第53話:運動会開始
空は青く晴れ渡り、運動会の始まりを告げる花火が数発打ち上げられる。
シルフェリア学園の学園長は壇上に上り、拡声器を使って生徒達に向かって言葉を発した。
「今日は皆さんが普段学ばれている成果を存分に発揮し、正々堂々と頑張ってください。応援しています」
学園長の簡潔な挨拶に、パチパチと拍手を返す女生徒達。
リリィは同じく拍手を送りながら、隣のシルフィへと声をかけた。
「シルフィ。確か運動会は、クラス対抗で行われるのだったな?」
「あ、はいっ。その通りです。私とアスカさんとリリィさんは味方同士になりますね。一緒に頑張りましょう♪」
シルフィは嬉しそうに微笑み、ぐっと両手を握り締める。
リリィも同じように微笑み返すと、「うむ、頑張ろう」と小さな声で返事を返した。
「しかしクラス対抗となると、アリスタシアとも味方同士になるわけだが……」
リリィはふとアリスタシアの事を思い出し、彼女が座っている方角へと視線を向ける。
アリスタシアも丁度リリィのいる方角を見ていたらしく、リリィと目が合うとすぐに怪訝な表情で目を逸らしてしまった。
どうやらまだ、リリィの事は認めてくれていないようである。
「しかしこんな関係で果たしてチームワークがとれるのか、物凄く不安だ……」
リリィはそっけないアリスタシアの態度にがっくりと頭を下ろし、深いため息を落とす。
「ま、まあまあ。ほとんどの競技は個人競技ですし、問題はないですよ。多分……」
「多分……か」
リリィはシルフィの言葉を受けると、再び小さくため息を落とし、そんなリリィの隣に座っていたアスカは、ぐっと両手を握りこんで言葉をぶつけた。
「なぁにブツブツ言ってるのさリリィっち! 元気出してかないと勝てるもんも勝てないぜ!?」
「アスカは今日も元気だな……まあ確かに、悩んだところでどうにもならんか」
「そうそう! 元気出していきましょ~♪」
アスカはおーっと拳を天に突き上げ、楽しそうに言葉を紡ぐ。
リリィはその拳の先の空を見上げ、今度は少しだけ微笑みながら息を落とした。
「つづいての競技は借り物競走です。選手の皆さんは選手入場口へ集合してください」
グラウンドの中に、放送係の声が響き、リリィはその声に反応し、自分のクラスの席から立ち上がった。
「借り物競走か……選手は私だな」
リリィは腰元に下げた剣の位置を直し、そのまま選手入場口へと歩き出すと、シルフィとアスカはそれぞれ、リリィの背中に向かって言葉を発した。
「リリィさん! がんばってくださーい!」
「いっけーリリィっち! 大暴れだぁ!」
「いや、暴れちゃダメだろう……」
リリィはアスカの素っ頓狂な発言に汗をかきながらも、二人の声援に片手を上げて答える。
するとシルフィ達に続いて、クラスメイトの女生徒達からも声援が送られた。
「キャー! 今日も素敵です、お姉様!」
「お姉様なら一着間違いなしですわ!」
「頑張ってくださーい!」
「あ、ああ……ありがとう」
リリィは声援に答え、少し恥ずかしそうに手を横に振る。
手を振るリリィの様子を見た女生徒達から、さらに大きな黄色い声援が届いた。
しかしリリィの視線は声援を送ってくれるクラスメイト達ではなく、別の場所を向いていた。
『アリスタシアは……相変わらず、か』
「…………」
アリスタシアはリリィに人気が集中しているのが面白くないのか、胸の下で腕を組み、そっぽを向いている。
リリィはそんなアリスタシアの様子を見ると、ため息を落とした。
「まあ、仕方ない……か。とりあえず、障害物競走に急ごう」
リリィは黄色い声援を背中に受けながら、選手入場口へと急ぐ。
他の女生徒よりも抜きん出た身長をしているリリィは、他の参加生徒に挟まれながらもクラスメイト達を見つめ、緊張で乱れる呼吸を整えていた。
「では、第三レース開始です。選手の方はスタートラインについてください」
「いよいよ私の番か……負けられんな」
リリィは自身の出番になると、気合を入れてスタートラインへと並ぶ。
体育着に包まれた体は豊満だが、身長も高く、傍からはすらっとした印象を受ける。
額に結んだ鉢巻の白が艶のある黒髪によく映えており、赤い縁のメガネがアクセントとして働く。
横一列に並んだ他の女生徒は、近くで見るリリィの美しさに目を奪われ、しばらくぽかんと口を開けていた。
しかしスタートの合図はそんな彼女たちにも容赦なく降り注ぐ。
「位置について、よーい……」
スタート係の教師の声に反応し、リリィに見惚れていた生徒達は、自身の目の前の道だけを視界に収める。
リリィも例外ではなく、その思考はただ、借り物競走をクリアすることだけにあてられていた。
「スタート!」
スタート係の教師は空砲を放ち、スタートの合図を放つ。
その瞬間リリィは脅威の踏み込みでスタートダッシュをかけ、スタートラインに立っていた女生徒達は皆、砂嵐に巻き込まれた。
「きゃあっ!?」
「な、何!?」
けほけほと咳き込む女生徒達と、スタート係の教師。
その砂埃が晴れた頃、リリィは借り物が書かれた封筒をすでに開いていた。
「おっとリリィ選手! これは凄いダッシュです! もう借り物を始めるようですね!」
実況を担当する女生徒の声が、グラウンド内に響き渡る。
封筒に入っていた借り物を見ると、リリィは目を見開いた。
「弓術士の学生……か。まずいな。私はみんなの能力を把握していないぞ……」
リリィはどうしたものかと考えて頭をかき、それを見たクラスメイト達は、一斉に声を張り上げた。
「お姉様ー! 借り物は何ですか!? 私が何でも取ってきます!」
「いえお姉様! 是非わたくしに!」
「私も頑張ります!」
「え、えええ……いや、それはありがたいが……」
リリィは額に大粒の汗を流し、アピールしてくる女生徒達を見つめる。
その場に立っていても仕方ないと判断したリリィは、とりあえずクラスメイト達の下へと走った。
「この中に、弓術士の学生はいるか!? いたら一緒に走ってほしい!」
リリィは片手をメガホンのように使い、生徒達へと声を張り上げる。
黄色い声援を上げていた生徒達は、困ったように眉を顰めた。
「こまりましたわ……わたくしは炎術士ですし」
「わたくしも。お姉様のお役に立ちたいのに……」
「あっあの、リリィさん。私一応、弓術士なんですが……」
「えっ、し、シルフィ!? す、すまない。今まで知らなかった……」
リリィはすぐ隣から聞こえた意外な声に驚き、言葉を返す。シルフィはぶんぶんと顔を横に振り、返事を返した。
「あ、い、いえ。これまでお話しするタイミングも無かったですし、無理もないかと」
「そ、そうか。本当にすまない」
リリィはどこかバツが悪そうに頬を搔き、シルフィと会話を続ける。その瞬間シルフィの後ろから、甲高い声が響いた。
「ちょっとリリィっち! のんびりしてる場合じゃないよ! 一位逃しちゃうって!」
「何!? あ、本当だ!」
リリィの視線の先には、すでに借り物を終えてゴールへと走る女生徒の姿が映る。
リリィは即座に決断し、シルフィをお姫様だっこの要領で抱え上げた。
「ひゃうっ!? り、りり、リリィさん、一体何を!?」
シルフィは突然の事態と近くなったリリィの顔に頬を赤く染め、言葉を紡ぐ。リリィはゴール地点を真っ直ぐに見つめたまま、シルフィへと返事を返した。
「すまない、シルフィ! 今はこれしかない!」
「えっ!? あ、ひゃあああああああああ!」
リリィはシルフィを抱きかかえたままダッシュし、猛スピードでグラウンドを駆け抜ける。
そのまま先頭を走っていた女生徒を抜き去り、結果ゴールテープはリリィが切ることとなった。
「うおー! やったぜリリィっち! 一番だぁ!」
「ふぅっ……なんとか間に合ったようだな」
リリィは小さく息を吐きながら、どうにか一着になれたことを確認する。
リリィの腕の中で小さくなりながら、シルフィは懸命に言葉を紡いだ。
「あ、あの……リリィさん。そろそろ降ろしていただけると、ありがたいです……」
「あっ!? す、すまないシルフィ。忘れていた」
そっと優しくシルフィを立たせ、リリィはその腕の中から開放する。
赤くなった頬を覚ますため、シルフィはぱたぱたと両手で風を送った。
「さて……みんなのところに戻ろう。シルフィ、大丈夫か?」
「あ、はひ。大丈夫です……」
「???」
紅潮した頬に風を送り続けるシルフィを見て、頭に疑問符を浮かべて首を傾げるリリィ。
クラスメイトの下に戻ると、再び黄色い声援がリリィへと飛んできた。
「お姉様! 素敵でした! ていうか私もだっこしてください!」
「あっずるい! わたくしも、わたくしもお願いします!」
「私も!」
「えっ、ええええ……」
リリィは予想だにしなかったクラスメイト達の要望に戸惑い、両手をわたわたと動かす。その様子を見たアスカは、ニヤニヤしながら言葉を紡いだ。
「いやー、人気者はつらいですにゃあ。あっはっはっはっは!」
「笑い事じゃないぞアスカ! 何人だっこすると思ってるんだ!?」
次から次へと交代で、クラスメイト達をだっこするリリィ。その度にクラスメイト達は、恍惚の表情を浮かべる。
額に大粒の汗をかきながら、リリィはそんなクラスメイト一人一人に律儀に対応していた。