第75話:仮名
「……で、どういうこった? こりゃあ。ていうか、何て言ってんだ?」
「○△□△□×○△○△□○××?」
アニキは全裸の女性と対面しながら、困ったようにボリボリと頭を搔く。
リリィは周囲に注意しながらマントを脱ぐと、その女性へと着せた。
「と、とりあえずこれを着るがいい。裸のままというわけにはいくまい」
「…………」
マントを着せられた女性は、無言のままリリィを見返す。
しかししばらくすると再びアニキの方へと身体を向け、口を開いた。
「○△□△□×○△○△□○××?」
「んだぁぁ! またそれかよ! 一体何語だそりゃあ!?」
アニキは頭を掻き毟りながら、女性へと言葉をぶつける。
しかし女性は不思議そうに首を傾げるだけで、アニキの言葉が通じているようには思えない。
「……はっ。そ、そうだ。カレンさん! カレンさんの身体を造ってたんだよ! そっちはどうなるの!?」
ぽかんとしていたリースは再起動し、アスカへと言葉を発する。
アスカは「あっ! そうか!」と、口元に手を当てながら、両目を見開いた。
「えっと……お姉ちゃん。あの人の中、入れそう? 無理だと思うけど……」
「…………」
アスカの言葉を受けたカレンは、ふるふると顔を横に振る。
それも当然だろう。意思のない肉体ならまだしも、今あの女性には確実に意思が宿っている。
人の身体を乗っ取るなど、いくら陽術でも不可能だ。
「あの……ごめんなさい! アスカさん、カレンさん! 僕のせいでロード、無くなっちゃって……」
二人の様子を見たリースは、瞳にいっぱいの涙を浮かべ、深々と頭を下げる。
しかしアスカはそんなリースの頭をぽんぽんと撫で、返事を返した。
「あー、ま、いいっていいって。なんとなくだけど、他の創術士さんでも無理そうな気がするし……ロードはまた探せばいいしね。それよりリースちゃんの方こそ怪我、だいじょぶかい?」
アスカは膝を折ってリースと目線の高さを合わせながら、柔らかな声で言葉を紡ぐ。
カレンもまた無言ながら、笑顔でこくこくと頷いていた。
「アスカさん、カレンさん。ごめんなさい…………それと、ありがとう」
リースはそんな二人の姿と声に感動し、ぽろぽろと涙を流しながら言葉を紡ぐ。
アスカは「ありゃりゃ~。男の子が簡単に泣いちゃダメだよぉ」と声をかけながら、リースの涙をハンカチで優しく拭った。
「まあ、とりあえずさ。その人……服とか買ってあげたほうが良くない? あたしの方は後回しでいいからさ」
アスカは立ち上がると、頭の後ろで手を組み、リリィ達に向かって言葉を発する。
カレンはそんなアスカの意見に同意し、こくこくと頷いた。
「確かに、その通りだな。ひとまず最寄りの街に戻るとするか……」
リリィはアスカの言葉に同意し、その場を去ろうと踵を返す。
しかしその瞬間、再びアスカが口を開いた。
「あっ! ちょっと待った! その子のこと、なんて呼ぼう? 仮でもいいから、名前とか決めたほうがいんでない?」
「ずずっ……あ、そっか。いつまでも“その人”とかじゃ、変だもんね」
リースはまだ少し鼻水をすすりながら、アスカの言葉に納得して頷く。
それからしばらくすると、全員の視線がアニキへと集中した。
「あん? なんだよおめーら。俺の顔に何か付いてっか?」
アニキは腕を組んだ状態で頭に疑問符を浮かべ、自分に視線を向ける面々を見返す。
リリィはそんなアニキに、言葉を返した。
「団長。今彼女が一番懐いているのは貴様だ。貴様が仮の名を付けるがいい」
「拾ってきたペットか何かかよ! ふざけんなめんどくせえ!」
リリィの言葉に、噛み付くように言葉をぶつけるアニキ。
アスカは頭の後ろで手を組みながら、アニキへと言葉を続けた。
「でもさ~。実際その子、アニキっちにべったりじゃん。いーから名前付けてあげなよ」
「知るかぁ! だいたいおめえもおめえだ! 何で俺の横に立ってんだよ!」
アニキは女性に向かって身体を向け、指差しながら言葉をぶつける。
しかし女性はそんなアニキの指先をぎゅっと掴むと、再び口を開いた。
「○△□△□×○△○△□○××?」
「だぁぁ! またそれかよ!」
再び頭を掻き毟るアニキを見ると、不思議そうに首を傾げる女性。
アニキはやがてがっくりと両肩を落とすと、地面に残された練成陣へと視線を向けた。
「はぁ……じゃあもう、いいや。練成陣に残ってる文字……“E.X.r”だから……イクサ。イクサでいいだろ。こいつの仮名」
「投げやりだな……しかしまあ、悪くない」
リリィは胸の下で腕を組みながら、アニキへと返事を返す。
リースはうんうんと頷きながら「イクサさんかー。よろしくね、イクサさん!」と、元気良く言葉を発していた。
「イクサっちか~。いいねぇ。あたしもよろしくね!」
アスカはぽんっとイクサの肩を叩き、イクサへと言葉を紡ぐ。
しかしイクサは不思議そうに首を傾げるだけで、返事を返すことはなかった。
もっとも返事を返されたところで、アスカ達に理解はできそうもないのだが。
こうして名前も決まったところで、リリィは今度こそ街に向かおうと踵を返した。
「さて、では行くぞ。まずは服を調達しなければ」
「あ! ちょーっと待ったリリィっち! 重大な忘れ物をしてるぜ!」
「今度は何だ今度は……」
度々呼び止められたことに頭を抱えながら、やれやれとアスカの方へと振り返るリリィ。
アスカは両手で頭を指差しながら首を傾げ、言葉を続けた。
「あのさーリリィっち。さっきから角が丸見えなんだけど、髪で隠さなくていーの?」
「あっ!?」
リリィはアスカに指摘されて始めて、自身の角が丸出しになっていることに気付く。
頬を赤くしたリリィは、噛み付くようにアスカへと言葉をぶつけた。
「そっ、そういうことは、早く言ってくれ!」
「えー? それはそれで可愛いじゃーん」
アスカは口の形を3にしながら、リリィへと返事を返す。
その後無事角を髪で隠したリリィは、再び気を取り直し、街に向かって一歩踏み出した。