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第6話:ようこそ、ブックマーカーへ

「さて、紆余曲折ありましたが……これがわたくしの働いている、世界図書館ですわ」

 

 デクスは早足で歩いていた足を止め、リリィ達に対して向き直る。

 その背後には街門から見えていた白い肌の建造物が、堂々たるその姿を晒していた。

 重厚に重ねられた外壁は図書館内の書物を守り、建物頭頂部に設置された大きな鐘は金色に輝く。

 その高さは100メートルを裕に越え、本当にこの中を一杯にするほどの書物があるのかと疑いたくなるほどだ。


「きれー……それに、すごくおっきぃ」

「ああ。見事だな」


 世界中の大工が協力して作り上げた英知の城は、まるで巨大な山のように目の前に聳え立つ。

 真っ白いキャンバスのような壁に黒く刻まれた魔法障壁の紋様は、神秘的な雰囲気を強め、ガラス張りで透明感のある屋外通路は、敷地内にクモの巣状に伸び、太陽の光を受けて輝く。

 計画的に植えられた雑木林は緑色に映え、敷地内の通路を緑の光で包み込む。

 それら全てを通り抜けていく爽やかな風は、木々を柔らかに揺らし、静かな歌を奏でていた。


「おや……デクス女史、ごきげんよう。今日もご出張ですかな?」

「ごきげんよう、教授。少し隣町まで行っていましたわ」


 通り掛かった紳士風の老人に、慣れた様子で挨拶を返すデクス。

 どうやら職場だけに、図書館を利用する学者たちにもデクスは知名度が高いようだ。

 それを見ていたリリィは、デクスに向かって話し掛ける。


「そういえばデクス。君は結局、どんな仕事をしているのだ? 図書館というのだから、本に関する仕事なのだろうが……」


 性別がバレないよう、リリィはできるだけ低い声で、男っぽい口調で話す。

 それを見て笑いを堪えていたリースの頭を、こつんと叩いた。


「だってぇー。やっぱり変だよリリィさん……ぷふっ」

「ええい、静かにせんか!」


 小さな声でリースに注意し、金色の頭を掴むリリィ。

 自分自身変だと思っているだけに、より恥ずかしいのだろう。


「??? 何ごにょごにょと話してますの?」


 デクスは眼鏡を上げ、いぶかしげな視線を向けながら小首をかしげる。

 リリィは咄嗟にデクスに対して体を向け、仕切り直した。


「あー、すまない、気にしないでくれ。それより結局、どんな仕事なのだ?」


 リリィはばつが悪そうに眉をひそめ、再びデクスへと質問する。

 デクスは腑に落ちないような顔をしながらも返事を返した。


「そうですわね……ここでご説明しても良いですが、やはり一度、オフィスを見ていただいた方がわかりやすいですわ。その馬鹿男の解凍もそこでやる予定ですし」


 デクスは溜め息を落として眼鏡を上げ、リリィの肩に担がれたアニキを見つめる。

 アニキは相変わらずのフリーズ状態で、ブックマーカーの空を見上げていた。


「そうか、わかった。ではすぐに向かうとしよう。こんなところで自然解凍などしたら、それこそ取り返しがつかない」


 突然氷漬けにされたアニキが解凍されて最初に取る行動など、考えるまでも無い。

 今は一刻も早く、戦闘行為を行っても問題無いような場所まで移動する必要があるだろう。


「ええ。では、参りましょう。こちらですわ」


 デクスは再び歩みを進め、図書館の中へと入っていく。

 追いかけようとしたリリィ達の体を、暖かい風が通り抜けた。






「ふぅ……ようやく、到着しましたわね。まったく、相変わらず長かった

ですわ……」


 デクスはずれた眼鏡を指で押し上げ、足を止めて振り返る。

 高い天井の廊下には、最後に大きく踏み鳴らされたヒールの音が強く響いた。


「む……到着か。思ったより距離があったな」


 リリィは背中に背負ったアニキを乱暴に地面に下ろし、デクスを見つめる。

 ふと後ろを振り返ると、まるで天国まで繋がっているかのような長い廊下から一本の風が吹き抜けていた。


「はあ、はあ。り、りりぃさん、ちょっと待ってよぉ。僕もう、疲れちゃって……」


 リースは肩で息をしながら両手で膝をつく。

 その白い肌からは玉のような汗が吹き出ていた。


「なんだ情けない……ほんの数キロほどの距離だろう。これまでもっと長い距離を歩いてきただろうに」


 リリィは呆れたようにため息を落とし、リースに近づいてその小さな背中をさする。

 鋼のガントレットはガシャガシャと武骨な音を立てながら、少しづつリースの呼吸を整えていった。


「だ、だって……どこまで行っても同じ景色だし、気が滅入っちゃうよぉ」


 リースは額の汗を袖で拭い、リリィに向かって言葉を放つ。

 デクスは数歩リースに近付くと胸の下で両腕を組んだ。


「無理もありませんわね。この世界図書館はセキュリティ上、迷路のような構造になってますし……この長くて隠れる場所のない廊下も、本を盗まれないための処置ですわ」


 デクスは冷たい瞳を廊下の奥へ向け、ため息とともに眼鏡を上げる。

 いくらここで働いているといってもやはりこの長い廊下は憂鬱らしい。


「もっとも、今の時期は日差しも強いですし……これは本格的に、空調設備の導入を考える必要がありそうですわね」

「うひゃあっ! ひゃっこい!」


 デクスは手の中に水晶玉のような氷を生み出し、リースの首の裏辺りを冷やす。

 火照った体に冷気が走り、リースはびくんと肩をいからせながらも気持ち良さそうに頬を緩める。

 氷に対するデクスの手慣れたその様子に、肝心なことを聞き忘れていたことを、リリィは思い出した。


「そういえば……君のその、氷の能力。それは生まれつきの才能なのか? 天性の氷使いというのは、絶対数が少ないと言うが……」


 この世界にはアニキのような“炎使い”もいれば、当然“氷使い”も存在する。

 リースのように修行して創術を身につけた者もいれば、生まれつきの才能だけでそれらの特殊能力を備えている者も存在する。

 どちらが優れているということはないが……生まれつき才能を持っているというのは、ある種の“鎖”のように、その者を強く縛り付ける。

 リリィは瞳を伏せ、腰元の剣を握りながら、言葉を紡いだ。


「いいえ。この力は、修行して身につけたものですわ。……もっとも、今となっては不要な力ですが」

「???」


 デクスは眉間にしわを寄せ、不機嫌そうにずり下がった眼鏡を押し上げる。

 その瞳には光が宿り、まるで年端も行かぬ少女のような輝きを灯す。

 先ほどまでと違ったデクスの雰囲気に、リリィは疑問符を浮かべるが……その思考は、真実までは届かなかった。


「ともかく、参りましょう。さすがにその人も、ずっと氷漬けのままでは危険ですわ」


 デクスは再びリリィの背中に担がれたアニキを見つめる。

 白い呼吸だけが口元から出てくるアニキの姿を見る限り、本当に大丈夫なのかと疑いたくなるが……生気溢れるその表情を見ると、今にも氷を砕いて出てくるかのような幻想を覚える。

 リリィはデクスの言葉に頷くと背中のアニキを担ぎ直した。


「よぉーし、ありがとうデクスさん! 僕元気になったよ! あ、ここが図書館への扉だね!?」

「あっ!?」


 リースはデクスの足の間を走って目の前の扉へと向かい、高い位置にあるドアノブへジャンプするとそれを引っ掴む。

 全体重をかけてドアノブを下に下ろすと、強い光が扉の隙間から流れ込んできた。

 デクスは一瞬あっけに取られたように両目を見開き、やがて開かれていく扉を見ると、少しだけ顔を赤く染め、頬を膨らませた。


「う。せっかく私が開けようと思ってたのに……」


 拗ねたように地面を見つめ、タイミングを逃してしまったことを悔いるデクス。

 リリィはドアノブからリースを引き剥がすと、そんなデクスへと向き直った。


「す、すまないデクス。リースも図書館という場所は初めてだからな……ん? どうした?」


 よく見なければわからないくらいのレベルで頬を膨らませ、不満そうに斜め下を見つめるデクス。

 そんなデクスの様子に疑問符を浮かべ、リリィは小さく首をかしげた。


「へぁ!? ……い、いえ、なんでもありませんわ! そう、初めてならご説明が必要ですわね……うん」

「???」


 デクスは二度、三度と誤魔化すように咳払いを繰り返すと、気を取り直したように歩みを進め、リリィの前で振り返る。

 腰下辺りで小さく手を広げると、微笑を浮かべて言葉を紡いだ。


「ようこそ、わたくし達のオフィスへ。ここは世界の英知を管理する、司書の聖地……“世界図書館 中央管理室”ですわ」


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