第56話:通学路にて
波乱含みだった運動会もその後は順調に進行され、リリィ達一組は得点を伸ばしていった。
そしていよいよ、最終結果発表の時を迎える。
全員が集合したグラウンド。皆の前に設置された壇上に、学園長がゆっくりと上がっていく。
学園長は持っていた紙を広げると、その内容を読み始めた。
「では、発表します。優勝は―――」
「ごくり。き、緊張すんねリリィっち」
「あ、ああ。そうだな」
緊張した面持ちで学園長の発表を待つアスカと、同じく発表を待つリリィ。
やがて学園長の口から、優勝クラスの名前が発せられた。
「優勝は、一組です! おめでとうございます!」
「!? うおー! やったぁ! あたしたちの優勝だぁ!」
「おお……よ、よかった……」
アスカはリリィへと抱きつき、リリィはほっと胸を撫で下ろす。
そして次の瞬間、今度は周囲の女生徒がリリィへと飛びついてきた。
「キャー! やりましたわ、お姉様!」
「これもお姉様のおかげです!」
「やったぁ!」
「ちょ、あたし! あたしの活躍は!?」
次々とリリィに抱きついてくる女生徒たちと、不満そうに声を荒げるアスカ。
リリィはそんな女生徒たち一人一人に対応しながらも、遠目にいるアリスタシアの様子を気にし、視線をそちらへと向けた。
「……!?」
「ああ……また目を逸らされてしまった」
リリィはアリスタシアを見つめるが、アリスタシアは頬を紅潮させ、ぷいっと顔を背けてしまう。
リリィがそんなアリスタシアの様子にへこんでいると、アスカがやけくそ気味に声を荒げた。
「ええい、もうこうなったらヤケだ! みんなでリリィっちを胴上げしようぜ!」
ガッツポーズをとりながら声を荒げるアスカ。
クラスメイト達は次々に、その言葉に賛同した。
「まあ! それは素敵ですわ!」
「やりましょうやりましょう!」
「えっ!? いや、いい! やらんでいい!」
リリィの必死の抵抗も虚しく、やがてリリィは抱え上げられ、そのまま胴上げをされる。
リリィは空中を跳ねながら、クラスメイト達に向かって叫んだ。
「恥ずかしいから降ろしてくれ! 頼む!」
しかしそんなリリィの願いも虚しく、その後も胴上げは続く。
やがて担任教師が注意に来るまで、胴上げはいつまでも続けられた。
勝利によってその幕を閉じた運動会の翌日、リリィ達は朝の通学路を歩いていた。
「ふぅ……運動会はとりあえず終わったわけだが、ルルの手がかりは掴めていないな……」
リリィは申し訳なさそうに俯き、小さく呟く。
その言葉を聞いたシルフィは、微笑みながら言葉を発した。
「もしかしたらまだ、お話をちゃんと聞けていない生徒さんがいるかもしれませんし、何か思い出した方がいらっしゃるかもしれません。ここは粘り強く、聞き込みを続けていきましょう」
「ん……そうだなシルフィ。諦めず頑張ろう」
リリィは強い意志をもったシルフィの瞳に助けられ、自身も強く頷きながら返事を返す。
そんな一行の進行方向に、アリスタシアが街路樹に背を預けて立っているのが見えた。
アリスタシアは一行の姿を見ると、少し赤く頬を染めながらとてとてと近づいてくる。
「あっ、あのっ、お、おはようございます」
アリスタシアは両手を合わせ、丁寧に頭を下げる。
リリィは思わず同じ動作で、同じように頭を下げた。
「あ、ああ、こちらこそ。おはようございます?」
リリィは唐突なアリスタシアの態度に完全に面食らっており、うまく対応することができない。
その後アリスタシアはその場で沈黙してしまい、気まずい空気がその場を支配した。
「…………」
「…………」
互いの間に流れる、沈黙の空気。
そんな空気を感じたアスカは、頭に電球を灯らせ、リリィに向かって言葉を紡いだ。
「ね、リリィっち、ちょっとアリスタシアちゃんに一歩近づいてみてよ」
「えっ!? あ、ああ。わかった」
リリィは頭が混乱しているのか、意外と素直にアスカの言うことを聞き、一歩アリスタシアに向かって近づいてみる。
するとアリスタシアの肩はぴくんと震え、その頬はさらに赤く紅潮した。
「ふふっ。じゃあリリィっち、今度は一歩下がって」
「??? 一体どんな意味があるんだ? まあいいが……」
リリィはアスカの言葉を不審に思いながらも、今度は一歩後ずさる。
するとアリスタシアはしょんぼりとした表情になり、紅潮していた頬の赤みも消えた。
「……あーもう! アリスタシアちゃん可愛い! そんなにリリィっちラブなんだねー♪」
「ひゃう!? な、なんですのいきなり! だ、だだ、誰がラブだなんて!」
アスカは突然アリスタシアに抱きつき、「わかってるわかってる!」と頬ずりをする。
アリスタシアはアスカに抱きつかれたまま、顔を真っ赤にしてアスカの言葉を否定していた。
「アスカ! 急に抱きつくな! アリスタシアが困っているだろう!」
「ええー? ちぇー」
アスカはリリィの言葉を受け、ぱっとその手を離す。
アリスタシアはようやくアスカの手から開放されると、乱れた呼吸を整えた。
「はあっはあっ……い、一体何なんですの?」
アリスタシアは乱れてしまった髪を手で整えながら、言葉を発する。
リリィは軽く頭を下げながら、返事を返した。
「すまない、アリスタシア。アスカはこういう奴なんだ……」
「あっ……は、はい。大丈夫ですわ。ありがとうございます」
アリスタシアはリリィの言葉を受けると、再び深々と頭を下げる。
少し他人行儀なその仕草に寂しさを感じたリリィは、その場を立ち去ろうと言葉を続けた。
「ではな、アリスタシア。また授業で会おう」
「!? あ、あの、リリィさん!」
「ん……?」
突然呼び止められたリリィは、頭に疑問符を浮かべながら振り返る。
アリスタシアは自身の制服をぎゅっと握り、やがて顔を上げて言葉を紡いだ。
「先日は危ないところを助けて頂き、本当にありがとうございました。それと……これまで冷たく当たってしまい、ごめんなさい」
「…………」
リリィはアリスタシアの言葉を受けると、手甲を外しながら、アリスタシアへと近づく。
そしてアリスタシアの頭を、そっと撫でた。
「あっ……」
「いいんだ、アリスタシア。元々私は“お姉様”なんて柄ではないし、君が間違っていたというわけではない。気にするな」
リリィは微笑みながら、アリスタシアの頭を撫でつづける。
アリスタシアは顔を真っ赤にしながらも、さらに言葉を続けた。
「だっ、だめ、ですわ。わたくしは貴族。恩に対してはそれなりの対応をしなければなりません。ですから……」
「???」
アリスタシアはやんわりとした動作でリリィの手をどけると、真っ直ぐにリリィを見つめた。
「ですから今日から貴方を、お姉様として認めます。わたくしのことはどうか“アリス”とお呼びください」
アリスタシアは真剣な表情で、リリィに対して言葉を紡ぐ。
その力の篭った瞳に、リリィは両目を見開いて驚きながらも、返事を返した。
「あ、ああ。わかっ……た。アリス」
「ふぇっ!? あ、は、はい。お姉……様」
いつのまにか互いの頬は赤く染まり、なんとも言えない空気が周囲を包む。
リリィはどこか恥ずかしそうに頬を搔き、アリスタシアは顔を真っ赤にして俯いていた。
「もー! 何二人でラブラブしてんのさ! リリィっち、早くきょーしつ行くよ!」
「うわっ!? アスカ! いきなり飛びついてくるな!」
笑顔でリリィへと飛びついてきたアスカに対し、声を荒げるリリィ。
そんな一行に、アリスタシアは再び声をかけた。
「あっあのっ、シルフィさん! わたくし、ルル君の事で知っていることがありますの! 放課後に皆さんで、生徒会室に来ていただけない!?」
「えっ!? ほ、本当ですかアリスタシアさん!」
シルフィはアリスタシアの言葉を受けると、アリスタシアに近づきながら返事を返す。
アリスタシアは「ええ、嘘はつきませんわ」と頷いて見せた。
「あ、ありがとうございます! リリィさんアスカさん、放課後が待ち遠しいですね!」
シルフィは満面の笑顔で、リリィとアスカに言葉を発する。
その笑顔を見たリリィは同じような笑顔で、返事を返した。
「ああ、そうだな。これで少しでも事態が進展すればいいのだが……」
リリィは少しだけ難しい表情になり、朝の空を見上げる。
シルフィはリリィの視線を追いかけ、同じように空を見上げた。