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第95話:遠き日

 山々が赤く染まる季節。高い場所に作られた神社の石段からは、美しく色づいた山々を望むことができる。

 眼下の街では着物を着た人々が行き交い、少し肌寒くなった季節にも関わらず、活気ある様子で日々の生活を送っている。

 神社の石段に腰掛けた藍色の着物を着た青年は、穏やかな笑顔を浮かべてそれらの情景を優しく見守る。

 青年の前髪は長く、眉毛の下辺りまで伸びているが、穏やかなその表情故か、あまり野暮ったい印象は受けない。

 むしろその髪の間から見える黒い瞳に、淡い光が優しく輝き、青年の内面を表しているように思える。

 やがて青年がいつもの通り懐から一冊の本を取り出そうとしたところ、背後から遠慮がちな声が響いた。


「あの……セイ様。お待たせしてしまって、ごめんなさい」


 セイと呼ばれた青年が振り返ると、そこには長く美しい黒髪と紅色に染まった頬が印象的な少女が、申し訳なさそうに眉を顰めている。

 セイは本を懐に仕舞うと、にっこりと微笑みながら立ち上がった。


「いや、いいんだカレン。僕の方が早めに来ていただけだから」


 セイは微笑みながら、できるだけ優しい声色でカレンと呼ばれた少女へ返事を返す。

 その言葉を受けたカレンは、ほっとした様子で胸を撫で下ろした。


「よかった……あ、お隣に座ってもよろしいでしょうか」

「ふふっ。うん、もちろん」


 出会ってから幾分も経つというのに、いつまでも遠慮がちなカレンがおかしくて、セイは少し笑いながら石段に腰掛ける。

 カレンはそんなセイの笑いの意味がわからず、頭に疑問符を浮かべて首を傾げながら、ゆっくりとセイの隣に腰を下ろした。


「今日は良い天気だね、カレン。一昨日の雨が嘘のようだ」


 セイは隣で小さくなっているカレンの心情を察し、出来るだけたわいもない話題を振る。

 カレンはにっこりと微笑むと、空を見上げながら言葉を返した。


「ええ……本当に。気持ちの良い陽気になりました」


 カレンはセイと同じく優しい瞳で赤く色づいた山々を見つめ、にっこりと微笑む。

 セイはその笑顔を見ると安心したように再び微笑み、カレンと同じように赤く染まった山々を見つめた。


「……はい、カレンさん。ここでクイズです。僕が一番好きな季節は、一体いつでしょう?」

「えっ!? ええっ!?」


 カレンは突然のセイの発言に驚き、元々赤かった頬をさらに赤くして、わたわたと両手を動かす。

 その後カレンは両腕を組むと、うーんと唸り始めた。


「えっと……もしかすると、今の季節? いやでも、問題にするということは、別の季節の可能性が……」


 カレンは真剣な表情になりながら、一生懸命正解を探す。

 セイはそんなカレンの姿を見ると思わず吹き出し、言葉を紡いだ。


「ぷっ……ははっ、考えすぎだよカレン。正解は“今の季節が一番好き”でした」

「あっ!? ず、ずるい! というか、答えを言うのが早いです、セイ様!」


 カレンは両目を見開き、驚いた表情のままセイへと言葉を返す。

 セイはコロコロ変わるカレンの表情が面白くて、くすぐったそうに笑った。


「はははっ。ごめんごめん。カレンは何事も一生懸命だから、つい意地悪をしてみたくなってね」

「うう……セイ様、ひどいです」


 カレンは両手を太ももの上に置き、ぷくーっと頬を膨らませる。

 セイはそんなカレンの頭にぽんっと手を置くと、暖かな声で言葉を続けた。


「本当に、ごめんよカレン。許してほしい」

「―――っ」


 頭をそっと撫でられたカレンは、頬を膨らませるのも忘れ、その顔はさらに真っ赤に染まる。

 カレンは頭を撫でられながら俯き、瞳を伏せながら小さく言葉を落とした。


「もう。本当に、ずるい……です」

「ん? 何か言ったかい?」

「あっ!? い、いいえ! 何もないですじゃ!」

「???」


 言葉が変になっているカレンに疑問符を浮かべ、首を傾げるセイ。

 やがてカレンは深呼吸を繰り返すと、気を取り直して赤く染まった山々を見つめた。


「でも、本当に……綺麗です。私もこの季節は、大好きですよ。ご一緒ですね、セイ様」

「―――っ」


 まだ少し赤く染まった頬で、にっこりと微笑みかけるカレン。

 セイはそんなカレンの笑顔を見ると、頬を赤く染め、慌てて顔を背けた。


「セイ様? どうかなさいましたか?」


 カレンは突然顔を背けてしまったセイに対し、不思議そうな顔をしながら質問する。

 セイはぱたぱたと手で顔に風を送りながら、慌てて返事を返した。


「あ、いや、なんでもない! なんでもないよ! ははは……」

「???」


 それほど暑くもないのに自身に風を送り続けるセイに、首を傾げるカレン。

 その後カレンは両手を合わせ、何かを思い出したように目を見開いた。


「あっ! そういえば私、セイ様にお弁当を作ってきたんです。お腹は空いていらっしゃいますか?」


 カレンは背中に隠していた弁当箱を取り出し、微笑みながら言葉を紡ぐ。

 セイは火照った頬が冷めてきたのを確認すると、カレンと同じように微笑みながら返事を返した。


「へぇ……それは嬉しいな。でもカレン、その前にその“セイ様”っていうの、やめないかい? 君は陽術を操る陽山家の“長女”、僕は陰術を操る君乃塚家の“長男”だ。本来僕達の間に、優劣なんて無いはずだろう?」


 セイは促すような声色で、カレンに向かって提案する。

 するとカレンは困ったように眉を顰め、返事を返した。


「あっ……は、はい。そうなのですが……どうにも癖が抜けなくて」

「ふふっ。癖か。それは難敵だねぇ」


 セイは大きく笑いながら、カレンに向かって言葉を発する。

 その様子を見たカレンは、少し頬を膨らませながら返事を返した。


「むぅ。セイ様。今ちょっと馬鹿にしたでしょう?」

「ああ、いや、そんなことないよカレン。気分を害したなら悪かった」


 セイはニヤニヤと笑いながら、カレンへと言葉を発する。

 カレンはそんなセイの様子を見ると、さらに頬を膨らませて言葉を続けた。


「うう……わ、私だって、呼び捨てくらい大丈夫です。えっと……せ、せ……セイ?」

「っ!?」


 恥ずかしそうに上目使いで、セイを呼び捨てにするカレン。その姿を見たセイは思わず、呼吸を忘れる。

 カレンの表情はセイの思った以上の破壊力で、セイは赤く染まった頬を手で隠しながら、かろうじて返事を返した。


「あ……っと。うん。そんな感じだよ、カレン」

「はっ……はい! セイ様!」


 カレンはセイに認められたのが嬉しいのか、満面の笑顔で言葉を発する。

 その言葉を受けたセイは、ぽかんとしながら返事を返した。


「えっと……カレン? 呼び方戻ってる」

「あ、え、ええっ!? ま、間違えました! ごめんなさいセイ様!」


 カレンはセイに指摘された事でさらに慌てて、わたわたと手を動かしながら言葉を続ける。

 しかし再び発せられた“セイ様”に、ついにセイは吹き出した。


「ぷっ……ははっ。あはははははっ」


 ついに笑い出してしまったセイを、ぽかんと見つめるカレン。

 やがてその笑いにつられるように、カレンもまた笑い始めた。


「もうっ。笑わないでください。……ふふっ」


 神社の石段に、男女の楽しそうな笑い声が響く。

 そんな二人の背後から、ちょこちょことした小さな影が近づいてきた。


「おねえたま、おにいたまー! あしゅかも、あしゅかもごいっしょしますー!」

「アスカちゃん!? ついて来ちゃったの!?」


 着物の裾を踏みながら、一生懸命カレン達の下へと走ってくるアスカ。

 カレンは両目を見開いて驚き、セイはにっこりと微笑んで言葉を発した。


「ふふっ……やっぱりね。なんとなくこうなる気はしてたんだ」


 セイは楽しそうに笑いながら、埃を払って立ち上がる。

 やがて走ってきたアスカを、その両手で受け止めた。


「えへへ。おにいたま! あそぼ!」


 アスカはまるで花が咲いたように満面の笑顔を浮かべ、セイに向かって言葉を発する。

 セイはそんなアスカを抱き上げ、にっこりと微笑みながら、カレンへと振り返る。

 こうして三つになった笑い声は神社の空に響き、赤く染まった山々は、三人の様子を優しく見守っていた。

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