■第12話 好きな文字でいいのだ
シオリが座る席の隣に、机を並べるショウタの姿。
神経質な華奢で細い肩とガタイのいい肩幅のそれが微妙な間隔を空けて。
部長からは面倒をみるよう押し付けられたけれど、基本ここの部活で誰かが
誰かの面倒をみるなんていうシステムは一切無かった。
自由だけが唯一の売りの部活なのだ。
だからシオリもショウタの面倒を見るつもりなど更々なく、勝手にやらせて
おこうと思っていた。
まるでショウタなど隣に座っていないかのように、シオリは黙々と書くための
準備を進めてゆく。 机の上に準備が整うと他の部員は誰ひとりとしてやっては
いないけれど、シオリは姿勢を正し膝に手をおくとその場で一礼をした。
”礼に始まり礼に終わる ” そっと目を閉じる美麗で涼しげなその横顔。
それを隣でまじまじと見つめ、完コピを目指しているかのよう真似をするショウタ。
机の正面に座り、机と体の間を握り拳ひとつ分くらい離す。
肩の力を抜きリラックスして背筋を伸ばすと、身体を少し前に倒して構えた。
筆の真ん中あたりを持ち、ひじを机につかないよう浮かせて筆先を半紙に
落としたシオリ。
その所作は優美で華麗で、バックの背景には百合の花でもまとい甘い香りが
漂ってきそうにさえ思える。
すると、横から感じたレーザービームのような視線に、半紙に落としていた目を
あげたシオリ。
全身に走る嫌な予感に、そろりとスローモーションのように隣に目線を流すと
案の定ショウタが身を乗り出してガン見している。
完全に体をシオリの方へ向けて、穴が開くほどシオリの涼しげで美麗な横顔を、
ガン見。 凝視。 注視。
(いい加減にしてよ、もう・・・。)
『こ、こっち見てないで・・・ 書けば?』 ギョッとする顔をなにを
どうしても隠しきれない。
呆れ果て戸惑いながら言うシオリに、ショウタがぽつり呟いた。
『なに書けばいーの?』
『なんでも。 ウチは勝手にみんな好きな文字書いてるから。』 素っ気なく
言ってシオリは自分の半紙へ再び目を落とした。
そして、書に集中してなるべく隣席は見ないようにした。
ガソゴソとなにやらやかましく動く気配があったが、完全シャットアウト。
せっかくの癒しの時間なのだ。誰にも邪魔などされたくなかった。
暫く自分ひとりの世界に籠り真剣に筆を握って、少し凝った肩をまわし肩甲骨を
ストレッチしながら、ふと、何気なしに隣に目を遣ったシオリ。
すると、
”ホヅミさん ” ”ホヅミさん ” ”ホヅミさん ” ・・・
散乱する半紙には、左手で書いたような小学生の書くそれよりも汚く、
浸み込ませすぎた墨汁に滲み広がった毛筆で ”ホヅミさん ”とある。
口が半開きのままショウタを見眇めるとショウタは悪びれもせず笑って言った。
『好きな文字書いていいってゆーからさっ。』
『えへへ』 笑う。
思わずぐったりと机に突っ伏したシオリの白く美しい頬に墨汁がついて滲んだ。
部室中に響き渡るほどの大きな大きな溜息が、その麗しい唇から零れた。