第65話:親友
階段を下りた先に広がっていたのは、学園長室の地下と同じような風景。
魔術文様の描かれた壁と地面で出来た広い部屋が、リリィ達の降りてきた階段と直結していた。
リリィは緊張した様子で剣の柄に手を置き、周囲を見回す。
「油断するな、レン。微かだが、人の気配がする」
リリィはいつでも抜刀できる構えをしながら、レンに向かって言葉を紡ぐ。
レンはその言葉を受け、こくりと頷きながら返事を返そうと口を開いた。
「はっはい。わかりまし―――」
「おや、どうやら見つかってしまったようですね。大したものだ」
「!?」
レンの言葉を遮るように響いてきた、学園長の声。
その方角へと視線を向けると、学園長は片手を広げ、うやうやしく頭を下げた。
「お久しぶりです、リリィさん。レン君。ようこそ、我が緊急避難施設へ」
「フン。取り繕うのはよせ。“片腕を切った私が憎い”と、怒りで頬が引きつっているぞ」
「…………」
学園長はリリィの言葉を受けると、睨みつけるような目に変わり、リリィを真っ直ぐに見つめる。
リリィはそんな学園長の眼力に怯むことなく、その目を見返した。
「まったく、可愛くない生徒だ……これは少々、教育が必要ですかねぇ?」
学園長は怒りから狂気じみた目へと変貌し、片手を広げる。
リリィはその様子を見た瞬間、抜刀しながら一歩踏み出す。
しかし踏み出したその場所に、一本の光の矢が突き刺さり、リリィの進行を妨害した。
「!? これは……シルフィと同じ、光の矢? 弓術士か?」
リリィはよく目をこらし、学園長の背後を見つめる。
背後に立っている人物をリリィが看破するより先に、レンが口を開いた。
「ルル!? ルルなのか!?」
「何!?」
レンからの意外な言葉に驚き、両目を見開くリリィ。
すると学園長の背後から、一人の少年が歩み出してきた。
「…………」
少年は無言のまま、虚ろな瞳をしてこちらを見つめる。
レンはその姿を見ると確信を得て、言葉を続けた。
「やっぱりルル! ルルじゃないか! 僕がわからないのか!?」
レンは取り乱した様子で、ルルに向かって言葉をぶつける。
しかしルルはそんなレンの言葉に反応せず、ただ呆然とその場に立っていた。
「ふふ、無駄ですよレン君。今のルルは、私の操り人形。例えば……こんなこともできる」
ルルは無言のまま光の弓を構え、一本の光の矢をレンに向かって放つ。
リリィは剣によってその矢を弾きながら、声を荒げた。
「危ない、レン!」
「!?」
リリィによって守られたレンは、自分に向かって矢を放ったルルが信じられず、両目を見開く。
リリィはそんなレンの様子を見ると、さらに言葉を続けた。
「レン。悔しいが学園長の言う通り、今のルルは学園長の交渉術によって、完全に操られている」
「そん、な……」
リリィの言葉を受けたレンはショックを受け、悲しみを込めた瞳でルルを見つめる。
リリィはそんなレンの様子を見ると、できるだけ優しい声色で言葉を発した。
「レン。ショックを受けるのも当然だ。この戦いは私に任せて、レンは地上に―――」
「嫌です! リリィさん。僕も……僕も戦います!」
「レン……」
強い意志を込めた瞳で言葉を発するレンを、見返すリリィ。
やがてレンはリリィへと体を向け、全身に力を込めながら言葉を紡いだ。
「リリィさん。ルルは僕の、たった一人の親友です。だから彼が操られているというのなら、是非僕に、その相手をさせてほしいんです」
「レン……しかし、それは―――」
「わかっています。僕も親友を倒すのは心苦しい。でも親友だからこそ、誤った道に引きずりこまれようとしている彼を、放っておくことなんてできません!」
「…………」
リリィはレンの真剣な言葉に耳を傾け、曲げた人差し指を顎に当て、何かを考えるような仕草で瞳を閉じた。
やがて瞳を開くと、リリィは真っ直ぐにレンを見つめ、言葉を返す。
「わかったよ、レン。ならば彼の事は、君に任せる。ただし……絶対に無理はするなよ」
「!? は、はい! ありがとうございます!」
レンはリリィに対し、深々と頭を下げる。
リリィはそんなレンの頭を一度ぽんっと軽く撫でると、再び学園長達へと向き直った。
「どうやら話はまとまったようですね……まあ何をしようが、私の勝利に変わりはありませんが」
学園長はくくくと笑いながら、髪をかきあげて言葉を発する。
リリィはそんな学園長の様子に小さく笑うと、言葉を返した。
「ふん……どうかな。私は全く、負ける気がしない」
リリィは小さく微笑みながら、剣の切っ先を学園長へと向ける。
レンは両手に雷を宿らせ、ルルに対して真っ向から対峙する。
こうしてリリィとレンの戦いの火蓋は、切って落とされようとしていた。