第57話:本格調査
「ようこそ皆さん、シルフェリア学園生徒会室へ。どうぞおかけになってください。今お茶を入れますから」
「あ、ああ。お気遣いなく……」
放課後、アリスタシアはリリィ達を生徒会室に招き、中に入るよう誘導する。
その生理整頓され、清潔かつ豪華な雰囲気に、リリィ達は圧倒されつつもふかふかのソファに腰を下ろした。
「きれーだねぇ。さすがは生徒会室」
アスカはソファに座って両手を頭の後ろで組みながら、豪華な装飾のされた天井を見上げる。
アリスタシアはお茶を載せたトレーを運びながら、アスカへと返事を返した。
「当然ですわ。生徒の規範となるべき生徒会室が汚れていては、話になりませんもの」
「そうか……確かにな」
アリスタシアの言葉に納得し、運ばれてきたお茶に口をつけるリリィ。
芳しい紅茶の香りが、リリィの口から鼻に抜け、思わず肩の力を抜いた。
「えっと……それでアリスタシアさん。ルルの件で知っている事って?」
シルフィはどこか落ち着かない様子で、アリスタシアへと質問する。
アリスタシアはリリィ達の対面に座ると、ゆっくりとした口調で話し始めた。
「まず、ルル君のような行方不明者ですが……残念なことに、我が女子校舎でも数人発生しています。何を隠そうこの生徒会でも一名、書記担当の生徒が行方不明になっていますわ」
「それは……聞き込みをしていた時に聞いた事があるな。なんでもその行方不明者達は、未だに一人も帰ってきていないとか……」
リリィは持っていたティーカップを机に置き、腕を組んで話をする。
アリスタシアは一口お茶を口に運ぶと、落ち着いた様子で言葉を続けた。
「ええ、残念ながらその通りですわ。我々生徒会も行方不明の生徒を探してはいるのですけれど、未だに見つけられていないというのが現状です……」
アリスタシアはどこか申し訳なさそうにシルフィを見つめ、小さく頭を下げる。
シルフィはアリスタシアに対し、軽く頭を横に振った。
「私達もルルの行方を捜しているのですけれど、未だに大きな成果はありません。そういう意味では、生徒会の皆さんと同じです」
シルフィは小さくため息を落とし、アリスタシアに対して声を発する。
アリスタシアはシルフィの言葉を受けると、さらに言葉を続けた。
「ただ、ルル君に関してはまだ、調査の余地があるのです。女子生徒の調査を優先していたせいで、今まで後回しになってしまったのですけれど……実は私の弟がルル君と同室で暮らしていて、今日弟に、ルル君についての情報を聞くことになっていますわ」
「ルルと同室で暮らしていた!? そうか……それは有力な証言が得られる可能性が高いな」
リリィはアリスタシアの言葉を受け、少し興奮した様子で頷く。
アリスタシアはそんなリリィと同じように頷いてみせた。
「その通りですわ。これまで後回しにしてしまって、本当にごめんなさい」
アリスタシアは申し訳なさそうに、再びシルフィへと頭を下げた。
「あ、いえいえ。女子生徒会が女生徒の調査を優先するのは当然ですから、お気になさらず。そもそも私は何も情報を得られていなかったのですから、本当に嬉しいです」
「シルフィさん……」
嬉しそうに微笑むシルフィに対し、ほっとした様子で少しだけ微笑むアリスタシア。
リリィはそんな二人の様子を見つめ、やがて言葉を紡いだ。
「しかし今日話を聞くということは、この後すぐということだな? 急がなくて大丈夫なのか?」
リリィは時間を気にして、アリスタシアへと質問する。
アリスタシアはそんなリリィに、落ち着いた様子で返事を返した。
「そうですわね。そろそろ時間ですから、一緒に参りましょう。校門前の公園で落ち合う予定になっておりますわ」
アリスタシアはゆっくりとした動作で立ち上がり、リリィ達へと言葉を発する。
その言葉を聞いたリリィ達は、同じように立ち上がった。
「よぉし! じゃあアリスタシアちゃんの弟に会いにいこう! おー!」
アスカは立ち上がりざまに、右手を強く天井に掲げる。
当然ながら誰も、その動きについてはいけなかった。
「アスカ……お前は本当に、いつでもそうなのだな」
「???」
引きつった笑顔を見せるリリィに対し、頭に疑問符を浮かべて首を傾げるアスカ。
アリスタシアは突然大声を出したアスカに驚き、シルフィは調子の変わらないアスカを見て、小さく微笑んだ。
茜色に染まった、校門前の公園。
アリスタシアとリリィ達一行は、その公園の中央に集まっていた。
「さて、そろそろ時間ですわ。弟は時間に厳しいですから、遅刻することはないと思うのですけれど……」
アリスタシアは魔術機構で動く腕時計を見つめながら、キョロキョロと辺りを見回す。
その時公園の入り口から、一人の少年が歩いてきた。
「ねっ、姉さん! そ、そそ、その人は!」
「??? なんですのレン。いきなり取り乱して……はしたないですわよ」
レンは動揺した様子で、リリィを真っ直ぐに指差す。
その頬は真っ赤に紅潮し、口はぱくぱくと声なく動かされていた。
「ああ、こちらはリリィさんですわ。あなたと同室のルルを探していらっしゃるというので、連れてきたんですけれど……何かまずかったですの?」
「いいいいいえ! 全然まずくありません!」
レンはぶんぶんと右手を左右に振り、ついでに顔も左右に勢い良く振ってみせる。
普段と様子の違うレンの様子に、アリスタシアは訝しげな視線を浴びせた。
「??? レン、あなた……様子がおかしいですわね。何か変なものでも食べたんですの?」
様子のおかしいレンの姿を、不思議そうに見つめるアリスタシア。
レンはぶんぶんと顔を横に振り、「ぜ、ぜんぜん大丈夫ですじゃ!」と、噛みながら否定した。
「全く大丈夫には見えませんけれど……まあいいですわ。こちらはシルフィさんと、アスカさん。シルフィさんは、ルルのお姉さんですわ」
アリスタシアは右手を使ってシルフィとアスカを指し、言葉を紡ぐ。
その言葉を受けたレンは、深呼吸をして落ち着くと、やがて返事を返した。
「……そうなんですか。ルル君の事は、僕も心配しています。彼は優秀でしたし、人当たりの良い奴でしたから」
レンはどこか責任を感じているのか、少し申し訳なさそうにシルフィへと言葉を紡ぐ。
シルフィはそんなレンの気持ちが嬉しかったのか、微笑みながら返事を返した。
「ありがとう、レン君。ルルの事でもし知っていることがあったら、教えて頂けますか?」
シルフィは膝を折ってレンと視線の高さを合わせ、言葉を紡ぐ。
レンはシルフィの優しい視線を受けると、少し安心した様子で言葉を返した。
「あ、はい。ええと……実はルル以外にも、男子校舎では行方不明者が多発しているのです」
「!? それは、初耳ですわね……女生徒とルルだけの事例かと思っていましたわ」
アリスタシアはレンの言葉に驚き、両目を見開く。
リリィは有力な証言が得られると判断したのか、シルフィと同じように膝を折ってレンと視線の高さを合わせ、言葉を紡いだ。
「なるほど。ではレン。ルルが失踪した当日、何か変わったことはなかったか? どんな些細なことでもいい。聞かせてくれ」
「!? は、はひ。えっと……」
「???」
リリィが近づいた瞬間顔を真っ赤にするレンに、疑問符を浮かべて首を傾げるリリィ。
レンは必死に呼吸を整えると、リリィから視線を逸らし、言葉を続けた。
「ええと、実はルルがいなくなる直前、学園長がルルを呼び出していたんです。真面目なルルが呼び出しなんて珍しいなと思ったので、その時の事はよく覚えています」
「!? それは……女子の事例とも一致するな? アリスタシア」
「ええ、その通りですわ。失踪者は全て直前に、学園長から呼び出しを受けています」
アリスタシアは胸の下で腕を組み、リリィへと返事を返す。
リリィは立ち上がると、曲げた人差し指を顎に当て、言葉を紡いだ。
「ふむ……アリスタシア。この件について学園長に相談はしているか?」
「え、ええ。もちろんですわ。ですが学園長は、“優秀な生徒に今後も頑張るよう激励しただけだ”としか……」
「なるほどな。しかしこうも偶然が重なるとは思えん。今一度学園長に、話を聞く必要があるかもしれんな……」
リリィは腕を組みながら、男子校舎や女子校舎とは別にある学園長室の方角を見つめ、言葉を紡ぐ。
シルフィは力強く頷きながら、言葉を返した。
「ええ、リリィさんのおっしゃる通りです。是非私も、学園長にお話を聞いてみたいです」
シルフィは想いの篭った瞳で、リリィを見つめる。
リリィはその瞳を見て頷くと、学園長室の方角へと踵を返した。
「では、行ってみるとしようか。アリスタシアとレンは、どうする? 私達だけでも別に構わないが……」
「「行きます!」」
「そ、そうか。わかった」
リリィからの言葉を受け、間髪入れずに返事を返す姉弟。
その様子を見ていたアスカは、うりうりとリリィのわき腹を肘でつついた。
「にくいね~リリィっち。姉弟揃って悩殺しちゃった?」
「??? 何を言うんだアスカ。意味がわからんぞ」
アスカの発言の意味がわからず、首を傾げるリリィ。
しかしアスカの言葉を聞いていた姉弟は、頬を赤く染め、その場で恥ずかしそうに俯いた。
「さて、こちらが学園長室です。リリィさんとアスカさん以外はご存知でしょうが、学園長は基本的にこの部屋から出ず、書類関係のお仕事をしていらっしゃいます」
シルフィは到着した学園長室の前で、右手で学園長室を指しながら言葉を紡ぐ。
学園長室は丁度小屋のような作りで、男子校舎や女子校舎とは完全に独立している。
それは男子も女子も平等に見守る、という学園長の方針を体言するためかもしれないが、一般的な教育機関の学園長室としては、異例の広さであることは間違いない。
リリィとアスカはそれに驚き、ぽかんと口を開けた。
「これが学園長室か……室というより小屋……一軒家と言った方が正しいな」
「うん……あたしこの広さなら住めちゃうよ……」
驚きながら言葉を紡ぐリリィ達に少しだけ笑いながら、シルフィはゆっくりとした動作で学園長室のドアに近づく。
やがてシルフィは拳を握り、その裏側でコンコンと控えめにドアをノックした。
しかし、学園長室の中から返事は返ってこず、沈黙がその場を包んだ。
「おかしいですね……普段なら必ず返事が返って来るのですけれど」
シルフィは首を傾げ、もう一度ドアを叩こうと右手を上げる。
しかしその瞬間、ドアがゆっくりと開いた。
「!? 鍵がかかってない……珍しいですね」
「……よし、シルフィ。私が中を覗いてみよう」
リリィは用心のためシルフィを後ろに下げ、ドアの隙間から中を覗き込む。
茜色に染められた学園長室は、煌びやかな装飾が光を反射し、美しく輝く。
中に学園長の姿は無く、リリィはゆっくりとドアを開いた。
「……どうやら、学園長はいないようだな。失礼だが、中を調べさせてもらおう」
「えっ!? あ、リリィさん!」
シルフィの制止も聞かず、リリィは部屋の中へと入っていく。
それを追ってシルフィ達も、学園長室へと入っていった。
「い、意外と大胆ですのね、お姉様。学園長がいらしたら怒られてしまいますわよ?」
アリスタシアは胸の下で腕を組み、ため息を吐きながら言葉を紡ぐ。
リリィは真剣な表情でアリスタシアへと向き直ると、言葉を返した。
「アリス。私はこれまでの情報から、学園長が何らかの形で失踪事件に関わっている、と考えてる。そして事件が今も発生し続けている以上、あまり調査に時間をかけるわけにもいかないだろう」
リリィの真剣な表情に射抜かれ、しばし紅潮した顔で沈黙するアリスタシア。
つんつんとほっぺをアスカにつつかれ、ようやくその意識を取り戻した。
「はっ。え、ええ。確かにそれは、そうですわね。学園長が何らかの形で関わっているというのは、わたくしも同意見です」
アリスタシアは胸の下で腕を組みながら、こくこくと頷く。
やがて一行は、部屋の中をキョロキョロと見回し始めた。
「ふむ。とはいえ……今のところ部屋の中に、不審なものは見当たらないな」
リリィは机の上の書類などを重点的に確認していくが、特に失踪事件と関係していそうな書類は見当たらない。
机の引き出しの中も確認しようと思ったが、そちらには鍵がかかっているようだ。
レンも加わり、本格的に部屋の中を探り始めたその時、アスカの甲高い声が部屋の中に響いた。
「あっ! ねーねーリリィっち! この銅像すっげえブサイク! ウケるー!」
「こらアスカ! 遊びに来ているのではないぞ!」
きゃっきゃっと笑っているアスカに対し、釘を刺すリリィ。
アスカはリリィの叱責を受けると、口を3の形にして返事を返した。
「へーい……あ、あれ?」
「……どうした? アスカ」
リリィは嫌な予感を感じながらも、アスカへと言葉を紡ぐ。
アスカはてへっと笑いながら、自身の頭をこつんと叩いた。
「な、なんか……銅像がガコンッてなって、スイッチみたいなのが入っちゃった♪ てへっ♪」
「てへじゃなあああああああい! お前は何度それをやれば学習するんだ!」
ダンジョン探索時から続くアスカのトラブルメーカーぶりに、声を荒げるリリィ。
次の瞬間、地の底から響くような音が、学園長室の地面から響いてきた。
「なっ―――!?」
「おわっ!?」
突然リリィたちの立っていた床が消えて無くなり、家具だけが魔力機構の力でその場に浮遊する。
結果的にリリィ達はそのまま、学園長室の地下に向かって落下していった。
「アスカああああああああああああああああ!」
「ごめええええええええええええええええん!」
リリィの怒号と共に、学園長室の地下へと落ちていく一行。
地下に広がる暗闇は、まるでリリィ達を食べるように、全てのメンバーを吸い込んでいった。