第76話:お洋服を着よう
街に到着した一行はすぐに洋服店へと向かい、イクサの服を見立てる。
しかしどんな洋服を合わせて質問しても、イクサは疑問符を浮かべて首を傾げるばかりで、一体どんな服が好きなのかわからない。
そんな一行を見かねたのか、店の店主らしき男が声をかけてきた。
「いらっしゃいませ。そちらのお嬢さんのお召し物をお探しで?」
店主は揉み手をしながら、リリィに向かって言葉を発する。
リリィは店主へと身体を向け、返事を返した。
「ああ。そうなのだが……本人の好みがわからなくてな。何か良いものは入っているだろうか」
リリィは眉を顰めながら、店主に向かって言葉を発する。
その言葉を聞いた店主は瞳を輝かせ、ずいと一歩リリィへと近づいた。
「そぉれでしたらお客様! とっておきの一品が入っておりますよ! 少々お待ち下さい!」
「あ、ああ……わかった」
近づいてきた店主に思わず後ずさりながら、返事を返すリリィ。
店主はそんなリリィの様子に構わず、どたどたと店の奥へと走って行った。
「これこれ! こちらです! この純白のボディスーツ! 魔術機構の採用により、頑丈で保温も発熱も完璧。手袋とロングブーツもセットで、当店一品限りの限定品です!」
店主は鼻息を荒くしながら、純白のボディスーツをリリィへと突き出す。
リリィはそのボディスーツを受け取ると、前後左右をよく確認した。
「ふむ。ぴっちりとした材質だが、下はミニスカートか。動きやすくて良いかもしれんな」
リリィは曲げた人差し指を顎に当て、うーんと考え込む。
その様子を見たアスカは、リリィからボディスーツを奪い取った。
「これいいじゃん! 髪の白色とも合ってるし、とりあえず着てみなよイクサっち!」
アスカはボディスーツを手に持ちながら、イクサに向かって言葉を紡ぐ。
しかし当のイクサはアニキの方を向き、同じ質問を繰り返していた。
「○△□△□×○△○△□○××?」
「聞いてねぇー! イクサっち全然聞いてねぇ! ちょっとショック!」
アスカはボディスーツを掴みながら、ごろごろと店内を転がる。
リースはそんなアスカをなだめようと、両手をわたわたと動かしていた。
「おい、イクサ。おめえの服が決まったみてえだぞ。着てみろよ」
「???」
イクサはアニキの言葉が理解できているのかいないのか、頭に疑問符を浮かべて首を傾げる。
アニキは片手で頭を抱え、大きなため息を落とした。
「はぁ……ダメだこりゃ。おいアスカ。もう無理矢理でいいから試着室連れてけ。らちが明かねえや」
「majide!? 着せ替えできるんだやったー!」
アスカはぴょーんと飛び上がり、ウキウキとしながら試着室までイクサの背中を押していく。
イクサはアスカに押されながらも、試着室に入るまでずっと、その瞳でアニキを見つめ続けていた。
「じゃじゃーん! お着替え完了! サイズもピッタリだったよん♪」
「「「おおーっ!」」」
アスカによって無理矢理服を着せられたイクサの姿を見て、リリィとリース、そして店主は同時に拍手を送る。
イクサは白い髪に白のボディスーツを身に纏い。その瞳に生気が無いことも手伝ってか、どこか機械的な印象を相手に与える。
しかしながら目鼻立ちは整っており、白い肌は美しく光を反射して、全体を見ると神秘的な美しさを放っているように思えた。
「すっげー似合うよねイクサっち。もうこの服しかないでしょってくらい」
「確かに……私やアスカが着ても、こうはならないだろうな。カレンは少し似合いそうだが」
リリィはアスカの言葉に納得し、うんうんと頷きながら言葉を返す。
そしてその後、思い出したように店主に向かって言葉を紡いだ。
「ああ、すまない、店主。この服を貰おう。いくらだ?」
「へへっ、毎度。お代は20万ゼールになります」
「にじゅうまっ……っ!? そんなにするのか!?」
リリィは店主の口から出てきた価格に驚き、声を荒げる。
定食屋での一般的な食事が500ゼールであるこの世界で、一着20万の洋服は確かに高価である。
店主は少し厳しい表情になると、さらに言葉を続けた。
「お客様。こちらは魔術機構を採用した、最新ファッションです。王国の店を探してもこれほどの一品、置いてあるかどうか……。それに機能性で言うなら、現状これ以上の衣服は存在しません」
店主は真面目な表情で、リリィを真っ直ぐに射抜きながら言葉をぶつける。
リリィは「むぅ……確かに、それはそうか」と、納得した様子で頷いた。
「まあいーじゃん! こんな似合ってるんだし、路銀には余裕があるしさ!」
「アスカ……そう、だな。買うとするか」
「はい! 一着お買い上げで! ありがとうございまーす♪」
店主は“買う”というリリィの言葉が出た瞬間、バンザイをしながら言葉を返す。
リリィはため息を吐き、道具袋から20万ゼールを支払った。
「はぁ……痛い出費だ。しかしまあこれで、私はマントを取り返せるわけだな」
リリィは試着室の中に残されていたマントを拾い、自身の身体に纏わせる。
アスカは口を3の形にして「脱いでた方が可愛いのに~」とぶーたれていたが、リリィはあえてそれを無視した。
「それより、イクサとどうやってコミュニケーションを取るか。その問題の方が重要だな。これからどうするか……」
嬉しそうに札束を数える店主を背後に、リリィは腕を組んでこれからどうすべきかを考える。
その時リースがはいっと手を挙げ、リリィへと言葉を紡いだ。
「あのね。イクサさんの言葉が何語なのか調べる為に、図書館に行ってみるのはどうかな? この街にあるかどうかはわかんないけど……」
リースは手を挙げたままの状態で、リリィに向かって言葉を発する。
リリィはそんなリースの言葉を受けると、こくりと頷いた。
「ふむ。確かに今は、それしかないだろう。店主、この街に図書館はあるだろうか?」
リリィは後ろへと振り向き、20万ゼールを笑顔で数えている店主へと声をかける。
店主はさっと札束を背中に隠すと、引きつった笑顔で返事を返した。
「ひゃいっ!? あ、ええと、図書館はありませんが……町長の家でしたら、辞書等の本は揃っていると思います。町長は博識でいらっしゃいますので」
店主は笑顔を浮かべながら、リリィに向かって言葉を発する。
リリィはその言葉を受けると、再び一行へと向き直った。
「ふむ。みんな、聞いた通りだ。イクサと話をするためにも、とりあえず町長の家に行ってみよう」
「「おーっ!」」
アスカとリースは、ノリノリで片手を挙げて返事を返す。
一方アニキは気だるそうに両手を下げ、「本か……めんどくせーなぁ」と、不満そうに呟いていた。
「…………」
そしてイクサは、相変わらず感情の篭っていない瞳で、アニキを真っ直ぐに見つめる。
アニキはそんなイクサの視線に応えることもなく、頭の後ろで手を組んだ。
「まあ、いいや。行くならとっとと行こうぜ」
「あっこら!? 貴様町長の家を知らないだろう! 勝手に行くな!」
店を後にするアニキの後ろを、リリィは急ぎ足で追いかける。
そんなリリィを見たアスカとリースは、リリィと同じように、急ぎ足で洋服店を後にした。