第82話:ガイムとR02
カラクティアの食堂で食事をとっていたリリィ達だったが、入り口の方から突然大声が響く。
リリィ達は食事をしながら、その方向に視線を向けた。
「おい、R02! さっさと水を持って来いよ! 気が利かないな!」
「モウシワケアリマセン。ガイムサマ」
白衣に眼鏡、そして偉そうな態度のその少年は、R02と呼ばれた二足歩行の機構兵士に言葉をぶつける。
どうやら少年がR02の主人であり、命令を出しているようだが、周りの客達は、にわかに騒ぎ始める。
「おい、ガイムだぞ……」
「ああ。目を合わせるなよ」
「相変わらず偉そうな奴だ……」
周りの客達は口々に、ガイムを非難する言葉を呟く。
その言葉を聞いたリリィは、食事をする手を止めてガイム達の方角を向いた。
「ガイムに、R02……? ガイムは人間の子どもだが、R02の方は魔術機構で動く兵士のようだな。もっとも、戦闘用に使われているようには見えないが」
リリィはガイムのためにせわしなく食事の準備をするR02の姿を見て、不思議そうに首を傾げる。
機構兵士といえば、カラクティアの主力戦力であり、最大の特徴であると言っても過言ではない。
R02はどうやら一昔前の型のようで、二足歩行はしているもののおぼつかない足取りで、けたたましい機械音を鳴らしながら主人に仕えている。
ガイムはそんなR02につらく当たり、「ギィギィうるさい!」と、そのボディに蹴りを入れていた。
いくら機構兵士に感情がないとはいえ、見ていてあまり気分の良いものではない。
リリィはガイムたちから視線を外すが、唐突にガイムからリリィ達の席の方へと、言葉がぶつけられた。
「おい、そこのお前! さっきから見ているが、こいつが珍しいのか?」
「??? いや、私は見ていないが……あ!?」
ガイムの視線の先を追ったリリィは、イクサがじーっとR02を見ていることに気付き、思わず声を漏らす。
しかしイクサはガイムの言葉を受けても、R02をじっと見つめ、やがて席を立つとR02へと歩みを進めた。
「い、イクサ!?」
「…………」
イクサはリリィの言葉に反応も返さず、ただ無言のままR02の正面に立つ。
R02は機械音を出しながら首を傾げ、やがてそのボディから機械音声が響いてきた。
「ナニカワタシニ、ゴヨウデショウカ」
「…………」
イクサはただ無言のまま首を傾げ、R02はそれとは逆方向に首を傾げる。
ガイムはそんなR02の動きに苛立ちを感じ、そのボディに乱暴な蹴りを入れた。
「おい、何やってんだお前は! それとあんたも、R02がそんなに珍しいのか!?」
ガイムは不機嫌そうに食事をしながら、イクサへと言葉をぶつける。
その時会話を遮るように、リリィがイクサの肩を掴んだ。
「イクサ、どうした? あの機構兵士に、何か気になるところでもあるのか?」
リリィは出来るだけ穏やかな声色で、イクサへと言葉をかける。
イクサはゆっくりとリリィへと振り返ると、口を開いた。
「わかりません。ただ、彼の動きには何かを感じます。この感情を言語化する経験を、私は有していません」
イクサは若干早口ながらも、自身の感情をリリィへと届ける。
その会話を聞いていたアニキは食事を止め、口を挟んだ。
「そんなもん人に聞いてもわかんねーよ。てめえで考えてみろ」
アニキはスプーンでイクサを指しながら、言葉を紡ぐ。
その言葉を受けたイクサは、アニキの方を向いて言葉を返した。
「自分で、考える……。なるほど。了解しました」
イクサは納得した様子で頷き、アニキへと返事を返す。
その会話を聞いていたガイムは、一転して嬉しそうな表情になり、言葉を発した。
「なんだかわからないけど、お前達ボクの発明に興味があるのか!? だったらもっと見せてやるよ。こんなオンボロじゃなくてな!」
「…………」
ガイムは笑顔のままガンガンとR02のボディを蹴り、リリィ達へと言葉を発する。
リリィは一言注意してやろうかと考えたが、来たばかりの街で揉め事を起こすのも良くないと考え、ぐっとこらえた。
そしてそのまま、ガイムへと返事を返す。
「ガイム……といったな。悪いがその誘いには―――」
「是非見せてください」
「うぉっ!? イクサ!?」
リリィは突然言葉を発したイクサに驚き、目を丸くする。
ガイムはイクサの言葉を聞くと、上機嫌で笑顔を浮かべた。
「ははっ。よし。なかなか見る目あるじゃないか。じゃあ食事が終わったら、ボクのラボに案内してやるよ!」
ガイムは上機嫌で言葉を発し、偉そうに腕を組む。
リリィは片手で頭を抱え、どうしたものかと考えた。
「ああ、もう。なんでこんなことに……」
「??? リリィ様。どうかなさいましたか?」
イクサは頭を抱えるリリィの様子に疑問符を浮かべ、首を傾げる。
リリィはそんなイクサへ返事を返そうとするが、それより先に一行へとこの状況を知らせるべきと考え、身体を向きなおした。
「……お前達。聞いていたと思うが、食事が終わったらガイムの家に―――」
「あ、てめえアスカ! その肉俺の肉だぞ!」
「へへーん♪ 名前書いてなかったからあたしのー♪」
「ここのご飯おいふぃねー」
「自由かお前ら! 状況を把握しろ状況を!」
ガイム達のことなど気にもせずに食事を楽しむ一行に、声を荒げるリリィ。
結局一行は、そんなリリィの言葉を聞いてくれるようになるまで、数十分の時間を要した。