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■第10話 やわらかいけれど確かな圧力



 

 

 

翌朝、シオリが教室の扉をくぐり自席に着こうと進むと、

机の上に青りんごがひとつ置いてあった。

 

 

小玉だがツヤツヤに目映く輝く萌葱色のキレイなそれ。

 

 

 

 

  (・・・な、なに?コレ・・・。)

 

 

 

 

他のクラスメイトの机にもあるのか、周りを見渡してみるがシオリの

机の上だけのようだ。


目を細め眉根をひそめて最大限訝しがって小首を傾げると、ヘタを指先で

慎重に摘み目線に上げてまじまじと見眇めたシオリ。

 

 

すると、隣席のクラスメイトが笑いながら言った。

 

 

 

 『明るく元気なストーカーが、朝イチで置いてったぜ。』

 

 

 

『ぁ。』 そう言えば、昨日の放課後に呼び出された時に ”好きな果物 ”

だか ”野菜 ”だか訊かれたような気がする。


あの時は、宇宙人の相変わらず理解不能な発言に呆然としていて、

うっかり答えてしまったのだった。

 

 

 

 

  (あぁ・・・ 実家、八百屋とか言ってたっけ・・・。)

 

 

 

 

シオリは朝イチから放たれた小攻撃に、ここ数日恒例となっている溜息を

小さくつくと、それをサブバッグに入れて目に付かないようにした。

なんなら、記憶からも消し去りたい。

 

 

しかし昼休みに弁当箱を取り出そうとバッグに手を入れた時、すっかり忘れて

いたそれが指先に触れ、再びあの情けない宇宙人の顔を思い出してしまった。

苦虫を噛み潰したような顔をして、シオリはバッグの奥底に青りんごを押し遣った。

 

 

 

 

 『ホヅミさぁぁあああん!!』

 

 

哀しい哉もう聞き慣れてきたその絶叫に、”今度はなに? ”とばかりシオリが

顔をあげる放課後。

 

 

『ちょ、話したいことが。』 今日も今日とて朗らかに大口開けて笑うショウタ

を一瞥すると黙って立ちあがり、シオリはいつもの西棟へ向かった。

 

 

西棟への静かな廊下を進むふたり。


ショウタの足音は、まるでスキップでもしているかのように軽やかで、

シオリの足音は、まるで怪我でもして引き摺って歩いているかのように

遅く鈍い。

 

 

跳ねるように歩きながら、少し前をゆくショウタが振り返って言った。

 

 

 

 『そうだ!! 青りんご・・・


  アレ、”祝 ”って種類なんだ・・・ すんげー酸っぱかっただろ~?


  青りんごは、まだ熟す前だからさ~ 酸味が強いんだよねぇ~・・・』

 

 

 

嬉しそうに口角をあげる顔を横目に、シオリはこの件になんて言ったらいいのか

考えあぐねていた。

 

 

 

 『ぁ、あの・・・ 気を遣わないで? 持って来てくれなくても・・・』

 

 

 

言い掛けたシオリをショウタが笑顔で遮る。

 

 

 

 『んもぉ、全っ然!! だって、青りんご好きなんでしょ??


  ウチ、八百屋だから・・・ ちゃんとイイの選んで持ってくっからさっ!』

 

 

 

その顔を見ていたら流石のシオリも、『食べてない』 とも『要らない』 とも

なんなら本心としては『見たくもない』 とも言いづらくなり、モゴモゴと

言いよどんで二の句を継げずに口を閉じた。

 

 

 

すると、いつもの理科室前でショウタが足を止め本日の本題に移った。

 

 

 

 『こないださ~・・・ 塾は、月・水・金ってゆってたじゃん?


  火曜と木曜は何してんの・・・?』

 

 

 

『・・・火・木は・・・部活、だけど・・・。』 言いたくなさそうに

答えるシオリ。


なぜ塾の曜日も教えてしまったのか、あの日の自分を思い起こす。

毎回そうなのだけれど、ショウタのやわらかいが確かな圧力に気圧されて

結局はいつも口を割ってしまうのだった。

 

 

『部活っ?! なにやってんのっ??』 垂れ目を最大限にランランと輝かせ

見開き身を乗り出して訊いてくる。

 

 

 

 

  (訊いてどうするのよ・・・。)

 

 

 

溜息まじりに、ぽつり。 『・・・書道部。』

 

 

すると、

 

 

 

 『ええええ!!! まじか、まじかー・・・


  ホヅミさんぽいなぁ~・・・ 


  袴姿でタスキして、畳に正座して書いたり~?』

 

 

 

なにがそんなに嬉しいのか、頬を高揚させて矢継ぎ早に ”書道 ”というワード

から連想できる貧弱でお粗末なイメージをまくし立てるショウタ。

 

 

 

 『そんな訳ないじゃない。


  制服のまま、イスに座って書いてるわよ。』

 

 

 

シオリが入部している書道部は、部活というのは名ばかりだった。


顧問も一応いることはいるけれど殆ど顔を出さない全くヤル気のない教師と、

書道展などへの出展など考えたこともないような部員の面々。

部活歴がある方が見栄えがいいという内申点狙いの幽霊部員がいたり、

お菓子を持ち寄ってまるで談話室のように部室を使う女子生徒の姿もあった。


シオリは元々小学生から書道を習っていたので、純粋に書道が好きで入部した

のだがその緩い環境にはさほど不満はなく、火曜と木曜は部室で好き勝手に

好きな字を書いて心おちつく穏やかな時間を過ごしていたのだった。

 

 

 

『書道部かぁ~・・・。』 ニヤニヤと頬を緩ませているショウタのその顔が

ただのいつもの善人顔ではなかったことに、この時のシオリは気が付けないでいた。

  

 

 


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