第58話:地下施設にて
「……みんな、大丈夫か?」
リリィは学園長室から落下後、見事に着地に成功し、周りのみんなへと声をかける。
その声に一人、また一人と返事を返した。
「あたしはだいじょーぶだよん♪」
「いてて……僕も、大丈夫です」
「わたしも、なんとか……」
「同じくですわ」
「よかった。全員無事のようだな」
全員の答えが返って来たことに安堵したリリィは、ほっと胸を撫で下ろす。
そうして落ち着いて周囲を見回してみると、ようやく地下の情景が視界に入ってきた。
「ここは……一体、どこなんだ?」
リリィの視線の先には、魔術文様の描かれた壁と地面で出来た廊下が伸び、その先は暗闇になっていてよく見えない。
廊下の左右には窓があり、いくつかある部屋の中が見られる構造になっているようだが、部屋の中に人影はない。
人の気配の感じられないその空間に、リリィは言いようのない不気味さを感じていた。
「だーれもいないねぇ。ていうかここ、学園長室の地下なんだよね?」
アスカは両手を頭の後ろで組み、いくつかの窓をのぞきながら言葉を紡いだ。
「ああ、それは間違いないだろう。しかし何故、学園長室の地下にこんな空間が……?」
リリィは周囲を警戒しながらも、アスカへと返事を返す。
アリスタシアは胸の下で腕を組み、リリィへと言葉を発した。
「とりあえずここから動きましょう、お姉様。探索してみなければ、何もわかりませんわ」
「そうだな。少々危険だが……それしかあるまい。皆、私から離れるなよ」
リリィは剣の柄に手を置きながら、アリスタシアの言葉に同意する。
全員はリリィの傍に集まると、やがて廊下の奥へと歩みを進めた。
降り立った場所から続く廊下はどこまでも続いているかのように広大で、皆のかかとを落とす音だけが長い廊下に響いていく。
しばらく廊下を進んでいくと、廊下にとりつけられた窓の向こうに、人の気配を感じた。
「なっ……これは、一体!?」
その窓の向こうでは、学生服を着た青年が、複数の白衣を着た男達に囲まれ、電流を体に流されている。
青年の叫び声が部屋中に響くが、防音処理が施されているのか、その声が廊下まで漏れ出してくることはない。
青年はしばらく電流を流されていたかと思うと、突然その両目を見開き、体に流されていた電流を、対面の壁に激突させる。
どうやら雷の能力者のようだが、その威力は凄まじく、対面の頑丈そうな壁にへこみができるほどだった。
『よし、合格だな』
『次の実験に移る』
白衣の男達は感情の篭っていない声で、青年に次の実験を課そうと準備を始める。
その声はこちらまで届いていないが、アリスタシアはその様子を見ると、驚愕に目を見開いた。
「なっ……なんですのこれは!? 能力開発!? 何故こんな地下で……!」
動揺するアリスタシアの肩を優しく叩き、リリィは言葉を返した。
「どうやら私達は、失踪事件の真相にたどり着いたようだな。失踪した生徒たちは皆、この施設で能力開発をされていたんだ。誰がどんな目的でしているのか、まだわからないが」
「そんな……」
アリスタシアは驚愕に震え、リリィの言葉を受ける。
その時、隣で窓の中を見ていたシルフィが、声を荒げた。
「ルル!? ルルなの!?」
「何!?」
突然声を荒げたシルフィに驚き、窓の中の部屋をくまなく見回すリリィ。
すると部屋の奥の方から、小さな少年が中に入ってくるのが見えた。
「シルフィ。あの少年がルルなのか?」
「はい! ルルです! 間違いありません!」
シルフィは窓に両手をつきながら、ルルへと声をかける。
しかしその声はルルまで届かず、シルフィは強く拳を握りこんだ。
「下がっていろ、シルフィ! 私が窓を斬る!」
リリィはシルフィへと声を荒げ、シルフィは「はい!」と返事を返して窓から距離を取る。
それを見たリリィが剣を構えた瞬間、廊下の奥から、男の声が響いてきた。
「斬られては困りますね……その窓一つでも、魔術機構が使われているのですから」
「!? 誰だ!」
リリィは声のした方角へと剣を向け、戦闘態勢になって構える。
すると廊下の奥から、黒いスーツの上に白衣を着た男が、ゆっくりとした歩みで近づいてきた。
「まったく、勝手に入ってきてしまうとは、悪い子たちだ……」
「!? が、学園長!?」
「やはり、黒幕は貴様か……!」
リリィは奥歯を強く噛み締め、剣を学園長に向けたまま言葉を吐き捨てる。
学園長はやれやれと頭を振り、言葉を続けた。
「まったく、黒幕とは言葉が悪い。私はただ、より良い人材育成のために彼らを“教育”しているだけですよ」
学園長は肩をすくめ、顔を横に振る。
リリィはため息混じりに返事を返した。
「教育とは笑わせる。それならこんな地下で、生徒を拉致して行う必要などあるまい。それに先ほどの生徒……明らかに無理矢理、雷の能力を開発されていた。違うか?」
リリィは剣の切っ先を学園長に向けたまま、まくしたてる。
学園長は顔色が変わり、リリィを睨みつけながら返事を返した。
「そこまで気付いていましたか……仕方ない。あなたたちにはここで、消えてもらうこととしましょう」
「!? 皆、私の後ろに下がれ!」
リリィの声に反応し、一行はリリィの後ろへと隠れる。
その瞬間地面が隆起し、トゲ状になった地面がリリィに襲い掛かった。
「……ふっ!」
リリィは隆起してきた地面のトゲを切り裂き、その攻撃を無力化する。
学園長はその様子に動揺することなく、両手を広げて言葉を続けた。
「私の能力は、“交渉士”。あらゆるものと“交渉”し、“契約”を交わすことで、そのものを操る能力を持ちます。ちなみにこの施設の地面とはすでに契約を交わしていますから、私の意のままに操ることができる。例えば……」
「きゃあ!?」
「おおっ!?」
「シルフィ! アスカ!」
リリィの背後に立っていたシルフィとアスカの下の地面が突然ぬかるみ、まるで沼のように二人の足を吸い込んでいく。
リリィはそんな二人を見返し、声を荒げた。
「ふふ……どうです? 隆起させるだけでなく、こんなこともできるのですよ。面白いでしょう?」
「…………」
リリィは学園長の言葉を背中に受けながら、無言のままその場に立つ。
本来なら慌てふためき、アスカ達へと手を伸ばすべき場面に、リリィは沈黙を守っている。
学園長はそんなリリィの様子が腑に落ちず、言葉を続けた。
「どうしました? 早く助けてあげないと、お友達が……」
「ああ、助けるさ。だが―――」
リリィは学園長の言葉を遮り、振り返りざまに学園長へとダッシュをかける。
そのスピードは凄まじく、学園長が瞬きをする間に、リリィは至近距離にまで迫っていた。
「だが、助ける方法はこっちだ。貴様を倒せば術は解ける。だろう?」
「えっ―――」
リリィはダッシュした状態のまま、学園長の右腕を切断する。
学園長の背後まで駆け抜けたリリィは、鋼鉄製の足防具の踵を地面に打ちつけ、その速度を殺した。
「あ、あ、あがああああああああああ!?」
腕を切断された学園長は、あまりの痛みに悶絶し、その場に跪く。
その瞬間アスカ達の地面が沼から元の床に戻り、それは学園長の術が解けたことを示していた。
「まだだ……これくらいでは終わらせん。貴様には他にも、聞きたいことがある」
リリィは落ち着いた様子で体の向きを変え、学園長の方へと向き直る。
学園長は「ひっ……!?」と声を漏らし、腕を押さえながら数歩後ずさった。
「教えてもらうぞ……学園長。何故貴様は、生徒をさらい、能力開発をしている? 目的はなんだ?」
リリィは剣の切っ先を学園長へ向け、言葉をぶつける。
学園長はそんなリリィを睨みつけながら、荒い呼吸を続けた。
「ふ、ふふっ……そんなこと決まっています。能力者による軍隊を作り、そしてこの学園都市を“王国”として建国すること。それが私の目的です」
「なっ……馬鹿な。いくら能力者を集めようと、諸外国の軍事力には対抗しきれないはずだ!」
リリィは声を荒げ、学園長へと言葉をぶつける。
学園長は荒い呼吸のまま、さらに言葉を続けた。
「そう、いくら能力者といえど、少数では力不足。だから私はこの、シルフェリア学園を作ったのですよ」
「馬鹿な……ではこの学園は、貴様の軍隊を作るための養成施設だとでも言うのか!?」
リリィは突拍子もない学園長の発言に、声を荒げて質問する。
学園長はニヤリと笑いながら頷き、言葉を紡いだ。
「その通りですよ、リリィ=ブランケッシュ。私は優秀な生徒が入学するたび、または転入してくる度に彼らをこの施設に入れ、さらに強力な兵士とするため、能力開発を行ってきた。それはあなたが先ほど、見ていた通りです」
「くっ……! 己の私欲のために、子どもを利用するなどと……!」
リリィは怒りに目を見開き、学園長を睨みつける。
学園長はその眼力に後ずさりながらも、さらに言葉を続けた。
「ふ、ふふ……意外と鈍い方、なのですね。私が何の勝算も無く、ベラベラと自分の野望を話すとでも思ったのですか?」
「何……?」
学園長の言葉の意味が分からず、リリィは訝しげな視線を学園長へと向ける。
やがて廊下に、無機質な音声が響き渡った。
『緊急事態、緊急事態。研究員及び研究対象は、速やかに施設から退避してください』
「なっ……これは!?」
突然廊下が赤いランプに照らされ、無機質な音声が繰り返し響き渡る。
学園長はその声を聞くとニヤリと笑い、廊下にあった窓へと突進した。
「さよならです、皆さん。この研究所と共に、消えてください」
学園長の体は突進した窓へとズブリと入り、まるで一枚の膜を抜けるように、実験が行われていた部屋へと逃げ込む。
そしてそのまま、部屋の奥の扉へと走っていった。
こうして廊下には、リリィ達だけが取り残される。
「まさか……施設を自爆させる気か!? 皆、下がれ! 窓を斬って押し通る!」
リリィはアリスタシア達に声をかけ、剣の切っ先を廊下の窓へと向ける。
そのまま剣を振り下ろすと、窓は真っ二つに切り裂かれた。
しかし―――
「り、リリィっち! この窓、再生してるよ!?」
「何!?」
リリィに斬られた傷口はすぐに再生し、窓はまるで何事もなかったようにその場にある。
リリィは奥歯を噛み締め、廊下の奥へと体を向きなおした。
「ちっ……仕方ない。皆、とりあえずこの廊下の奥まで走るぞ! アスカ、レンを頼む!」
「がってんだ!」
アスカはレンを担ぎ、ぐっと親指を立てて見せる。
リリィは走ってアリスタシア達に近づくと、アリスタシアとシルフィの二人を両肩に抱えた。
「すまない、二人とも。少しの間我慢してくれ!」
「「はっはい!」」
リリィの気迫に気押された二人は、思わず同時に返事を返す。
そうしてリリィとアスカの二人は、人を抱えた状態で、警報の鳴り響く廊下を駆け抜けていった。