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第98話:淡い灯りの下で

「―――というわけでね。アスカは本当に足が速くて、僕もカレンも追いつくのが大変なんだ」

「まあ……ふふっ」


 君乃塚家のカナデの部屋で、セイは身振り手振りを加えながら今日の楽しかった出来事を話す。

 カナデはそんなセイの一言一言にコロコロと表情を変えて反応し、本当に楽しそうに微笑んだ。


「でも、今日一番印象的だったのは……やっぱり、赤く色づいた山々かな。神社の石段から見渡す山々は、本当に綺麗だった……」


 セイは枕元にあるろうそくの火を見つめながら、ぽつりと呟く。

 カナデはその言葉を聞くと、微笑みながら俯いた。


「それは……是非、見てみたいです。わたしの体がもう少し丈夫なら、おにいさまやカレンおねえさま。アスカちゃんと一緒に、その景色を見られるのですが……」


 少し悲しそうに瞳を伏せるカナデ。

 セイは慌てて両手を動かすと、言葉を発した。


「あ、えっと、そう悲観的になることはないよ、カナデ。大丈夫……いつか必ず一緒に見られるさ」


 セイはぽんっとカナデの頭を撫で、出来るだけ穏やかな声色で言葉を紡ぐ。

 その暖かな声を受けたカナデは嬉しそうに笑いながら、セイに向かって返事を返した。


「ありがとうございます、おにいさま。そうですよね……わたし、がんばります」


 カナデはその細腕でぐっと両手を握り込み、小さくガッツポーズをして笑顔を見せる。

 セイはそんなカナデの笑顔が嬉しくて、微笑みながらその頭を撫でた。


「っと……そうそう。カレンとアスカから、カナデにプレゼントがあるんだ」


 セイは思い出したように懐をさぐり、カレンとアスカからのプレゼントを取り出す。

 それを見たカナデは、キラキラと瞳を輝かせた。


「まあっ……綺麗な木の実とかんざしです。木の実の方は、きっとアスカちゃん、ですね」


 カナデは両手で丁寧にプレゼントを受け取ると、頬を少し赤く染めながらにっこりと微笑む。

 セイもまたその笑顔につられるように微笑むと、返事を返した。


「うん。その通りだよ。かんざしの方は、カレンが自分で作ってくれたんだ」

「カレンおねえさまが!? 凄い……本当に器用でいらっしゃるのですね」


 カナデは両目を見開き、驚きながら手のひらの上にあるかんざしを見つめる。

 かんざしに付けられた小ぶりの花はろうそくの淡い光に照らされ、穏やかに輝いた。


「あ、おにいさま。わたしの……」

「宝箱、だろう? 今持ってくるよ」


 セイはカナデの言わんとすることを察し、布団から離れた場所にある小さな木箱を持ってくる。

 カナデの布団の上にそれを置くと、セイは元いた場所に座り直した。


「ありがとうございます、おにいさま。この木の実で遊び、かんざしで身を飾るのが本来だとは思うのですが……なんだか、もったいない気がしてしまって」


 カナデは布団の上の木箱の蓋を開け、優しい手つきでそっとかんざしと木の実を入れる。

 その箱の中には既に、カレンとアスカからのプレゼントが沢山詰まっていた。


「この箱の中を見ているだけで……わたしは本当に幸せだと、そう思えるのです。カレンおねえさまとアスカちゃんには、いくら感謝しても足りません」


 カナデは穏やかな瞳で木箱の中を見つめ、やがてその箱を愛おしそうに抱きしめる。

 その様子を見たセイは、にっこりと笑いながらカナデの頭を撫でた。


「なに。恩返しなら、カナデが元気になってからいくらでもすればいい。焦らずゆっくりと養生すれば、きっと叶うさ」


 セイは出来るだけ優しい声で、カナデへと言葉を発する。

 カナデは頭を撫でられる感触に、少しくすぐったそうにしながら返事を返した。


「ふふっ……ありがとうございます、おにいさま」


 カナデはその大きな瞳でセイを見つめ、にっこりと微笑む。

 セイはその笑顔に安堵し、小さく息を落とした。


「あ、そういえば……おにいさま。カレンおねえさまとは、いったいどこまでいったのですか?」

「ぶふっ!? か、カナデ、突然何を!?」


 セイはカナデからの予想外の質問に吹き出し、けほけほと咳き込みながら言葉を返す。

 カナデは口元に手を当てて笑いながら、さらに言葉を続けた。


「あら、おにいさま。わたしはただカレンおねえさまと、どこまで”行ったのか“お伺いしているだけですよ? 何か勘違いなさっているのでは?」


 カナデは口元に手を当てたまま微笑み、まるで覗き見るようにセイへと視線を送る。

 その視線を受けたセイは、みるみるうちにその頬を赤くしていった。


「うっ……ぐ。か、カナデ。一体どこでそんな話し方を覚えてくるんだい?」


 セイは顔を真っ赤にしながら、ぽりぽりと頬をかいて眉をひそませる。

 カナデは小さく笑うと、セイに向かって返事を返した。


「ふふっ……ごめんなさい、おにいさま。カレンおねえさまが本当におねえさまになるのが嬉しくて、ついからかってしまいました」


 カナデは口元に手を当てながらくすくすと笑い、言葉を続ける。

 セイは呆れたように肩を撫で下ろすと、小さく笑って返事を返した。


「ははっ。まったく、あまり兄をからかうものじゃないぞ」

「ごめんなさい、おにいさま。……ふふっ」


 先ほどの動転したセイの表情が面白かったのか、カナデは堪えきれずに再び笑う。

 その笑顔に安堵のため息を落としたセイは、ゆっくりと立ち上がった。


「さて、そろそろ夕飯だね。僕が取ってこよう」

「あ、はい。ありがとうございます、おにいさま」


 セイは立ち上がりながらカナデの頭を一度撫で、やがて障子に向かって歩いていく。

 そのまま障子を開いて廊下に出ると、中庭から虫達の声が響いてきた。


「ふふっ……まったくカナデは。少し悪戯好きな性分があるな」


 セイはどこかくすぐったそうに笑いながら、中庭の見える廊下を歩いていく。

 やがて廊下の角を曲がった瞬間……黒い着物を着た男と遭遇した。


「!? 父さん……こんばんは。夕飯はもう食べたの?」


 セイは黒い着物の男……もとい父親に対し、笑顔で言葉を発する。

 しかし父親は無表情のままセイを見返し、ゆっくりとその口を開いた。


「この廊下にいるということは……また、“あの娘”の所に行っていたのか。やめなさいと言っているだろう、セイ」

「―――っ!?」


 セイは自身の子どもを……カナデを、“あの娘”と呼ぶ父親の言動に、両目を見開く。

 中庭の虫達はいつからか鳴くのを止め、不気味な静寂が辺りを包み始めていた。


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