第4話:突然の……
ガキンという歯がぶつかる音と、瞳を閉じたデクスの表情。
二人がキスをしたその瞬間、その場にある全ての存在は活動を止め……まるで時を止めたかのような静寂が、その場を支配した。
「なっ、あ……ああっ!?」
リリィがその現象の意味を理解する、その前に……繋がった二つの唇の周囲から、青く輝く氷が走り、再びアニキの身体を拘束していく。
アニキは両目を見開いたままその動きを止め、やがてその全身は巨大な氷塊へと姿を変えた。
「あ、アニキさん!? アニキさん! だいじょうぶ!?」
リースははっと我に返り、氷塊となったアニキの体を叩く。
アニキはそんなリースの声にぴくりとも反応せず、呆然としたその表情のまま、氷の彫刻と化していた。
「ふう。こんな時まで目を閉じないなんて、無粋な男ですわ」
デクスはアニキから顔を背けると少々ずれてしまった眼鏡を押し上げ、ため息混じりに言葉を落とす。
やがて胸の下で腕を組むと振り返り、膝を折ってしゃがみこむと、リースに対して目線を合わせた。
「!? あ、あのっ!?」
「…………」
リースは怯えた様子で、しかしアニキの傍からは離れずにデクスの視線を受け止める。
その様子を見たデクスはため息を落として言葉を続けた。
「そんなに怖がらなくても、大丈夫ですわ。その男は生きていますし、あなたに危害は加えません」
「えっ!? ……あ!」
デクスの言葉に驚いたリースが顔を上げてアニキを見上げると、確かに氷から露出した口が微かに動いているのがわかる。
元気一杯というわけにはいかないが、とりあえず生きているというのは本当らしい。
「くっ。私としたことが、き、き、キスごときで心乱されるとは、不覚! だが、リースからは離れてもらうぞ!」
気を取り戻したリリィは一瞬にしてデクスとの距離を縮め、抜刀の姿勢で剣の柄を掴む。
銀の刃が白日の元に晒されようという、その刹那……小さな金色の影が、リリィの前に立ちはだかった。
「ちょ、ちょっと待ってリリィさん! この人悪い人じゃないよ!」
「っ!?」
リースはめいっぱい両手を広げてデクスを庇うようにその場に立つ。
リリィは咄嗟に踵を地面へと打ち込み、自身のスピードを押し殺した。
「リース! 危ないだろう!? それに悪い人じゃないって……現に団長は、氷漬けにされているではないか!」
リリィは右手を勢い良く横に振ってリースへと言葉を浴びせる。
その声量に肩をびくんといからせながらも、リースは懸命に言葉を続けた。
「だ、だって、アニキさんまだ生きてるし……それに氷漬けにでもしなかったら、間違いなくこの人と戦ってたよ?」
「うっ。それは、確かにそうだが……」
街道の真ん中でそんな戦いが繰り広げられれば、町人の迷惑になるのは必至……いや、下手をすれば巻きぞいで怪我人が出ていた可能性もある。
それらを考慮するなら、デクスの行動はベター……いや、ベストと言っても良いかもしれない。
「ふう。確かにわたくしも、少々強引な手段を取ってしまいましたが……これも、状況を判断した末のこと。どうか理解していただきたいですわ」
デクスは目を閉じながらずれた眼鏡を押し上げ、ため息混じりに言葉を落とす。
少々ショッキングな手段ではあったが今現在街道は平和を保っている。
リリィはひとまず目に見える平和を信じてみることにした。
「いや、まあ、この男なら心配あるまい。頑丈さだけが取り柄だからな」
リリィはぺちぺちと氷塊となったアニキを叩き、デクスへと返事を返す。
デクスはアニキへと歩みを進め、冷たい表面にその白い手を這わせた。