第47話:学園生活のスタート
「えーでは、今日から皆さんのご学友になるお二人を紹介します」
シルフィの所属するクラスの担任が朝のホームルームで、リリィとアスカの二人を教室に呼ぶため、事前に二人の入学者がいることをクラスメイトの女生徒達へ伝える。
その言葉を聞いた女生徒達は、にわかに騒ぎ始めた。
「まあ。こんな時期に入学とは珍しいですわね」
「一体どんな方なのかしら……」
シルフェリア学園は、基本的に平和である。
そんな学園で新たに入学者が入ってくるとあれば、ちょっとした噂どころか一大スクープものである。
クラスメイトの女生徒達も口々にどんな人物がくるのかと噂をしているが、恐らく彼女達の推測が当たる事はないだろう。
何故ならこれから入ってくる二人は、あまりにも特殊すぎるのだから。
「お静かに! えー、では、お呼びしましょう。リリィ=ブランケッシュさんと、陽山アスカさんです。どうぞ」
教室にリリィ達が入ってきた瞬間、静まり返る女生徒達。
女生徒達の視線は、リリィの美しい顔立ちへと集中していた。
「肉体強化の魔術を得意とされている、リリィさん」
「こ、こんにちは……」
担任教師に紹介されたリリィは、ぺこりと頭を下げて見せる。
しかしクラスメイト達はその顔の美しさに言葉を失い、言葉が出ない。
「もう一人は陽術という極東の国に伝わる魔術を使う、アスカさんです」
「やっほーみんな♪ 今日からお友達になるアスカちゃんだぜ♪ いえーい♪」
「…………」
陽気に挨拶をするアスカだったが、クラスメイトはリリィの顔に見とれており、リアクションを返す事は無い。
リリィは隣に立つアスカに、顔を向けた。
「お、おいアスカ。なんだか視線を感じるんだが……気のせいか?」
リリィは耳打ちをする形で、アスカへと話しかける。
アスカは口を3の形にしながら、リリィへと返事を返した。
「ぶー。気のせいなんじゃなぁい?」
「そ、そうか……」
何故か不機嫌な様子のアスカに疑問符を浮かべながら、首を傾げるリリィ。
しかし相変わらず女生徒達の視線は、リリィの端正な顔立ちに集中していた。
「き、きれい……ですわ」
「というか、色気が凄い……どこかのモデルさんかと思いましたわ」
「あ、あの皆さん。静かにしないとまた怒られちゃいますよ?」
ソフィはさりげなくリリィ達をフォローしようと、女生徒達へしーっと指を立ててみせる。
しかしクラスメイト達は口々にリリィを評し、その声は収まることを知らない。
担任教師は再び騒がしくなってしまった生徒達を見てため息を吐きながら、リリィ達へと話しかけた。
「ごめんなさいね、お二人とも。皆、年度途中の入学者が珍しいんだと思います」
「あ、いえ、我々は別に―――」
「ぶー! ちくしょー! どうせあたしはリリィっち以下ですよーだ!」
「あ、アスカ!? 突然何を言い出すんだ!?」
アスカはいーっとしながら、女生徒達へと言葉をぶつける。
そんな単刀直入なアスカの言葉を受けた女生徒達は、頬を赤く染めて俯いた。
「え、ええと、とりあえずお二人は、シルフィさんの席の隣と、その前の席に座ってください。シルフィさんの隣がリリィさん。そのリリィさんの前がアスカさんの席です」
担当教師はアスカの言動に驚きながらも、触れると余計に話がこじれると感じたのか、スルーして話を進める。
リリィは「は、はい。わかりました」と返事を返し、未だぶーたれているアスカを引き摺って席へと着席した。
「リリィさん。お疲れ様です。アスカさんも」
シルフィは手のひらを使い、小声で声をかける。
リリィは席についてようやく落ち着いたのか、小さく息を落とした。
「ああ。ありがとうシルフィ。まったく、人前に立つというのはどうも苦手だな」
アスカもリリィと同じく席に着くと、頬を膨らませながら言葉を紡いだ。
「ぶー。まあいいや。これから目立ってやるから覚悟しててよね!」
「何の覚悟だ何の……」
アスカはびしっとリリィを指差し、堂々と宣戦布告する。
リリィはそんなアスカの様子を見ると、頭痛を感じて頭を抱えた。
教師はそんな二人が席についたことを確認すると、パンパンと両手を鳴らして声を張った。
「はいはい! では授業を始めますよ! 皆さん集中なさって!」
「「「は、はい! 先生!」」」
担当教師の一括によって、一気に静かになる教室。
するとソフィは再び小声で、リリィへと声をかけた。
「えっと……重ね重ねお疲れ様です。リリィさん」
「ありがとう、シルフィ。君だけが救いだ」
強くなる頭痛を右手で制しながら、リリィはシルフィへと返事を返す。
ようやく落ち着く事ができたリリィ達だったが、リリィ達への奇異の視線は、その後休み時間のチャイムが鳴るまで収まる事はなかった。
そうして向かえた初めの休み時間。
本来この時間は入学者への質問攻めになるべき時間ではあるが、クラスメイトの女生徒達は遠目からリリィ達を眺めるだけで一向に近づいてくる気配すら見せない。
「ううむ。こんな雰囲気では聞き込みひとつもできそうにないな……まずはこのクラスに、そして学園に馴染むところから始めなければならんか」
「そうですね、そう思います。弟のルルは心配ですが、調査をしようにもこんな状況では、少し難しいかと……」
シルフィは困ったように頬に手を当て、周囲の女生徒達の様子を伺う。
女生徒達はシルフィと目が合うと皆一様に顔を背け、こそこそ話を始めた。
「うーん。どうしてこうなった?」
アスカは頭に疑問符を浮かべ、首を傾げながら言葉を紡いだ。
「いや、アスカにも責任の一端はあると思うぞ? まあ、私が年上すぎるのと、私の制服が似合っていないというのもあると思うが―――」
「いえ! そんなことありません! リリィさんは格好良いです!」
「そ、そうか? ありがとうシルフィ」
ふんすと鼻息荒くしながら擁護してくれるシルフィに対し、お礼の言葉を返すリリィ。
シルフィはぐっと両手を握り込みながら言葉を紡ぎ、リリィは腕を組みながら言葉を続けた。
「とりあえず普通に学園生活を送って、私達が無害であることを伝える必要があるな……。アスカ、変な行動は控えるようにな?」
「失敬な! あたしがいつ変な行動したってのさい!」
「いや、普段から変な行動ばかりしているだろうが……」
リリィは再び襲ってきた頭痛を抑えるため、右手で頭を支える。
アスカはそんなリリィを見ると、ぶーと口を3の形にしながら、シルフィへと言葉を紡いだ。
「ねーねーシルフィっち。なんかこう、一発でみんながリリィっちを認めてくれるようなイベントとかないの? 例えば、こう……なんも思いつかないけど、とにかく何かない?」
あまりにもアバウトすぎる質問をするアスカ。
リリィはそんなアスカに声を荒げた。
「無茶振りをするなアスカ! シルフィも困るだろう!」
「ええー? そーかなぁ」
案の定リリィに制され、椅子の背もたれに頬杖をつくアスカ。
シルフィはしばらく何かを考えるように曲げた人差し指を顎に当てると、やがて言葉を返した。
「うーん。ごめんなさい。今は特に思いつかないですが……この学園では日常的にテストが行われていますから、その中で活躍すれば、皆一目置くと思います」
シルフィの“テスト”という単語に反応したアスカは、一瞬苦虫を噛み潰したような顔をする。
そしてそのまま、リリィへと言葉をぶつけた。
「テストかぁ……苦手だなぁそういうの。リリィっちに任せた! よ! 剣士様!」
「剣士関係ないだろう! というかお前も剣士だろうアスカ!」
唐突に振ってきたアスカに対し声を荒げるリリィだったが、アスカは「まーまー」とヘラヘラしながら、ぽんぽんとリリィの肩を叩いた。
二人の会話を聞いていたシルフィは時間割を見つめると、リリィ達へと言葉を紡ぐ。
「あ、そういえば次は基礎教科のテストがありますが……お二人は始めてのテストですし、ご自身の実力を測るものとして気軽に受けていただければよいと思います」
丁寧にテストの説明をするシルフィ。
しかしシルフィの言葉を聞いたアスカは、ぐでーっと机に突っ伏した。
「ええー? 基礎教科のテストぉ? なんかつまんなそー……」
「ふふっ。おっしゃるとおり、あまり楽しいものではないかもです。私も含めてクラスの大半の生徒が憂鬱に思っていますね」
ぐでーっとしたアスカの様子を見ると、シルフィは小さく笑いながら言葉を紡いだ。
リリィはシルフィの言葉を受けると、頭の上に豆電球を点灯させ、ごそごそと自身の鞄の中をまさぐった。
「基礎教科のテストか……よし、今から教科書を読んでおこう」
「えっ!? い、今からですか? 休み時間ももう残り少ないですし、無理はしないほうが……」
リリィはパラパラと教科書をめくり、高速で左右に瞳を動かしていたかと思うと、ぱたんと教科書を閉じる。
「読み終わった」
「はやっ!?」
シルフィは思わず言葉が乱れ、そんなリリィへと言葉をぶつけた。
「あははっ。リリィっち嘘はいけない。そんな短時間で読み終わるわけないじゃーん」
アスカはげらげらと笑いながら、リリィへと言葉を紡ぐが、リリィはむっとしながら、アスカへと返事を返した。
「いや、本当に読んでいるのだが……まあいい。テストが終わればわかることだ」
アスカは「またまた強がっちゃって~」と、そんなリリィの頬をつついて、またリリィからチョップを食らっていた。
「あ、先生が入ってきましたね。いよいよテスト開始です」
「む、そうか。円滑な調査のためにも、頑張って学園に溶け込まなければな」
リリィは腕を組んだまま、テスト用紙が配られてくるのを待つ一方、 アスカは相変わらず「やだな~」と連呼しながら、机に突っ伏していた。