第74話:人体創造
広い平原とその奥に聳え立つ山々を見ることができる、小高い丘の上。
リリィはアスティルの墓を作り終わり、両手を合わせて立ち上がる。
そしてそのまま、リースの方へと向き直った。
「それで、リース。坑道で言っていた事、本気なのか? カレンの人体練成をリースがするという……」
「うん。僕は本気だよ、リリィさん。冗談でこんなこと言わない」
「はぁ……やはり、本気か」
リリィはリースの言葉を受け、大きなため息を落とす。
そしてそのまま、言葉を続けた。
「リース。私は創術に詳しくはないが、人の器を造るというのがどれほど高度かは予想できる。今のリースの実力で、それは無理だ」
リリィはハッキリとした口調で、リースからの提案を否定する。
しかしリースはリリィから視線を外すことなく、真っ直ぐに返事を返した。
「確かに、人体練成は難しい。でもそれは……数分前までの話なんだ」
「何……?」
リリィはリースの言っている意味がわからず、頭に疑問符を浮かべて首を傾げる。
リースはそんなリリィへと、さらに言葉を続けた。
「あのね。アスティルさんの遺してくれた本には、人体練成の術が完璧に記されていたんだ。それに一緒に書かれていた実験日誌には、“ついに完全な人体練成の術を完成させた”と書いてある。つまりこの本の通りに術を発動させれば、僕でもカレンさんの身体を作れるんだ」
リースはアスティルの遺した人体練成の本を抱きしめながら、リリィへと言葉を紡ぐ。
真剣な表情のリースを見たリリィは、同じく真剣な顔で返事を返した。
「つまり……アスティルさんは新米の創術士でも人体練成が出来るレベルまで、研究を進めていた、ということか? にわかには信じ難いな」
リリィは曲げた人差し指を顎の下に当て、何かを考えるような仕草を見せる。
リースはそんなリリィへと、続けて言葉をぶつけた。
「お願い、リリィさん! 僕にアスティルさんの遺志を継がせて! 僕がアスカさんと一緒にあの部屋に行った事、この本を見つけた事は、ただの偶然じゃないような気がするんだ!」
リースは鞄の中に本をしまうと、リリィのマントを掴みながら言葉を発する。
リリィはそんなリースの姿を見ると、困ったように眉を顰めた。
そしてそんな二人に、甲高い声が干渉する。
「あたしは、賛成かなぁ。リースちゃんだったらお姉ちゃんの体造り、任せてもいいと思う。うまく言えないけど……リースちゃんからは特別な何かを感じるからね」
「アスカ……」
アスカは頭の後ろで手を組みながら、リリィに向かって言葉を紡ぐ。
アニキはそんなアスカの言葉に乗り、大声で言葉をぶつけた。
「ま、失敗したら今度こそ、別の創術士を探しゃいいじゃねーか。何でもやってみなきゃ、先には進めねえもんだろ?」
アニキは笑いながらリースを見つめ、言葉を紡ぐ。
やがてアスカはお札からカレンを呼び出すと、相談を始めた。
「うん。うんうん……お姉ちゃんも賛成だって。どう? リリィっち。やってみてもいいんじゃないかな」
アスカは呼び出したカレンと相談し、その結果をリリィへと届ける。
リリィは曲げた人差し指を顎から離すと、大きくため息を落とした。
「ふぅ。どうも何も、当人同士が納得しているんだ。私が止める道理はないさ」
「えっ!? じゃあ僕、やってもいいの!?」
リースは両目を見開き、笑顔になりながらリリィに向かって言葉を紡ぐ。
リリィはそんなリースへと微笑むと、その頭をぽんっと撫でた。
「ああ、そうだ。やるだけやってみろ、リース」
「!? えへへ、ありがとう。リリィさん!」
リースは頭を撫でられたままリリィを見上げ、満面の笑顔を見せる。
リリィはそんなリースの笑顔を見ると、表情を引き締めて言葉を続けた。
「ただし、もし危険だと判断したら、すぐ止めに入るぞ。この条件は譲れん」
「うん! ありがとう、リリィさん!」
リースは鞄から取り出した人体練成の本を抱きしめ、リリィへと返事を返す。
そんなリースの笑顔を見たリリィは、少し呆れた様子で、小さく微笑んだ。
リースは丘の上の広場で、巨大な練成陣を描き、その中央にロードを置く。
それが完了すると、アスティルの部屋から借りてきた創術用の薬品瓶を、練成陣の周りに設置した。
「リース……これで、準備完了なのか?」
ふうと息をつくリースの様子を見たリリィは、リースに向かって言葉を紡ぐ。
リリィの方へと振り向いたリースは、元気な声で返事を返した。
「うん! これでおっけーだよ! ただいくら身体ができても、魂を入れなきゃただの人形だから。そこはアスカさん、よろしくね」
リースは言葉の途中でアスカの方へと視線を向け、言葉を紡ぐ。
アスカはリースの言葉を受けると、「がってん! 任せんしゃい!」と、カレンのお札を掲げながらガッツポーズを取った。
「じゃあ、始めるね。みんな、ちょっと下がってて」
リースは練成陣の端に立つと、両手を練成陣の上へと掲げる。
そしてそのまま、精神を集中させ始めた。
「!? これは……なんだ? 風……?」
リースが精神集中を始めた途端、風がリースと練成陣を包み始める。
その風の中でリースは、精神を集中させ、練成陣に魔力を注入し続けていた。
「ぐっ……やっぱり風は吹く、のか。でも、このくらいで諦めないぞ……!」
リースは片目を開き、吹き荒れる風に全身を切り裂かれながらも、両手を練成陣へと掲げ続ける。
すると練成陣の周りに置いた薬品の瓶が割れ、赤、青、緑、黄、と色鮮やかな液体が風に乗って練成陣を包んでいく。
やがて練成陣が淡い黄緑色に輝き出すと……リースは頬を切られながら、大声で叫んだ。
「はぁぁぁぁ……! “人体練成:シェルベルム”!」
より一層の輝きを放つ、練成陣。
やがて風は止み、その場を静寂が支配する。
そして、風の止んだ練成陣の中央には…………何も、存在していなかった。
「えっ!? そんな……そんな馬鹿な!」
リースは両目を見開き、練成陣の中央へと駆け寄っていく。
しかしいくら目をこらしても、練成陣にはリースが立っているだけだった。
「これは……失敗した、のか?」
その様子を見たリリィは、曲げた人差し指を顎に当て、言葉を落とした。
「そんな……術式は完璧だったはずなのに!」
リースは鞄から人体練成の本を取り出し、パラパラとページをめくって練成陣の形を確かめる。
しかしそこに間違いはなく、本来術は発動するはずだった。
「なんだぁ? 故障か何かかよ。そんなもん、叩けば直るんじゃねえの?」
「!? ば、馬鹿者! やめろ!」
アニキは拳に炎を宿らせ、練成陣へと振りかぶる。
その拳を止めようとリリィは走り出すが……アニキの方が早く、練成陣へとその拳が叩き込まれた。
アニキの拳が叩き込まれたその瞬間、練成陣が、鮮やかな赤へとその色を変える。
リースはその瞬間、上空に気配を感じ、上を見上げた。
「!? わ、ああああああああ!?」
「リース!?」
突然空から練成陣の中央へと降り注ぐ、赤い光。
それは練成陣の中央、リースのすぐ目の前に降り注ぎ、そのあまりの眩しさに、リースは悲鳴を上げながら両目を瞑る。
そして一層強い風が、その赤い光を包み込んだ。
やがて赤い光はその姿を消し、風も大空へと帰っていく。
リースは練成陣の中央を見つめ、ぱくぱくと口を動かした。
「あ……あ……」
「リース! 大丈夫か!? リース!」
リリィはすぐにリースの下へと駆け寄り、その身体を支える。
しかしリースは練成陣の中央を指差したまま、ぱくぱくと口を動かすばかりだ。
「どうしたリース! 何……が……」
リリィはリースの視線を追い、練成陣の中央を見た瞬間、言葉を失う。
そこでは、全裸で足元まである長い白髪の美しい女性が、感情の篭っていない瞳でその場に立っていた。
女性を見たリースとリリィは、あまりの衝撃にぱくぱくと口を動かし、言葉を発することができない。
しかし女性はそんな二人に構うことなく歩き出し、やがてアニキの前まで進むと、その口を開いた。
「○△□△□×○△○△□○××?」
「……は?」
アニキはその女性の話している言葉が全く理解できず、ただぽかんと、口を開く。
女性は無機質な表情と感情のない瞳をしながら……やがてもう一度、繰り返した。
「○△□△□×○△○△□○××?」
青空が広がる、小高い丘の上。
全裸の女性の美しく、しかし抑揚のない言葉だけが、その場に響いていた―――