表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/262

第97話:カナデ

 夜の帳が落ちた星空の下、陽山家の玄関の前でセイは微笑みながら片手を振った。


「じゃあ、ここまでだね。二人とも、また明日」


 笑顔で手を振るセイに対し、寂しそうにその顔を見上げるアスカ。

 やがてセイの着物の裾をくいくいと引っ張り、言葉を発した。


「おにいたま。あしゅかがいーっぱいねたら、おにいたまとずっといっしょ。なんだよね?」

「ん? あ、ああ……そっか。許婚のこと、アスカも知ってるんだね」


 セイは少し恥ずかしそうに頬をかき、困ったように眉を顰める。

 カレンはにっこりと微笑みながら言葉を発した。


「アスカちゃんはセイ様が大好きですから……私とセイ様の結婚を、心待ちにしています」

「ふふっ。そっか。ありがとう、アスカ」

「えへへぇ~」


 セイは少し屈んで、アスカの頭を優しく撫でる。

 その様子を見たカレンは俯き、頬を真っ赤に染めながら、小さく言葉を発した。


「あ、えと、わ、私も…………こころまちにして、います」

「ん? カレン。何か言ったかい?」


 セイはカレンの言葉が聞こえていなかったのか、頭に疑問符を浮かべながらカレンの顔を見つめる。

 カレンは頬をさらに赤く染めると、ぶんぶんと手を横に振った。


「あ、いや! なんでもないですじゃ!」

「???」


 ぶんぶんと手を振るカレンの様子に、疑問符を浮かべて首を傾げるセイ。

 やがてセイは空を見上げると、踵を返して歩き始めた。


「さて、今度こそ行かないと。じゃあ二人とも、また明日ね」


 セイは穏やかな笑顔を浮かべながら、夜道へと歩いていく。

 しかし数歩進んだところでセイはカレンへと振り向き、その様子に疑問符を浮かべたカレンに対し、言葉を発した。


「―――カレン。僕も、心待ちにしているよ」

「っ!?」


 月明かりの下に映る、セイの笑顔。

 本当はさっきの言葉を聞かれていた事に気付いたカレンは、冷めかけていた頬を一瞬にして火照らせた。


「―――っもう! セイ様! からかわないでください!」


 カレンはセイに一本取られた事が悔しいのか、握った手をぶんぶんと振って返事を返す。

 セイは「ごめんごめん。じゃあ、おやすみ!」と言葉を返し、そのまま夜道へと歩いていった。


「おにいたま! おやしゅみ~!」


 ぶんぶんと両手を振るアスカの大きな声に反応し、一度だけ振り返ると、片手で手を振るセイ。

 カレンは恥ずかしそうに微笑みながら、夜道を歩くセイを優しく見送った。






 “君乃塚”と表札のかかった大きな門。月明かりに照らされた古めかしい門は、年季が入っていることを感じさせる。

 セイはそんな門を片手でそっと開くと、玄関へと進み、草履を脱いで廊下へと上がった。


「……ただいま帰りました」


 セイは少し大きな声で言葉を発するが、家の中から返事はない。

 小さく息を落とすと、セイは真っ直ぐに、中庭の見える廊下へと歩みを進めた。

 中庭には小さな池とよく手入れされた造園が月明かりに照らされ、虫の鳴き声が彩りを添える。

 そんな空気に触れたセイは少し安心したように深呼吸すると、中庭横の廊下を早足で進んだ。


「……カナデ。僕だ。今帰ったよ」


 セイは中庭の見える部屋の前で止まり、障子を挟んで部屋の中へと言葉を発する。

 やがて部屋の中から、細く美しい声が返ってきた。


「おにいさま、おかえりなさい。どうぞお入りになってください」


 いつもと変わらない声色に安堵のため息を落としたセイは、穏やかな笑顔を浮かべながら、ゆっくりと障子を開いて部屋へと入る。

 部屋の中央ではカナデと呼ばれた一人の少女が布団に入っており、セイが障子を開けるのと同時に、その上体を起こした。

 カナデは美しく長い髪を手ぐしで整えると、にっこりと微笑む。


「おにいさま。今日はとても良い夜ですね。虫達の声がとてもよく聞こえます」


 カナデはその小さな口を動かし、セイに向かって言葉を発する。

 セイは微笑みながら後ろ手で障子を閉めると、カエデの横に腰を下ろした。


「うん。本当にそうだね。月も良く輝いていて、とても綺麗だ」


 セイはにっこりと微笑みながら、カナデに向かって言葉を紡ぐ。

 カナデはそんなセイの言葉を受けると、そわそわとしながら視線を左右に巡らせた。


「あ、えっと……おにいさま。それで今日は、一体どんなお話を聞かせていただけるのでしょうか」


 カナデは落ち着かない様子で、セイへと言葉を発する。

 生まれながらに“弱化病”という病に冒されていたカナデは、部屋から出ることもできず、こうしてセイの話を聞くことが唯一の楽しみだった。

 セイはそわそわとしたカナデの頭をそっと撫でると、微笑みながら言葉を発した。


「ん……そうだな。今日はカレンと一緒にアスカも来てね。赤色に色づいた森の中で遊んだんだ。その時の話をしようか」

「まあ、素敵……! 是非聞かせてください、おにいさま」


 カナデはキラキラとした瞳で、セイに向かって体を乗り出す。

 セイはそんなカナデの様子に微笑みながら、今日の出来事をゆっくりと語り始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ