第59話:決戦の火蓋
学園長室の地下、警報が鳴り響く廊下を、リリィとアスカが走っていく。
そして二人に抱えられたシルフィ、アリスタシア、レンは、抱えられるままに、廊下を突き進んでいた。
「お姉様! これからどうしますの!? このままではここに、閉じ込められてしまうかもしれませんわ!」
アリスタシアはリリィに抱えられた状態で、慌てながら言葉を発する。
リリィは落ち着いた声色で返事を返した。
「案ずるな、アリス。私も滅茶苦茶に走っていたわけではない。恐らくこの先、行き止まりになっているはずだ」
「えっ!?」
リリィの意外な言葉に驚き、声を荒げるアリスタシア。
リリィは落ち着いた様子で、さらに言葉を続けた。
「この行き止まり、見覚えがないか? 先ほど我々が学園長室から落ちてきた、その場所がここだ」
「!? た、確かに……見覚えがありますわね。ですが出口は遥か頭上。そこまで一体どうやって到達しますの!?」
アリスタシアは動揺した様子で、リリィへと言葉を紡ぐ。
リリィは頭上を見上げると、膝を思い切り折って、行き止まりの壁に向かってジャンプした。
その後、行き止まりの壁を蹴り、さらに上へ上昇。そして反対側の壁に到達したら、さらにその壁を蹴って上に上昇し、三角飛びの要領でどんどん上昇していく。
リリィは空中から、アスカに向かって声を発した。
「アスカ! お前にも出来るはずだ! 私と同じ要領で上ってこい!」
「おおーっ! リリィっちかっこいい! よぉし、あたしも……」
膝を折って跳躍しようと足に力を込めるアスカ。
そんなアスカに、レンはバタバタしながら声を荒げた。
「ち、ちょっと待って下さい。あなたに出来るんですか!?」
アスカに抱えられたレンは、不安そうに声を発する。
その声を受けたアスカは、口を3の形にしながら返事を返した。
「ぶー。もうレンちゃん。あたしを舐めてもらっちゃ困るよぉ。まあ泥舟に乗ったつもりで任せなさい!」
「それ沈むじゃないですか!? それ沈むじゃないですか!」
レンはアスカの言葉を聞くと不安に駆られ、バタバタと暴れてアスカの腕から逃れようともがく。
しかしアスカはレンをしっかりとホールドし、やがてリリィと同じように連続して跳躍を始めた。
「うああああああああああ!? こ、こわいいいいいい!」
「あははははは! たのし~♪」
アスカはレンの叫びを聞きながら、軽い足取りでどんどん上へと上っていく。
リリィは額に汗を流し、「何を遊んでるんだ何を……」と小さくツッコミながら、やがて学園長室前の広場へと到達した―――
「はあっはあっ……う、動いてもないのに、疲れましたわ……」
「はあっ……そ、そうですね。なんででしょう……」
アリスタシアとシルフィは膝に両手をつきながら、学園長室前の広場で乱れた呼吸を整える。
遅れて到着したアスカは、「とーちゃーっく♪」と両手を上げ、レンを落としながら見事に着地した。
「いたっ!? ちょっと、急に落とさないで下さい!」
「あー、メンゴメンゴ♪ お姉さんちょっとはしゃいじゃった♪」
「はぁ……もう、いいです。ありがとうございました」
レンは大きなため息を吐きながら、一応お礼の言葉を述べる。
アスカは「いいっていいって~♪」と手を前後にぶんぶんと振った。
「それにしても……周りが妙に騒がしいな」
リリィは遠くから叫び声や爆音が聞こえてくることを確認し、警戒しながらも校舎の方角へと歩みを進める。
するとリリィの視界に、教師たちと魔術で対決する学生達の姿が飛び込んできた。
「なっ……なんだこれは!? 一体何がどうなっている!?」
「おう! 馬鹿剣士! てめえようやく現れやがったか!」
リリィに突然ぶつけられる、アニキの声。
アニキはリースを抱えた状態で、炎を纏って地面へと着地していた。
「馬鹿団長!? これは一体どういうことだ!? いやそれよりも、リースは無事なのか!?」
リリィは空から降ってきたアニキに対し、声を荒げる。
アニキの肩には気絶したリースが抱えられており、今さっきまで戦っていたことを容易に想像させた。
アニキはリリィの言葉を受けると、返事を返した。
「おう。リースなら気絶してるだけで心配はねえ。だがな、教師どもがいきなり生徒をさらい始めやがってよ。今俺と、俺のダチが応戦してるとこなんだ」
アニキは奥歯を強く噛み締めながら、拳を打ち付けて言葉を紡ぐ。
その言葉を受けたリリィは、驚愕に目を見開いた。
「馬鹿な……学園長め。企みが暴かれたからといって、そんな暴挙に出るとは……」
リリィは曲げた人差し指を顎に当て、何かを考えるような仕草を見せる。
アニキはそんなリリィへ、さらに言葉を続けた。
「学園長? あいつが黒幕だったのか……だとすると、教師側についてる何人かの生徒も、そいつの仕業か?」
アニキは腕を組み、首を傾げながら言葉を紡ぐ。
リリィはそんなアニキの言葉を受けると、驚きながら返事を返した。
「何!? 教師側に生徒も加わっているのか!?」
リリィはアニキの肩を掴み、前後に揺さぶる。
アニキはその手を払いのけると、そのまま言葉を続けた。
「ああ、そうだよ! なんだか知らねえけど、教師に味方してる生徒がいんのは事実だ」
アニキは背後にある戦場と化した校舎を見つめ、悔しそうに奥歯を噛み締めた。
「そんな……くっ、それも学園長の“交渉術”によるものか。まさか人を洗脳することも出来るとは……」
リリィは頭を働かせ、ひとつの推測を口にする。
床や壁などの無機物ですら交渉対象とし、それを操る事のできる学園長のことだ。意識のある人を操ることができても、なんら不思議はない。
リリィの推測は恐らくだが、当たっているだろう。
「とにかく、生徒を守らなくては! リースを含めた学園内にいる生徒たちを全員、体育館に集めるんだ!」
リリィは右手を横に振り、アニキに向かって指示を出す。
守るべき対象がバラバラに行動していては、いくらリリィ達でも守りきれない。
リリィの発言は、この場では一番ベストであるように思えた。
「ちっ。てめえの指示に従うのは癪だが、確かにそれしかねえな……行ってくるぜ!」
アニキは立っていた地面を拳で殴り、リースを抱えたまま男子校舎の方角へと飛び去っていく。
リリィは振り返ると、アリスタシア達へと言葉を紡いだ。
「アリスタシアとシルフィ、そしてレンは体育館に行って、集まっている生徒たちに事情を説明してくれ! アスカ、三人のガードは頼んだぞ!」
リリィはアスカをはじめとした面々に向かって、声を荒げる。
アスカは「がってんだ!」とガッツポーズをしてみせ、リリィへと返事を返した。
「リリィさんは、リリィさんはどうするんですか!?」
シルフィはリリィを心配し、その声を荒げる。
リリィは落ち着いた様子で微笑み、言葉を返した。
「私は、女子校舎に残っている生徒を救い出して体育館に誘導する! 私のことは気にせず、三人は今体育館にいる生徒達を落ち着かせてやってくれ!」
リリィは女子校舎へと駆け出しながら、三人へと声をかける。
アスカ達三人はそんなリリィの声に頷き、そして体育館への道を走り始めた。