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■第11話 バイタリティ



 

  

  

翌朝も、机の上にはひとつだけ青りんごが乗っていた。

 

 

ツカツカと早足で自席まで進み、それを無言で少々乱暴に引っ掴むと

すぐさまサブバッグの奥へ押し込むシオリ。

昨日もらった青りんごは、自宅に帰って母親に押し付けるように渡していた。


『どうしたの?コレ。』 と不思議そうな顔を向ける母親に、不機嫌そうに一言

『知らない。』 とシオリは答えた。

 

 

 

 

その日は部活がある日だった。


放課後、カバンに教科書をしまっているシオリの顔はとても穏やかだった。

まるで鼻歌でも歌い出しそうな程の、ご機嫌なそれ。


今日は、10分の短い休み時間も長めの昼休みにも、

あの宇宙人が『話がある。』 と言って押し掛けて来なかったのだ。

 

 

 

 

  (平和だわ・・・。)

 

 

 

 

うっとりと目を細めまるでお花畑でも眺めるかの如く、シオリはゆったりと

した所作でカバンを手に教室を後にした。


廊下の開け放した窓から流れる午後の風に、シオリの漆黒の長い髪の毛が

波打ち揺れる。

書道部の部室がある東棟は、美術部や写真部、文芸部など文科系の部室が

並ぶエリアでシオリにとって静かで居心地のよい場所だった。


体育系部活が立てるボールが跳ねる音を小さく耳にしながら、東棟の部室へ

向け階段を静かにあがってゆくシオリ。

ツヤツヤに磨き上げられた耐久シート床材の床面に、内履きの靴裏のゴムが

キュっと擦れて小さく音を立てる。

階段踊り場にある窓から細く注ぐ日差しに、シオリは眩しそうに目を細めた。


書道部部室の前に立ち、引き戸に手をかけて静かに開けると既に中から感じる

部員の気配に『お疲れさまでーす。』とシオリは小さく室内に呼び掛けながら、

足を一歩踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 『ホヅミさぁぁああああん!』

 

 

その瞬間、

待ってましたとばかり今日一日耳にしなかったそれが部室内に響いた。


ギョッとして一斉に目線を寄越す部員の面々。

 

 

そこには、見たこともない部員がいた。


基本、女子しかいないその書道部に。 今までいなかった男子が、ひとり。

『えへへ』 と口角を上げ頬を染めてどこか照れくさそうに、ちぎれんばかりに

手を振っている。


戸口からたった3メートルくらいの距離だと言うのに、まるで今生の別れかの

如く振り続けられるその学生服のたくましい腕。

 

 

 

 

  (ななななななんなの・・・・・・・??)

 

 

 

 

『な、なにやってるの?ここで。』 シオリは出来るだけ冷静に、低い声色で

問い掛けた。


驚き過ぎて内心は声がひっくり返りそうなのだが、インナーマッスルに力を

入れなんとかファルセットをぐっと堪える。

 

 

すると、3年生部員で一応部長という役割になっている女子先輩が、

小首を傾げながら言う。

 

 

 

 『ホヅミさんの知合いだったの・・・?


  ついさっき、なんか急に入部したいって言って来たのよ・・・。』

 

 

 

そして、新入部員の面倒など全くみたくもない部長は、『後は宜しくね。』 と

さっぱりした面持ちでシオリにショウタを半ば強引に押し付けた。

 

 

 

 

  (なんなのよ? なんなのよ? なんなのよぉぉぉおおおおお!!!)

 

 

 

 

シオリの週に2回の貴重な癒しタイムが、今この瞬間もろくも崩れ去った。


ジロリ。睨むも、ショウタはにこにこと朗らかに微笑み、ご機嫌顔で落ち着き

なくキョロキョロと部室内を見回している。 

ほのかに鼻をかすめる墨汁のにおいにくんくんと短く鼻から息を吸っている、

そののほほんとお気楽な横顔。

 

 

『ほんとにやるの・・・?』 ただ単にシオリを追い掛けて冷やかしに来ただけ

なのだろうと白けたような刺々しさが滲む声色で訊ねるも、ショウタは片手を

目の高さにあげて ”それ ”を嬉しそうに見せびらかす。

 

 

 

 『ジャ~~~~ン!!


  昨日、書道セット買いに行ったんだよね~!』

 

 

 

あきらかに小学生が持つ某ネズミのキャラクターが描かれた赤い書道セット

バッグを掲げ満足気に笑う。

 

 

 

 

  (昨日、って・・・


   書道部の話しした、あの後すぐってこと・・・?)

 

 

 

 

 『その素晴らしいバイタリティ、他のことに使ったらいいのに・・・。』

 

 

チクリと嫌味を言ったつもりだったのだが、ショウタは『えへへ』 と

照れくさそうに微笑んだ。

 

 

 

シオリが机に手をついて、ぐったりとうな垂れた。

 

 

 


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