第72話:アニキVSアスティルナイト
シーラ坑道の奥地。大広間に作られた闘技場。
その上でジリジリと距離を詰める、アニキと白銀の騎士。
リリィ達は闘技場の外から、そんな二人を見守っていた。
アニキは拳を騎士の方角へと突き出しながら、やがて口を開く。
「あー……なんだ。おめぇ、エモノはどうした? 騎士様なら、武器のひとつも持ってるもんだろ」
「……???」
騎士はアニキの質問が理解できないのか、頭に疑問符を浮かべ、質問に答えることはない。
アニキはニヤリと笑いながら、さらに言葉を続けた。
「わかんねーか? “お前の強さはなんだ”って聞いてんだよ」
「…………」
アニキの言葉を受けた騎士は、その言葉を理解したのか、両手を肩の高さまで上げて構えを取る。
そしてそのまま、空振りの蹴りをアニキの方へと放った。
「!? うおっ……と!?」
騎士が蹴りを放った瞬間、衝撃波が地面を抉り、アニキの方へと真っ直ぐに伸びてくる。
アニキはゴロンと横に転がってその衝撃波を回避すると、再び笑った。
「ああ、なるほどね。それがてめえの強さか」
アニキは嬉しそうに笑いながら立ち上がり、拳を騎士に向かって突き出す。
やがて突き出した拳から炎を発生させると、背中からも羽のような炎を生み出す。
やがて髪の色は、くすんだ赤から鮮やかな赤に変わり、背中で燃えていた炎は突き出した拳へと集約されていく。
アニキは騎士と充分な距離のあるその位置から、アッパーカットを繰り出した。
「じゃあこれが、俺の、強さだあああああああああああらぁ!」
「っ!?」
アニキがアッパーカットを繰り出した瞬間、地面から炎を纏った衝撃波が走り、騎士に向かって伸びていく。
騎士は咄嗟に横っ飛びをし、その衝撃波を回避した。
「お互い、挨拶は済んだか? じゃあ、とっとと始めようぜ!」
アニキは嬉しそうに笑いながら、足元と背中、そして右拳に炎を宿らせる。
騎士はゆっくりとした動作で立ち上がると、両手を肩の高さまで上げ、アニキに向かって構えをとった。
「り、リリィさん……あの騎士さん、凄く強そうだけど、アニキさん大丈夫かな?」
リースは騎士の蹴りの後にできた地面の亀裂を見て、青い顔をしながら言葉を紡ぐ。
リリィはそんなリースの頭に手を置くと、ゆっくりと返事を返した。
「……確かに普通に考えれば、蹴りと拳なら蹴りの方が有利だ。蹴りの方が拳より、数倍上の威力を持っているからな」
「そんな!? じゃ、じゃあ、アニキさんの方が不利ってこと!?」
リースは不安そうな顔でリリィを見上げ、言葉を発する。
リリィはそんなリースに、笑いながら言葉を返した。
「案ずるな、リース。それはあくまで、普通なら……という話だ。あの馬鹿に、“そんな常識は通用しない”」
「???」
リースはリリィの言葉の意味がわからず、結局闘技場へと視線を戻す。
アニキと騎士の双方はすり足で互いの距離を潰しあい、やがて騎士の蹴りの射程圏内に、アニキが踏み出した。
「……!」
騎士はその瞬間を待っていたように、渾身の横蹴りをアニキ向かって振り抜く。
しかしアニキは極端に体勢を低くし、その蹴りを回避した。
「へっ……いきなり大砲かい。そういうの大っ好きだぜ。俺ぁよお!」
「っ!?」
アニキは超低空から、アッパーカットを繰り出す。
予想外の体勢から放たれたその一撃に面食らった騎士は、体を仰け反らせ、その拳をギリギリで回避した。
しかし―――
「しかし、避けられてはいない」
リリィの呟きと共に、後ろへと吹っ飛ばされる騎士。
騎士は自分の身に何が起きたのかわからず、そのまま闘技場のバリアへと激突した。
「やったぁ! もしかしてあの騎士さん、そんなに強くないのかな!?」
リースはキラキラとした笑顔で、リリィを見上げる。
リリィは厳しい視線で闘技場を見つめたまま、返事を返した。
「いや……そうではない。あの騎士は恐らく、どこぞの王国の騎士団長レベル……いや、それ以上の強さを持っているだろう」
「ええっ!? そんな……それってほとんど化け物じゃない!」
リースは動揺した様子でばたばたと両手を動かし、リリィに向かって言葉を発する。
リリィはそんなリースを見つめると、優しい声色で言葉を続けた。
「心配するな、リース。確かに化け物じみた強さだが……“人の域”は超えていない。それならば、大丈夫だ」
「???」
リリィの言葉をまたしても理解できないリースは、頭に疑問符を浮かべて首を傾げる。
リリィはそのまま、闘技場へと視線を戻した。
「おいおい……風圧だけでダウンとか、冗談はやめろよ。おめえはそんなに、ヤワじゃねえだろ?」
「…………」
アニキの言葉を受け、ゆっくりと立ち上がる騎士。
すると騎士はそれまでの構えを解くと、体勢を低くし、右足を後ろへと引いた。
それを見たアニキは、嬉しそうに笑う。
「へっ、なるほど。全身全霊の一撃ってやつか……いいねぇ。好きだぜ、そういうの!」
アニキは笑いながら拳を体の後ろに引き、騎士と同じように体勢を低くする。
そのまま力を溜めた二人は、やがてどちらともなく、相手に向かって走り出した。
「きや、がれええええええええええええあ!」
「……っ!」
そして互いの攻撃範囲に相手が入った瞬間、繰り出される蹴りと拳。
先に攻撃範囲へと相手をとらえたのは騎士の方で、蹴りの方が一瞬早く繰り出される。
その蹴りは正確無比にアニキの頭部をとらえ、鈍い音が闘技場内へと響く。
蹴りの余波は闘技場全体へと亀裂となって地面を走り、その驚異的な威力を物語る。
その蹴りをまともに受けたアニキはしばらく沈黙するが……やがて両目を、大きく見開いた。
「重い……でも、魂が篭ってねええええええええええええええええ!」
「っ!?」
アニキはステップインしながら引いていた右拳を突き出し、騎士の腹部へとそれを激突させる。
アニキの拳を受けた騎士は無言のまま悶絶し、闘技場のバリアへと吹き飛ばされた。
やがて猛スピードでバリアに激突した騎士は、そのバリアを突破し、広間の壁へと埋め込まれるように激突する。
その瞬間闘技場に張られていたバリアは解除され、リースとアスカはアニキの下へと駆け寄った。
「や、やった! やったね! アニキさーん!」
「うおおおお! さっすがアニキっちー!」
「うおっ!? てめえら、一斉に来るんじゃねえよ!」
リースとアスカはアニキへと飛び掛り、アニキは笑いながら、リースの頭をがしがしと撫でる。
リリィはそんなアニキへと、ゆっくりとした歩調で歩みを進め、言葉を紡いだ。
「最後の一撃……貴様、炎を使わなかったな? ただの拳であの威力とは、完全に化け物か」
リリィは腕を組みながら小さく微笑み、アニキへと言葉を発する。
アニキは纏わり付いてくる二人を引き剥がしながら、リリィへと返事を返した。
「ああん!? うっせーな! てめえにだけは言われたくねえよ!」
アニキはリースとアスカの二人を引き剥がすと、噛み付くような勢いでリリィへと言葉をぶつける。
リリィはそんなアニキと倒れている騎士を交互に見つめると、やがて言葉を続けた。
「ふぅ……まあ、いい。とにかく今は、先に進むとしよう」
「あ、うん! そうだね! アスティルさんに会わなくっちゃ!」
リースはアニキの体から離れ、ぐっと両手を握りながら、リリィへと言葉を返す。
こうして一行は大広間を後にし、その奥にある部屋へと一歩を踏み出した。