第88話:怒り
「何を言うかと思えば、R02が優秀だと? そいつはボクの中で最低の失敗作だ。ただのポンコツだよ」
ガイムは白衣のポケットに両手を入れ、つまらなそうに口を動かす。
イクサは眉間に皺を寄せながら、ガイムへと返事を返した。
「……なぜ、R02様が失敗作なのでしょうか? 私が見た限り、R02様に目立った欠点は見当たりません。よって、失敗作という表現は適切でないと思われます」
イクサの言葉を受けたガイムはさらに面倒くさそうに顔をしかめ、しかしそのまま、言葉を紡いだ。
「そいつはな、“銃が撃てない機構兵士”なのさ。笑えるだろ? そんなの致命的な欠陥だ。失敗作以外の何者でもない」
ガイムは肩を竦め、やれやれと顔を横に振りながら言葉を発する。
そんなガイムの言葉を受けたイクサは、R02の顔を見つめた。
「銃が、撃てない……」
イクサは小さく言葉を落としながら、R02の腰元に付けられた銃を見つめる。
R02は心なしか悲しそうに俯き、イクサの視線を受け止めていた。
イクサはしばらく何かを考えるように瞳を伏せると、やがて意を決したようにガイムを見つめ、口を開いた。
「たとえ銃が撃てなくても、私はR02様に、心があると信じています。心とは、銃よりずっと価値のあるものと判断します。よって、R02様は失敗作ではありません」
イクサは淡々と、しかし力強く、ガイムへと言葉を発する。
ガイムは苛立った様子で頭を搔き、乱暴に返事を返した。
「わからないやつだなぁ。そいつはボクにとって失敗作なの! 作ったボクが言ってるんだからそうに決まってるだろ? まったく、付き合ってられないな……」
ガイムは会話を切り上げ、Z04の下へと戻っていく。
そして一行の方へと振り返ると、嬉しそうに言葉を紡いだ。
「そんな事より、見ろ! ついにボクの最高傑作、Z04の起動だ! こいつは史上初、人が乗り込んで操作できるタイプの機構兵士で、緻密な動きが可能になっている! 今それを、証明してやろう!」
ガイムはZ04へと駆け寄ると、その身体によじ登って体内にあるコックピットへと乗り込む。
そのまま計器類をチェックすると、起動ボタンを押した。
「なっ……これは!?」
「動くの!?」
リリィとアスカは、ゆっくりと動き始めたZ04に驚き、声を上げる。
Z04はゆっくりとした動きながらも折れていた膝を伸ばし、倉庫の天井を突き破って立ち上がる。
その大きさと存在感は圧倒的で、全身はカラクティアの王城ほどの大きさがあった。
「はははは! 見たか! これがZ04! ボクの最高傑作だ!」
ガイムはコックピットから、大声で一行へと言葉をぶつける。
その巨大な体躯とそれが動いたという事実に、アスカは興奮気味に言葉を発した。
「うおおおお! すごいすごい! 本当に動いたよ!」
「うん……本当に、すごい……」
興奮気味に言葉を発するアスカと、ぽかんとしながら言葉を落とすリース。
しかしイクサとアニキは、冷静にZ04を見上げていた。
「マスター。何故でしょうか。私は、胸騒ぎを感じています」
「おめえもか、気が合うな。俺もだぜ」
腕を組んでZ04を見上げるアニキと、両手をだらりと下げた状態で同じように見上げるイクサ。
二人の言葉はガイムへ届くことはなく、ガイムはさらに大声で言葉を続けた。
「よぉし、今日はこのZ04のメインである、飛行機能を見せてやる! 光栄に思え!」
「!? ゴシュジンサマ、ソレハ、ソレハイケナイ!」
R02は突然駆け出し、地面に固定したロープをZ04の右足にくくり付けながらしがみつく。
Z04は右足の思わぬ引っ掛かりに引っ張られ、跳躍できずに地面へと降り立った。
「R02様!?」
イクサは突然行動に出たR02に驚き、声をかける。
しかしR02は全身が壊れそうになりながらも、Z04の足を手放すことはない。
ガイムは苛立った様子でR02へと声を荒げた。
「離せ、このポンコツ! Z04の邪魔をするな!」
「イケナイ、ゴシュジンサマ。キョカナクヒコウスレバ、ウチオトサレテシマウ……!」
R02は左手が折れ、外れても、右手はしっかりとZ04の足を掴み、離す事はない。
その様子を見たガイムは、まるでゴミを見るような瞳でR02を見つめ、そして言葉を発した。
「……もう、いいや、お前。もう、いらない」
「!?」
ガイムはZ04を操作し、右足を振り抜く形でR02を振りほどく。
その衝撃にR02は手を離し、地面へと転がった。
「R02様!」
イクサは地面に転がったR02へ駆け寄ろうと、両足に力を込める。
しかしそれよりも早く、Z04は腰元の巨大な銃の銃口を、R02へと向けた。
「喜べ、R02。最後に大仕事をやるよ。お前はZ04の、試射の的だ!」
「!? だめえええええええええええええええ!」
イクサは両目を見開き、大声を出しながら目の前まで迫ったR02へと手を伸ばす。
しかしそれより一瞬早く、Z04の銃口からビームが放たれ、R02の胸を撃ち貫く。
R02は声を上げる事も無く、ただその場で沈黙した。
「おおあたりー♪ ははっ、たまには役に立つじゃないか。失敗作のくせに! あははははは!」
ガイムはZ04のコックピットから、嘲るような笑いを倉庫内に響かせる。
やがて駆け寄ってきたイクサに、R02は言葉を残した。
「イクサ、サマ。ゴシュジンサマヲ、トメテ。ゴシュジンサマヲ、マモ……ッテ……」
「……っ!」
R02は言葉を残すと、全身の全機能を止め、その瞳から光が消える。
イクサは両目を見開き、そんなR02の姿を、瞳に焼き付けた。
「あ、壊れた? ちょうどいい、スクラップにする手間が省けたな」
ガイムは楽しそうに笑いながら、イクサに向かって言葉を発する。
イクサは撃ちぬかれたR02の胸を撫でると……遅れて駆け寄ってきたアニキに、言葉を紡いだ。
「マスター。私、おかしいです。目の奥が熱く、思考がうまくまとまりません。しかし体温は高く、エネルギーに満ちています。なのに、とてつもなく寒い。“楽しい”とも、“嬉しい”とも違うこの状態は、一体何ですか?」
イクサに問いかけられたアニキは、眉間に皺を寄せながら、イクサへと言葉を返した。
「……知らねえなら、覚えとけ。それが…………“怒り”だ」
「いか、り……」
イクサはアニキの言葉を受けると、それを頭の中で反芻させる。
やがてR02の腰元にあった銃に一度触れると、そのまま立ち上がった。
「了解しました、マスター。私のやるべきことも、理解しています」
「……そうか」
アニキはもう動くことのないR02を横目で見ながら、瞳を伏せて言葉を返す。
ガイムはそんな二人の様子に構わず、両足を一度曲げて上空へと跳躍した。
「あはははは! いいぞ、Z04! このままカラクティアの王国騎士団に、挨拶といこう!」
ガイムは狂ったように笑いながら倉庫の上空を飛び、カラクティア城の方角へと体を向ける。
イクサは真っ直ぐにガイムとZ04を見つめ、やがて小さく、言葉を落とした。
「行かせない……。ガイム様。あなたは、おしおきの時間です」