第67話:交渉士VSリリィ
リリィは剣を構え、片手を広げた学園長との距離をすり足で縮めていく。
徐々に近づいてくるリリィに対し、学園長は片手を広げたまま、余裕のある表情で口を開いた。
「フフ……先ほどは不覚を取りましたが、次はそうはいきません。何故なら私は能力開発によって、さらに強力な交渉術を身に着けたのですから」
学園長は真っ直ぐにリリィを見据え、言葉を紡ぐ。
リリィはそんな学園長を見返すと、剣を構えたまま返事を返した。
「さらに強力な、交渉術……? 交渉できる対象が広がった、ということか?」
リリィは慎重に距離を縮めながら、学園長へと言葉を発する。
学園長はリリィの言葉を受けると、ニヤけながら返事を返した。
「さすがはリリィさん。察しが良い。おっしゃる通り、私は無機物、生物以外の第三の対象に対して、交渉を行うことが可能になったのです」
学園長は高笑いをしながら、リリィに向かって言葉を発する。
リリィは少し苛立った様子で、そんな学園長を睨み付けた。
「もったいつけずに、さっさと言ったらどうだ。自慢したくてうずうずしているのだろう?」
リリィは学園長を睨み付けながら、言葉を発する。
学園長はやれやれといった様子で頭を横に振ると、さらに言葉を続けた。
「ふぅ。趣のない人だ……まあ、いいでしょう。私が開眼した第三の対象。それは―――“自分自身”です」
「何……?」
リリィは学園長の発言の意味がわからず、眉を顰めながら言葉を返す。
学園長はそんなリリィに肩を竦め、言葉を紡いだ。
「まあ、いちいちあなたに説明するまでもない。私が今、やってみせてあげましょう」
「…………」
学園長は突然ガクリと俯くと、小さな声でぶつぶつと何かを話し始める。
竜族であるリリィの耳には、そんな学園長の小さな呟きが、しっかりと届いていた。
「今我に、最強の力を……。我よ、我の殻を破り、今その力を開放せよ……」
「何をブツブツと…………なっ!?」
しばらく小さな声で囁き続けていた学園長の体が、ボコボコと変形を始める。
リリィはその情景にただ驚き、目を丸くした。
「フフ……わかって、頂けましたか? 私はこうして自身の身体に対して“交渉”することで、その能力を二倍、三倍にまで高めることができる。さらに……!」
「!? くっ……!」
リリィは突然地面から隆起してきたトゲを横っ飛びで回避し、剣を構え直して学園長を睨み付ける。
全身の筋肉が膨張し、もはや人間としての原型を留めていない学園長は、膨張した筋肉の間から顔を出し、リリィへと言葉を発した。
「さらに、既存の交渉術も操ることができる。この空間はもはや、私が支配したも同然です!」
片腕の怪物と化した学園長は、片腕を大きく広げてリリィへと言葉をぶつける。
リリィは落ち着いた様子でそんな学園長を見据えると、小さく息を落とす。
そんなリリィの姿を見た学園長は、さらに言葉を続けた。
「おや? 退屈そうですね。では、その退屈を解消して差し上げましょう!」
学園長は地面を強く蹴って天井へと跳躍し、やがて縦横無尽に部屋の中を飛び回る。
その速度は驚異的で、人間の目ではとても捉えきれない速度だった。
リリィはそんな学園長の姿を見ると、ゆっくりとその瞳を閉じる。
「フッ。この私には敵わないとわかって、捨て身の戦法ですか? しかしそれも、無駄な事だ!」
学園長はリリィが、飛びかかってきた学園長を迎撃するつもりでいると推測し、声を荒げる。
しかしリリィはそんな学園長の声にも反応を返さず、その瞳を閉じたまま、ついには剣を鞘の中に収めた。
「!? 一体、何のつもりです? ああ、そうか。降参ということですね。しかし今更そんなもの、認められるはずもない!」
学園長は剣を鞘に収めたリリィに対し、怒号にも似た声をぶつける。
そしてそのまま、リリィに向かって跳躍を始めた。
「どうです!? この速さ! この強さ! もはや私に敵はない! これで全て、終わりです!」
学園長はまるで獣のように咆哮し、リリィに向かって猛スピードで襲い掛かる。
さらに学園長は右手を横に振り、リリィの周囲の地面をトゲに変えると、自身の拳と共に襲いかからせた。
そんな学園長の拳が、地面から隆起するトゲが、リリィに届こうというその刹那。
リリィは両目を見開き、低く屈むことで伸びてくるトゲを全て回避すると、そのまま右拳をもって学園長を殴り飛ばした。
「ぶへぁっ!?」
「…………」
沈黙を守るリリィとは逆に、二転、三転しながら地面を転がり続ける学園長。
やがて壁に激突すると、学園長は口から血を吐き、そして両目を見開いた。
「馬鹿、な。この私のスピードに、対応した!? 人間の三倍以上の速度を持つ、この私に!? あなた、本当に人間なのですか!」
学園長は体を起こしながら、ふらふらとしながら言葉を発する。
リリィはそんな学園長をその青い瞳で見つめながら、憐れむように返事を返した。
「人間の、三倍……? それは確かに、大したものだ。しかし元になっている人間が雑魚すぎるのか……空回りしっぱなしだな」
「なに、おおおおおおおお!?」
学園長はリリィの発言に怒りを露わにし、再び獣のような咆哮を部屋中に響かせる。
リリィはその咆哮を全身に浴びると、小さく息を落とし、言葉を続けた。
「悔しかったら、かかってこい。もっとも、来れたらの話だが」
「貴様! ぐっ……!? な、何だ。体が、動かない……!」
学園長の膝はがくがくと震え、その両足に力を込めることができない。
それほどリリィの一撃は重く、深く、学園長の体に突き刺さっていた。
「馬鹿な……馬鹿な! この私が、こんな学生ごときに……!」
学園長はリリィを真っ直ぐに睨み付けると、右手をかざして、隆起させた地面をリリィへと襲い掛からせる。
しかしリリィはその全てを紙一重で回避し、ため息を落とした。
「無駄だ、学園長。この戦いもそろそろ、終わらせるとしよう」
リリィはゆっくりとした足取りで、学園長へと近づいていく。
学園長はそんなリリィの姿に恐怖を感じ、半狂乱で叫んだ。
「ひっ……く、来るな! 来るなぁ!」
学園長は天井や地面からトゲを隆起させ、様々な角度からリリィを攻撃する。
しかしリリィは歩きながら、小さく言葉を紡いだ。
「その攻撃はすでに……見切っている」
リリィは軽々とそれらの攻撃を回避すると、やがて学園長の目の前まで歩みを進める。
学園長は涙目になりながら、言葉を発した。
「ま、待て。私はただ、学生たちの可能性を伸ばしたかっただけだ。そう、これは教育、教育の一環なんだよ!」
学園長はリリィを真っ直ぐに見つめ、慌てて言葉を紡ぐ。
リリィはそんな学園長の言葉を受けると、ため息まじりに顔を横に振った。
「話にならんな。生徒たちを連れ去っていた張本人が、何をぬかす。教えられる者の意思なき教育など、教育ではない。それはただの……洗脳だ」
「くっ……!」
学園長は返す言葉を持たず、奥歯を強く噛み締める。
するとそのまま、拳をリリィに対し振りかぶった。
「くそおおおおおおおおおおおお! こんなところで、こんなところで終われるか! この私の野望。最強の能力者集団の創立と、新たな国家の設立! その両方を、私は掴んでみせる!」
学園長は叫びながら、最後の力を振り絞って、拳をリリィに向かって突き出す。
リリィはその拳を首を使って回避すると、言葉を続けた。
「そうか…………続きは、監獄で言ってろ」
「ぶはああああああああ!?」
リリィはステップインして学園長との距離を詰めると、学園長の腹部に強烈なボディブローを叩き込む。
学園長は白目になってよだれを垂らしながら、その意識を手放した。
「ふぅ……これで、終わったな」
膨張していた筋肉が収縮していく学園長を横目に、小さく言葉を落とすリリィ。
やがてリリィは倒れているレンとルル、そして学園長を肩に担ぐと、地上に続く階段を、ゆっくりと昇り始めた。