第46話:購買へ行こう
「ううむ……やはり、この格好はちょっと……いやしかし、これもシルフィのためだ!」
晴れて全員合格となった入学試験から、数時間後。
一行は学園内の購買にて全員分の制服を購入し、それを試着していた。
今リリィは試着室の中で制服を試着し、試着室内部の鏡で己の姿を見ると、その姿にため息を落としていた。
「リリィさーん。制服着れましたか?」
皆の付き添いで購買まで来ていたシルフィは、試着室の外から試着室の中のリリィへと声をかける。
リリィはシルフィの声を聞くと、慌てて返事を返した。
「あ、ああ! 今出る!」
リリィは制服を着用したままで、試着室のカーテンを開く。
あらわになったリリィの姿に、リースとシルフィは「おおーっ!」と歓声を上げた。
「凄い……格好いいです、リリィさん!」
「うんうん! イケてるよ!」
シルフィとリースはキラキラとした瞳で、制服を着用したリリィを見つめる。
シルフィ達の瞳に映るリリィは黒く艶のある髪を結っており、赤い縁のメガネが印象的だ。制服は胸のあたりがかなりきつそうだが、特におかしなところはない。腰元に剣を下げているところがいかにもリリィらしく、また手甲と足防具はそのままなので、かなり武闘派な印象を受ける。
しかしシルフィ的にはストライクだったらしく、「よくお似合いです!」とかなり興奮した様子である。
「リリィさんって美人さんだったんですね。フードに隠れていて、全然わかりませんでした。それに、その……お体も凄く、格好いいです」
シルフィは頬を紅潮させながら、もじもじと両手を合わせる。
これまでミラージュマントの効果によって隠れていたが、リリィの体(特に胸)は豊満である。顔もミラージュマントのフードによってずっと隠されてきたが、実はかなりの美人だった。
もっともリリィ自身はかなり微妙な表情で、シルフィ達の賛美を受け取っていたのだが。
「うぷぷっ。リリィっち胸が制服に収まりきってないじゃん。だっさー!」
「……言ってて虚しくねえか? アスカ」
「ちっくしょおおおお! どうせあたしは収まりの良い胸ですよ!」
同じく制服を着た状態のアスカに対し、ツッコミを入れるアニキ。
アスカは「どちくしょうめ! ちくしょうめ!」と、地面をバンバンと叩いた。
どうやらリリィの豊満な胸が、アスカの心の傷を抉ってしまったらしい。
「リースと団長も制服を着たんだな……リース、良く似合ってるぞ」
リリィはアニキ達男子制服組を見つめ、言葉を紡ぐ。
きっちりと子どもサイズの制服を着たリースはある意味歳相応で、メンバーの中ではアスカの次に良く似合っている。
模範的に制服をきっちりと着ており、なんとなく新入生のような初々しさが感じられた。
そんなリースとは対照的にアニキはその性格からか非常に着崩してしまっており、ズボンからワイシャツは飛び出しているし、上着はもはや羽織っているだけだ。
もっとも普段は上半身裸のアニキがここまで制服を着てくれただけでも奇跡なのかもしれないが、見た目だけで言えば完全にどこぞの不良である。
リリィがそんな二人に目を奪われていると、アスカはリリィへと飛びついた。
「もーリリィっち! あたしはどうなのさ! 似合ってるっしょ!?」
「ええい、くっつくなアスカ! くっつかれたら見えないだろう!」
リリィからのツッコミに「あ、それもそっか」と両手を合わせたアスカは、リリィから離れてくるりと一回転してみせた。
「なるほど……なんだかアスカが一番歳相応で、制服が似合っているような気がするな。……腰元の刀を除いては、だが」
「ぶー! リリィっちだけには言われたくないんですけどぉ!」
ぶーぶーと文句を言うアスカに対し、「確かにそうだ。すまん」と謝るリリィ。
リースはそんな二人の様子を見ると、純粋な疑問をぶつけた。
「そういえばシルフィさん。リリィさんたち普通に剣を持っちゃってるけど、大丈夫なの? 校則とかあるんだよね?」
リースは首を傾げながら、シルフィへと質問する。
シルフィはそんな一行(主にリリィ)をぼーっと見つめていたが、リースの声で意識を取り戻し、慌てて言葉を紡いだ。
「はっ!? え、えっと、剣と防具はちょっと……どうでしょう。もしかすると校則違反かもです」
「なっ!? 本当か!? 剣士にとって剣は命なのだが……」
リリィはシルフィの言葉に絶望し、シルフィの肩を掴んで言葉をぶつける。
シルフィは目前に迫ったリリィの顔に頬を紅潮させながらも、ポケットの中を探り、生徒手帳を取り出した。
「ち、ちょっとお待ちくださいね。今確認してみます」
シルフィは焦る手元で学生手帳を取り出し、校則の服装規定について確認する。
しばらくページをめくっていたが、あるページにさしかかると、シルフィは安心したようにため息を落とし、言葉を送った。
「あっ、ごめんなさい。校則には“過度に派手な服装は控えること”としかありませんので、恐らく大丈夫だと思います。よく考えてみたら、剣術部の子などは剣を持っていたりしますし、魔術部の子は杖を持っていたりしますから、問題はなさそうですね」
シルフィはにっこりと微笑みながらリリィとアスカへ言葉を紡ぎ、 その言葉を受けた二人は、ほっと胸を撫で下ろした。
「ふぅ。よかった。取り上げられたらどうしようかと思ったぞ」
「あたしもだよ~。これ家宝の刀だから、没収はマジシャレになんねえっす」
リリィとアスカは互いに顔を合わせ、剣士同士意気投合した様子で「よかったなぁ」と語り合う。
ニコニコしながらそんな二人を見守っているシルフィだったが、肝心なことを伝え忘れていたことに気付き、慌てて言葉を発した。
「あっ!? そ、そうです。皆さんは明日から授業開始ですので、今日のところはとりあえず、宿舎までご案内しますね」
慌てた手つきでぽんっと両手を合わせたシルフィに、今度はリリィが口を開いた。
「そういえばシルフィ。クラス分けはどうなっているんだ? 私達は何も聞かされていないのだが」
入学試験を担当した教員から何も聞かされていないリリィは、シルフィへと質問する。
シルフィは「あっ!? ご、ごめんなさい! それも伝え忘れてました!」と勢い良く頭を下げ、言葉を続けた。
「基本的にシルフェリア学園は男女別の校舎ですので、まず皆さんは性別ごとに二つに分かれていただきます。リリィさん、アスカさんは私と同じクラスみたいですね」
「なるほど、そうか。男女は別。男女は……なにいいいいいい!?」
「ひゃうっ!? ご、ごめんなさいい!」
突然リリィに大声を出されたシルフィは、反射的に頭を守りながら謝罪した。
「どしたんリリィっち。あたしは一緒にいるんだし、リースちゃん達と別れても問題ないんじゃない?」
アスカはリリィが自身の角のことを心配しているのだと思い、リリィへと言葉を紡ぎ、リリィはアスカの言葉を受けると、一旦大きく呼吸をして自らを落ち着かせ、やがて言葉を返した。
「いや……大いに問題だろう。暴走したあの馬鹿団長を、リース一人で止められると思うか?」
「あー……にゃるほど。そりゃ無理ってもんだねぇ」
アスカは暴走したアニキとそれに振り回されるリースを想像し、うーんと腕を組んだ。
「でもまあ、男女別じゃどうしようもないよ。逆に言えば、リースちゃん一人よりはアニキっちがいたほうが安全でいいんじゃない? アニキっち強いんでしょ?」
「むぅ……まあ、それはそうだが……」
アスカに説得されたリリィは、同じく腕を組みながら返事を返す。
まだ納得しきれていない様子のリリィの背中を、アスカはバンバンと叩き、言葉を続けた。
「にゃっはっは! リリィっちも心配性だなぁ。アニキっちなら大丈夫だって! ね? アニキっち!」
両腕を組んだ状態でこくりこくりと眠りに入ろうとしていたアニキは、突然のアスカの言葉を受け、はっと目を覚ます。
そのまま寝ぼけ眼で、返事を返した。
「んあ? なんか言ったか? ちょっと寝てたぜ」
「し、心配だ……」
リリィは立ったまま寝ようとしていたアニキに頭痛を感じながら、片手で頭を抱えた。
「まあこうなったら、リースっちに全てを託すしかないって。リースっち、ガンバッ♪」
何故か楽しそうなアスカはウインクしながら、突然リースにガッツポーズを送る。
それを受け取ったリースは、動揺した様子で返事を返した。
「えっ!? な、何!? 何を頑張るの僕!?」
わたわたと両手を動かしたリースは、アスカへと言葉を紡ぐ。
しかしアスカは「ガンガンバッ♪」と言葉を続けるだけで、それ以上の情報を伝えてはくれなかった。
それを見たリリィはぽんっとリースの肩に片手を置き、やがてゆっくりと言葉を紡いだ。
「リース…………達者でな」
「ええっ!? リリィさんまで何!? 最後の別れみたいな顔しないで!」
リースはリリィの悲しそうな表情にさらに動揺し、両手で頭を抱えてぶんぶんと横に振る。
アニキはそんなリースの首根っこを掴むと、そのまま肩車した。
「なぁに男のくせにわたわたしてんだよおめえは。どーんと構えとけどーんと! あっはっはっは!」
「いや、原因はお前なんだがな?」
大笑いをするアニキに対し、冷静にツッコミを入れるリリィだったが、 アニキはリリィの呟きも耳に入っておらず、リースの足を掴みながら大笑いを続けた。
シルフィは会話がひと段落したことを見計らい、皆の前へと歩みを進めた。
「えっと……とりあえず、お話を続けてもよろしいでしょうか? 皆さんを宿舎にご案内したいのですが……」
「あ、ああ、すまないシルフィ。続けてくれ」
シルフィに対し、返事を返すリリィ。
しかしさっきの話が終わりそうになっていることに危機感を感じたリースは、慌てて右手を突き出し、言葉をぶつけた。
「いやちょっと待って! 僕は何を頑張るのおおおお!?」
リースの渾身の叫びが、購買の天井にぶつかって木霊する。
こうしてリリィ達の入学準備は着々と進行し、明日の入学初日を迎えるのだった。