだ降りるバス停ではないのにも

関わらず思わず降車ボタンを連打して降車してしまった。


少し遅れてバスの横に停車したショウタ。 バス停に手をついて自転車に跨った

まま背を丸めてゼェゼェと息をしている姿に向かって、眉間にシワを寄せ語気を

荒げる。

 

 

 

 『危ないじゃないっ!!


  って言うか、なんでバス追い掛けて走ってるのよっ!!』

 

 

 

すると、ショウタが『えへへ』 と笑った。

そして、顔いっぱいに笑みを広げ口角を上げるとさも上機嫌に言う。

 

 

 

 『コレ・・・ 部活んときに書いたんだけど、


  渡す前にホヅミさん、帰っちゃったからさ~・・・』

 

 

 

ショウタが手に掴みシオリの方へと伸ばすそれを、なんだか微妙な面持ちで

受け取り指先で摘みながら恐る恐る開いてみる。


それは、4つに折り畳まれた半紙だった。

もう墨汁は乾き、むしろ乾燥して少し引きつったその半紙。小筆でなにかが

書かれている。

 

 

識別するのが困難なほど汚い毛筆で書かれたそれに、シオリが首を傾げ目を

凝らすとショウタが『逆!逆!!』 半紙を上下逆さにして見せた。

 

 

 

 そこには、ショウタの電話番号とアドレスが、書かれていた。

 

 

 

 『なんか緊急で困ったことあったら!


  ぁ、もちろん緊急じゃない困ってないときでも。ぜんぜん、いつでも!!』

 

 

 

すると、その屈託のないバカみたいな呑気な顔と一連の言動に、暫しかたまり

呆然と立ち尽くしたシオリ。

 

 

そして、思いっきり吹き出して笑った。

 

 

 

 『別に明日だっていいじゃない、こんなの・・・


  わざわざ・・・ バス、追い掛け、なくて、も・・・。』

 

 

 

笑ってしまって、途中、言葉に詰まっている。


真っ赤な顔をして、笑い過ぎて目尻に溢れる涙を指先でぬぐう。

体を屈めて、息苦しそうに声をあげてケラケラ笑い続けている。

 

 

 

その笑う顔を見て、ショウタが嬉しそうに目を細め頬を緩めた。


シオリがはじめて笑った、夕陽がしっとりと差し込むふたりだけの静かな

バス停での事。

 

 

 


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