第73話:リースの決意
「ここが、アスティル氏の研究室か。ある程度予想はしていたが……」
「散らかりっぱなし、だね」
リースは頭に大粒の汗を流し、本や書類、薬品が乱雑に置かれた部屋の惨状を見つめる。
リリィは簡単に部屋を片付けながら、部屋の奥へと言葉を発した。
「アスティルさん! アスティルさんはいらっしゃいますか!」
リリィは部屋を片付けながら、部屋の奥へと言葉を発する。
しかしアスティルからの返事はなく、沈黙だけがその場を支配していた。
「返事、ないね……留守なのかな?」
リースは首を傾げ、返事がないことに疑問符を浮かべる。
リリィは「参ったな……」と呟きながら、ポリポリと頬を搔いた。
「わ、この本凄い! 超創術理論の初版本だ! あ、こっちはアスティルの創生薬が1ダースも!? すごいすごい!」
リースは部屋の中を確認し、それが創術士にとって宝の山であることに気付くと、興奮した様子で部屋の中を走り回る。
リリィは走り回るリースの頭を掴み、言葉を紡いだ。
「こら、リース。家主もいないのに部屋の中を物色するな。失礼だろう」
「にゃー。家主がいても物色は失礼だと思うけどねぇ」
リリィの若干ズレた注意に対し、頭の後ろで手を組みながらツッコミを入れるアスカ。
そんな一行の様子に構わず、アニキはずかずかと部屋の奥へと足を踏み入れた。
「おーい、アスティルの爺さん! いねえのかー!?」
「ちょ!? 馬鹿者! 勝手にずかずかと入るな!」
リース以上に失礼なアニキに対し、声を荒げるリリィ。
アニキは面倒くさそうに振り返ると、返事を返した。
「ああ? だってここにいても仕方ねえじゃねーか。もしかしたら爺さん、奥で寝てるだけかもしんねーだろ?」
「それは、そうだが……もう少し礼節を考えろと言っている!」
リリィは全く反省する様子のないアニキに対し、噛み付くように言葉をぶつける。
アニキは「んだよ。めんどくせーなぁ」と、頭を搔きながら周囲を見回した。
「それにしてもどんな人なんだろう、アスティルさんって。僕、会えるのがすっごく楽しみなんだ!」
リースはキラキラと輝く瞳で、リリィを見上げる。
リリィは小さく微笑みながら、そんなリースの頭をそっと撫でた。
「ふむ、そうだな。“創術の父”とさえ称される大創術士だ。私も会えるのが楽しみだよ」
リリィはリースの頭を撫でながら、部屋の中をゆっくりと見回す。
しかしその瞬間、アニキの低い声が一同の下へと響いた。
「……いや、どうやらそいつは、無理そうだぜ」
アニキはいつのまにか部屋の奥にあった扉のさらに奥にある部屋の中で、難しい顔をして言葉を紡ぐ。
その様子を見たリリィは、血相を変えてアニキの下まで走った。
「ば、馬鹿者! 勝手に奥の部屋に入る、な……」
リリィは言葉をぶつけながらアニキの後を追い、奥の部屋の中を見た途端、言葉を失う。
その様子を見たリースとアスカは、二人で一緒に奥の部屋へと歩みを進めた。
「リリィさんにアニキさん、どうかしたの?」
「なになに? どったの~?」
二人は奥の部屋へと歩みを進め、部屋の中を覗きこむ。
そこには―――
「ひっ!?」
「へぁっ!?」
そこには、白骨化したアスティル氏と思われる遺体が、机に突っ伏する形で、永遠の眠りについていた。
「そんな……アスティルさんがもう、亡くなっていたなんて……」
リースは悲しそうに瞳を伏せ、白骨死体から視線を外す。
リリィはそんなリースの頭に手を乗せると、言葉を紡いだ。
「アスティルさんは高齢だったからな……恐らくだが、寿命を迎えたのだろう。きっと最後まで、創術の研究をしていたのだろうな……」
リリィはアスティルの遺体の腕の下に創術の本が置かれていることに気付き、言葉を発する。
その言葉を受けたリースは、今度は真っ直ぐに、アスティルの遺体を見つめた。
「……うん。そうだね。本当に研究熱心で、創術が大好きな人だったんだ……」
リースは悲しそうな瞳をしながらも、ゆっくりとした動作で遺体へと近づいていく。
リリィもその後ろを追いかけ、そのまま遺体の肩を掴み、起き上がらせた。
「ともかく、このままにしておくわけにはいくまい。どこか景色の良い場所を見つけて、そこに埋葬するとしよう」
持ち上げた遺体を傍にあった袋に丁重に入れながら、リリィは言葉を発する。
その言葉を聞いたアニキは、「だな。俺達にできんのは、もうそれくらいのもんだ」と、腕を組みながら返事を返した。
「そーだね……ちゃんと弔ってあげようよ。あたし、坑道の入り口のところに花が咲いてたの覚えてるから、それをお供えしたい」
アスカは神妙な表情で、袋に入って眠るアスティルを見つめる。
そのまま一行が部屋を出ようとした時、唐突に、リースの声が響いた。
「!? こ、これ。机の上にあったこの本。人体練成の本だ!」
「何!?」
リリィはリースの言葉に驚き、アスティルを抱えたままリースへと振り返る。
リースは一冊の本を手に取ると、ぺらぺらとページをめくりながら言葉を続けた。
「やっぱり、そうだ……。アスティルさんが最後に研究してたのは、人体の創術だったんだね。この本には、アスティルさんの研究成果が、細かく書かれてる……」
リースはページをめくりながら、小さな声で言葉を紡ぐ。
リリィはそんなリースに近づくと、言葉を発した。
「まあともかく、今はアスティル氏を弔おう。アスカの創術士探しも、ふりだしに戻ってしまったわけだしな……」
リリィは悲しそうに瞳を伏せながら、リースへと言葉を発する。
リースはそんなリリィに顔を向けると、真剣な瞳で言葉を返した。
「それなんだけど、リリィさん……。カレンさんの人体練成、僕にやらせてもらえないかな?」
「―――え?」
リリィは信じられない言葉を聞き、両目を見開く。
その視線の先では、真剣な顔をしたリースが、口を一文字に結んで、真っ直ぐにリリィを見返していた。