第52話:聞き込み
「確認するがよリース。俺達はルルって奴が失踪した原因を探る為に、クラスメイトに聞き込みをしてると、それでいいんだよな?」
「うん。そうだよ? なんでそんな事確認するのさアニキさん」
「ああ、そりゃ確認するさ。だってお前さっきから、飴配ってるだけじゃねえか」
アニキはクラスメイト達へと飴を配っているリースに対し、鋭いツッコミを入れ、リースはうっと唸りながら、アニキへと返事を返した。
「だ、だってみんな欲しいって言うから……あ、二個までなら持って行っていいよ~」
「おう! ありがとなリース!」
「えへへ……」
「いやいや、全然聞き込みになってねえじゃん」
クラスメイトに撫でられ嬉しそうなリースに、手をぶんぶんと横に振って否定的な言葉をぶつけるアニキ。
リースははっと気付くと、周りのクラスメイトへと問いかけた。
「あっ!? そ、そうだよね。みんな! 僕達ルルって子の事を聞きたいんだ! 知ってることがあったらなんでも教えてくれない!?」
リースからの問いかけに対し、顔を見合わせて考えるクラスメイト達。
やがてぽつりぽつりと、証言が集まってきた。
「ルル? あー、あいつ。一ヶ月くらい前から学校来てないんだよ。何してんだろうなぁ」
「俺は修行の旅に出たって聞いたけどな」
「オレはどっかの国の諜報機関にスカウトされたんじゃないかって噂を聞いたぜ!」
「あ、オレもオレも!」
「ああん? なんだバラバラの事言いやがって……なんかうさんくせえ情報ばっかだな」
アニキは頭をボリボリと搔きながら、クラスメイト達の証言を集める。
リースは飴玉を配りながら、美味そうに飴を頬張るクラスメイトへ粘り強く質問を続けた。
「うーん……できれば噂じゃなくて、知ってる事実を教えて欲しいんだけど……」
リースは困ったように眉ハの字にしながら、言葉を紡ぐ。
それを聞いたクラスメイトの一人が、返事を返した。
「事実って言えばさ、ルルの他にも来なくなってる奴結構いるよな」
「あー、いるいる!」
「確かに!」
クラスメイト達は互いに顔を見合わせ、話を始める。
リースもアニキへと顔を向けると、言葉を紡いだ。
「他にも行方不明になってる生徒がいたんだね……これって偶然なのかな」
「まあ、偶然ってこたねえだろうが……現状じゃなんとも言えねえな」
アニキは腕を組みながら、リースへと返事を返す。
リースは「だよね……」と肩を落とし、さらに言葉を続けた。
「えっと……誰かルルとお友達だった人っていないかな?」
「うーん、あいつ元々隣のクラスだしなぁ」
「隣のクラスの奴なら友達とかいると思うけど……」
口々に証言するクラスメイトの中に混じり、ラルフがえいやっと手を上げる。
そしてそのまま、大声で言葉を発した。
「あ! 隣のクラスの奴なら俺知り合いいるッスよ! よかったら紹介するッスか?」
「ええっ!? ラルフさんルル君のクラスの人と知り合いだったの!? じゃあクラスメイトの皆に聞き込みする必要なかったじゃない……」
リースはラルフの言葉を受けてがっくりと肩を落とし、アニキは引き続き頭を搔きながら、ラルフの首に腕を回した。
「あんだよめんどくせーなぁ。じゃあさっさと隣のクラスに行くぞ! ほら!」
「ええっ!? いきなりッスか!? ちょ、アニキさん力強いッス!」
「あ、ちょ、ちょっと待って! 僕も行くよ!」
持っていた残りの飴玉を鞄に入れ、リースは歩き出したラルフとアニキの後ろを懸命に追いかけた。
「おう、邪魔するぜ!」
アニキはラルフの首に腕を回したまま、もう片方の手で隣のクラスのドアを勢い良く開ける。
その大きな声に驚いた隣のクラスの学生達は、一斉にアニキの方を見た。
「あ、あの人、舞台をぶっ壊した人じゃね!?」
「やっべ、俺達になんの用だよ」
「お、俺ちょっとトイレに……」
「あ! おいてめ、逃げんなよ!」
「あ、あはは。アニキさん、随分恐れられちゃってるね。無理もないけど……」
先の演習授業の舞台破壊事件のせいで、アニキはすっかり顔が売れてしまった。
リースは動揺した学生達を見つめ、額に大粒の汗を流す。
アニキは「ふん、この方が聞き込みしやすそうでいいじゃねーか」などと言い、欠片も反省はしていないようである。
そして相変わらずラルフは、アニキの腕に首を回されたままである。
「あのぅ……アニキさん、とりあえず解放してもらっていいッスかね。知り合いのとこまでは案内するッスから……」
「あ、忘れてた! わりーなラルフ! あっはっはっは!」
ラルフの首に回していた腕を解き、アニキは大声で笑う。
少し咳き込みながら、ラルフは苦笑いを浮かべた。
「あ、あはは……なんかアニキさんには、色んな意味で勝てる気がしないッス」
頭に大粒の汗を流したラルフは、大声で笑いながら胸を張るアニキを見つめ、リースはぼーっとしたラルフの制服を引っ張り、言葉を紡いだ。
「あのぅ、ラルフさん。それで知り合いの人っていうのは?」
「あっ!? そ、そうだったッス。確かあの辺の席に……あ! おーいフリックス! 俺ッスよ!」
教壇の目の前に座った一人の男子生徒を見つけると、ラルフは彼に向かってぶんぶんと片手を振る。
フリックスと呼ばれたその生徒は、気だるそうに立ち上がってラルフの元へと歩いてきた。
「ああ? なんだよラルフ。また面倒ごとを持ってきたんじゃねえだろーな。面倒くせえ……」
フリックスは不健康そうな顔色で、ラルフに向かって言葉を返した。
「いやっすねー。面倒ごとなんて持ってきて無いッスよ。ほら、ここにいるアニキさんとリースが、フリックスに話を聞きたいみたいッス」
「あ、こ、こんにちは……」
「おう! よろしくな!」
ぺこりと丁寧に頭を下げるリースと、フランクな態度で片手を上げるアニキ。
大きくため息を落とすと、フリックスは引き続きラルフに向かって言葉をぶつけた。
「昨日舞台をぶっ壊した赤髪と創術の坊主か……もう立派に厄介ごとじゃねえかこの野郎」
「いでででっ!? 暴力反対ッス!」
フリックスは片手でラルフの顔面を掴んでその手に力を込め、ラルフは顔を掴まれた痛みに悶絶しながら、懸命に声を出した。
「あ、あの! フリックスさん! 僕達ルルって子の事を調べてるんだ! 何か知っている事はないかな!?」
ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、リースはラルフへ攻撃を加えているフリックスへと意思表示する。
フリックスはそんなリースに気付くと手の力を抜き、返事を返した。
「ルルか……確かに俺のクラスにいたけどよ、一ヶ月くらい前から来てないぜ。寮の方にも戻ってないみてーだ」
「そうなんだ。やっぱり行方不明なんだね……その他に何か知っていることはないかな? なんでもいいんだ」
リースは両手を握り、どこか祈るように言葉を紡ぐ。
フリックスは「なんでもって言われてもな……」と困った表情でリースを見返した。
「ああ、そういやルルと寮の部屋が同じだった奴がうちのクラスにいるぜ」
「えっ!? ルル君と同室!? どこどこ!?」
リースはフリックスの言葉を受け、キョロキョロとクラスの中を見回す。
フリックスは窓際を指差し、言葉を続けた。
「ほら、あの窓際で本を読んでる奴だ」
「あ、うん! ……えっ!?」
リースが窓際に視線を移すと、その席では先日話したレンがぺらぺらと本のページをめくっているのが見える。
ラルフは右手を眼の上にかざすと、そんなレンを見つめて言葉を紡いだ。
「ありゃレン君ッスね。たしかリースは、この間の演習授業の時に話してたッスよね」
ラルフはフリックスの指先を追ってレンの方角を見つめると、言葉を落とす。
リースはこくこくと頷きながら、そんなラルフに返事を返した。
「うん! 間違いないよ! あのレンだ! うわぁ、ルル君と同室だったんだね!」
リースは楽しそうに笑いながら言葉を紡ぎ、遠目にレンを見つめる。
レンはこちらの声が聞こえていないのか、窓際で風に吹かれながら本を読みふけっていた。
アニキはゴキゴキと首を鳴らすと、視界にレンの姿を入れ、やがて口を動かした。
「なんだかわかんねーけど、あいつがルルの友達だな? じゃあさっさと行こうぜ」
「あ、ちょ、アニキさん!?」
リースを肩車すると、アニキは早足ですたすたとレンに向かって歩いていく。
ラルフは「あ!? ちょ、待って下さいッス!」と声を出しながら、アニキとリースを追いかけた。
「こんにちは! レン! 今ちょっといいかな!?」
「…………」
リースに話しかけられたレンは反応を返さず、ただペラペラと本のページをめくる。
「あれ? もしもーし」
聞こえていないのかと思い、肩車を降りて、レンの目の前で手をひらひらさせるリース。
レンはその手を払いのけると、苛立った様子でリースを睨みつけた。
「ええい! うっとおしい! やめてください!」
「あ、なーんだ、寝てたわけじゃないんだね」
「そりゃそうでしょう! 僕は本を読むので忙しいんです!」
レンは本を閉じることなく、リースを睨んだまま声を荒げる。
しかしリースは、鋭いレンの視線に気付くことなく言葉を続けた。
「あのね、僕達レンに聞きたいことがあって来たんだ。実は―――」
「あいにくですが、僕に話すことはありません。自分のクラスに帰ってください」
レンは本に視線を戻すと、再びペラペラとページをめくり続け、リースに目線を送ることなく言葉をぶつける。
その言葉を受けたリースは、戸惑いながら口を動かした。
「えっ!? えっと……な、なんでそんなに冷たいの? 昨日はあんなにお話したのに……」
リースはしょんぼりしながら、レンへと言葉を紡いだ。
「昨日……」
その時レンの脳裏に、リリィに抱きしめられるリースの姿が思い出され、その情景に小さな胸は締め付けられた。
怒りをあらわにした表情で真っ直ぐにリースを睨みつけ、レンはリースを指差した。
「いいですか!? 今日から僕達はライバルです! ライバルと話すことなんて何もありません!」
「ええっ!? な、なんで急に!? 僕なんか悪いことした!?」
リースはあわあわと慌てて、レンに向かって返事を返す。レンはそんなリースの言葉を受けると、「うっ……」と言葉に詰まった。
「と、とにかく、ライバルなんです! わかったらさっさと行ってください!」
「ええっ!? ちょ、ちょっとレン! 話くらい聞いてよぉ!」
レンは席を立つとぐいぐいとリースを押し、教室の外へと無理矢理追い出す。
アニキとラルフはそんな二人の様子を見つめ、ただ無言で教室の外までリースを追いかけた。
その後レンはリースを教室の外へ追い出すと立ち去り、自身の席へと戻る。
アニキとラルフはそんなレンの様子を、冷静に目で追いかけていた。
「取り付く島もねえな」
「取り付く島もねえッスね」
「二人ともなんでそんな冷静なの!? ていうかアニキさんは説得手伝ってよ! 立場的に!」
思いのほか冷静な二人に対し、情熱的なツッコミを入れるリース。
ポリポリと頬を搔きながらアニキは、「やだよめんどくせえ」と、ばっさり切り落とした。
また、ラルフは「子どもの喧嘩に親が出るのもよくないッスからね」などと、完全に的外れな事を言っていた。
「ああ、もう。ダメだこりゃ。どうしよう。なんでレン怒ってたのかなぁ……」
「さぁなぁ。あいつにしかわかんねーだろうぜ」
アニキは耳をほじりながら、リースへと返事を返し、リースは「そうだよね……」と呟き、がっくりと肩を落とした。
「まあまあ、子どもだし情緒不安定になることもあるッスよ。もしかしたら明日には、あっさり話してくれるかもしれないッスよ?」
「うーん……そうだね。そうだといいんだけどなぁ……」
ラルフの言葉を受けたリースはがっくりと肩を落とし、落ち込んだ様子でため息を落とす。
始めて同年代の友達ができると思っていたのに、たった一日で友情決裂となればかなりのショックだろう。
「ま、そういうこった。今日は虫の居所が悪いみてーだから、また明日来ようや」
「アニキさん……うん。そうだね」
アニキはそんなリースの心中を察したのか、ぽんとその頭に手を乗せて言葉を紡ぐ。
リースはその体温に安心したのか、微笑みながら頷いた。
やがてクラスに戻ることにし、歩き出した三人に向かって、レンのクラスの担任教師が近づいてくる。
「君達か、ルルの事を聞いて回っているという生徒は……あまり感心しないな」
出席簿を持ちながら、担任教師は小さくため息を落として言葉を紡いだ。
「感心しないって……どうしてですか? 僕達はただ、ルルを見つけたいだけなんです」
「だからそれが……いや、まあいいでしょう。とにかく今後は、あまりルルについて聞いて回らないように。生徒達の間で不安が広がってしまっては、授業に支障が出ますからね」
担任教師はどこか見下すような目線でリースたちを見渡しながら、少し早口で言葉をぶつける。
リースは教師の言葉に納得できず、その場で黙ったままだ。
「……おや、そろそろ授業だ。君達も教室に入りなさい」
「あ、はい……」
教室へと歩き出した担任教師に促されるまま、自身の教室に戻っていくリースたち。
しかしリースの頭には、先ほどのレンの態度がずっと引っかかっていた。
『レン……一体、どうしたっていうの?』
リースは少し寂しそうに隣のクラスの扉を見つめ、その後ラルフに促されるまで、リースは隣のクラスを見つめ続けていた。