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第45話:到着、シルフェリア

 学園都市シルフェリアは、大陸の中央に位置する一大国家である。

 最も大きな施設はその名の通り“魔術学園シルフェリア”であり、ここには数万人規模の生徒が通い、魔術の開発や能力の育成に努めている。

 また、魔術だけでなく基本的な教養も教えてくれるとあって、諸外国の貴族からも評判が良く、能力のない子どもであっても、特例として貴族の子であれば通学しているというのが現状だ。

 シルフェリアの門をくぐった一行の目の前に、ひとつの巨大な坂と、そのふもとに広がる大市場が見えてくる。

 リースは門をくぐった先にある巨大な坂と、その先に見える王城。そして開けた市場の開放的な雰囲気に、瞳をキラキラさせて辺りを見回した。


「うわぁ……! 凄い凄い! シルフィさんと同じ服を着た人が沢山いるよ!」


 道行く人々の中には大人も少数見られるものの、そのほとんどは制服を着た学生……すなわち十代の少年少女達である。

 シルフィの話ではリリィ達大人でも入学できるということだったが、実際には在学者のほとんどが入学可能になる五歳から十五歳程度の少年少女だった。前述した通り、それは幼い頃からこの学園に通わせる両親が多いことの現れである。


「ふふっ、そうですね。みんな私と同じ、シルフェリア学園の学生さんです」


 シルフィははしゃぐリースを微笑ましく見つめ、笑いながら言葉を紡ぐ。

 リースは「そうなんだー!」と返事を返し、相変わらずキョロキョロと辺りを見つめた。

 しかしそんなリースとは裏腹に、リリィの表情は暗い。


「ああ……私としたことが、取り乱して性別を明かしてしまうとは、なんたる失態だ……!」


 以前入学テストの対策として岩を持ち上げた際、リリィはシルフィと同じ制服を着ることに同様してしまった。

 それはイコール、リリィの性別が女性であることの証明であり、当然シルフィにも「リリィさんって女性だったのですね」とあっさりバレてしまった。

 リリィは顔を両手で覆い、絶望に打ちひしがれる。

 アニキはそんなリリィを見ると、ボリボリと頭を搔いた。


「そりゃまあ、あんだけ女子の制服を嫌がったらバレるわな。まあいいじゃねーか。竜族ってことさえバレなきゃ大丈夫だろ」

「ばっ!? 馬鹿者! 気軽に竜族などと口にするな!」

「いやいや、お前のが声でけえから。とりあえず落ち着け」

「ぐっ。き、貴様にそれを言われるとは……大ダメージだ」


 アニキのもっともな指摘に、がっくりと肩を落とすリリィ。

 アスカはそんな二人に近づくと、二人の肩をとんとんと叩いた。


「おーいお二人さん。シルフィっちが早速入学試験を受けようってさ」

「おう。わかった。じゃ、行くか」

「うう……そ、そうだな。依頼を受けた以上、最後までやりきらなければなるまい」


 アニキはあっけらかんとした態度で、リリィはがっくりと肩を落とした状態でアスカの後ろをついて歩く。

 こうして一行は入学試験を受験するため、事件の舞台、シルフェリア学園へと向かった。







 シルフェリア学園は、広大である。

 校門から校舎までは歩いていける距離にあるが、その間でも噴水、広場、公園やベンチなどがあり、校舎自体も四階建て以上の大きなものが数十個存在する。

 運動場はもちろん、プールや屋内ホールまでも完備し、学食や購買もそこらの商業都市のものと遜色はない。

 学園だけを見ても、大規模な地方都市クラスの広さを誇っていた。

 そんな学園の門をくぐった一同は、同時に感嘆の声を上げた。


「これは……凄いな。広さもそうだが、細かいところまでよく整備されていて、ゴミひとつ落ちていない」


 リリィは清潔な学園環境に驚き、思わず言葉を落とす。

 シルフィは嬉しそうに、その言葉に応えた。


「この学園は清掃員の方が逐一清掃してくださいますので、いつも清潔なんですよ。あ、でも教室の掃除は情操教育もかねて生徒が行うことになっていますが……」

「ふむ。なるほどな。それは良い制度だ」


 リリィは納得した様子で、こくこくとシルフィの言葉に頷く。

 シルフィはリリィが納得してくれたことを確認すると、一歩前に出て皆の方に向き直り、さらに言葉を続けた。


「えっと、では早速ですが、私は入学試験の手続きをしてきます。皆さんのお名前をここに書いて頂けますか?」


 シルフィは少し焦った様子で胸ポケットからメモ帳を取り出し、リリィへと手渡す。

 それを受け取ったリリィはメモ帳に名前を書き、次にリースへと手渡す。その後全員でメモ帳を回して名前を書いていき、やがて全員分の名前がメモ帳に記された。

 シルフィは最後に名前を書いたアニキからメモ帳を受け取り、その内容を手早くチェックする。


「はい、おっけーです。では皆さんは試験管さんが呼びに来るまで、この先にある広間でお待ち下さい」


 シルフィは道の先にある大きな扉を手のひらで指し示し、一行へと言葉を紡ぐ。

 リリィが「ああ。了解した」と返事を返すと、シルフィは急ぎ足で、しかし走ることはせず、建物の中へと消えていった。


「……シルフィの奴、ちょっと焦ってたな」

「うむ。弟が失踪中なんだ、無理もないだろう。我々が少しでも彼女の力にならなくてはな」


 アニキのぽつりとこぼした言葉に対し、腕を組みながら返事を返すリリィ。

 そんなリリィ達に、両手を上げたリースが応えた。


「そのためにも、まずは広間に行って待機しなくっちゃ。でしょ?」


 リースはおー! っと両手を上げ、二人へと言葉を紡ぐ。

 二人はそんなリースの姿に微笑み、頷いた。


「そうだな。その通りだ。まずはシルフィに言われた通り、広間で待機するとしよう」

「だね! よっしゃ、れっつごー!」


 アスカの拳を振り上げた号令に対し、「おー♪」と応えるリース。

 こうして一行は清潔な学園内を進み、広間へと足を踏み入れた。






「ふわぁ……凄い。きれーな部屋だねぇ」


 リースは広間に入るなり、ぽかんと口を開けて言葉をもらす。

 同じく広間に入ったアスカも同じように口を開け、キョロキョロと辺りを見回した。


「ほんとだぁ。こりゃすげえや……」


 アスカとリースの視界には、清潔に掃除された状態の大広間が広がっていた。

 ふかふかのソファと高い天井、そして装飾のなされた壁には、どこか気品すら感じられる。

 まるで貴族の家のようなその内装は学園内で統一されているらしく、広間に入るまでの廊下も、同じように装飾されていた。

 この分だと教室や講堂すらも、同じように装飾されていることだろう。


「見事だな……と、見とれてばかりもいられん。まずはそこのソファに座るとしようか」


 リリィは落ち着いた様子で、部屋の奥に設置されたソファへと歩きだす。

 そんなリリィを見たリースは「あ、僕も僕も!」と声を出し、ソファへとダイブした。


「あっ!? こらリース! 行儀が悪いぞ!」

「えへへ、ごめんなさいリリィさん。でもこのソファ、ふっかふかだよ」


 リースはリリィに怒られ普通にソファに座るが、そのままぽよぽよと上下に揺れる。それもふかふかソファの成せる技だった。


「うおー本当だ! あたしここで寝れるよ!」

「……本当に寝るなよ? アスカ。試験管がここに我々を呼びに来るのだからな」


 リリィはそのまま眠りそうなアスカに注意しながら、ゆっくりとソファに腰を下ろす。

 するとふんわりとした感触が、お尻を柔らかに押し返してきた。


「おお……これは、確かに見事な感触だな。野宿慣れした我々には毒になるくらいだ」


 リリィは座った状態でふよふよとソファを触り、おおおと声を出す。

 興味深そうにソファに座るリリィを見ながら、乱暴にソファに腰掛けたアニキは、思い出したように言葉をぶつけた。


「そういえばよぉ、お前角はどうすんだ? まさかその格好のまま入学ってわけにはいかねえだろ」

「あっ!? そ、そうか。そう言われればそうだな。どうしたものか……」


 リリィは今頃気付いた自分自身を戒めながらも、どうしたものかと思案に暮れた。


「ていうかさー。どうせ制服で性別はバレちゃうんだし、そのマント取っちゃえば? 角は髪を編みこんで隠せばいいじゃん」

「か、髪をか? うーん、私は今までそういったことには無縁だったからな……」


 リリィは自身の髪に触れ、過去を顧みるが、自身の髪を結ったりした経験は皆無だったことを思い出す。

そしてアスカに対し、自身に髪を編むスキルがないことを伝えた。

 それを受けたアスカは、ぽんっと両手を合わせた。


「ああ、それならお姉ちゃんに任せるといいよ! お姉ちゃんそういうの得意だし!」


 アスカはカレンを呼び出し、「どう? お姉ちゃん」と尋ねてみる。

 カレンは少し悩むような仕草を見せながらも、やがてこくりと小さく頷いた。


「そうか……まあ、ものは試しだ。カレン、やってもらえるだろうか?」

「……!」


 少し恥ずかしそうに頼むリリィに、カレンはこくこくと頷く。

 そうしてアスカとカレンはリリィの後ろへと移動し、カレンはリリィの髪を優しい手つきでそっと掴む。

 リリィの髪はサラサラロングの黒髪で、光に反射するほどの光沢を放っていた。






「これは……凄いな。本当に角が隠れている」


 リリィは広間にあった鏡に向かい、自身の角が隠れていることを入念にチェックする。

 しかしどの角度から見ても、リリィの髪は結っているだけにしか見えなかった。


「あと、その赤い目も一応隠しちゃおう! てってれー♪ “カラフルメガネ”~♪」


 アスカは懐からごそごそと赤い縁のメガネを取り出し、リリィへと見せびらかしてみせる。


「竜族以外にも赤い目の種族はいると思うが……まあ、隠せるなら隠した方がいいな。しかし、このメガネは一体どうしたんだ?」


 リリィはメガネを受け取りながら、アスカへと質問する。

 アスカはリリィの言葉を受けると、ぐっと親指を立ててそれに応えた。


「さっきの市場で売ってたから買っといたんだ! 今学生の間で流行ってる、瞳の色が変えられるメガネなんだってさ! ちなみにそれは青い瞳になるから、リースちゃんとおそろだね♪」

「わぁ……! リリィさんが青い眼になるの!? 見たい見たい!」

「うう、む。そこまで期待されると少しかけ辛いが……まあいいか」


 リリィはそっとメガネをかけ、鏡を覗き込む。

 そこには青い瞳に編みこんだ髪、そして赤い縁のメガネをかけた自分が立っていた。

 普段見慣れている眼の色が変わるというのは、なんとも言えない気分である。


「えっと……こんな感じ、か?」


 リリィは鏡でメガネのフレームにかかってしまった髪を整えると、一行の方に向かってくるりと体を反転させる。

 その瞬間「おおーっ」というリースとアスカからの歓声がリリィを包んだ。


「いいねリリィっち! 勉強できそう! ていうかカッコいい!」

「うんうん! メガネ似合うよリリィさん! 瞳の色も僕とお揃いでちょっと嬉しいな!」


 アスカは拍手をしながら言葉を紡ぎ、リースも同じく拍手をしている。

 アニキは興味がなさそうにしながらも、横目でその様子を見守っていた。


「あ、ありがとう。なんだか気恥ずかしいな……」


 リリィは自身の姿を褒められるのに慣れていないのか、少し頬を染めて二人に応える。

 その時試験管らしき男性が、広間のドアを開いて中に入ってきた。


「失礼。陽山アスカさんという方はいらっしゃいますか? 一番目ですので、こちらの試験会場へどうぞ」

「あ、はいはーい♪ 今行きまーす♪」


 アスカは試験管に呼ばれ、スキップ交じりで試験管の元へと向かっていく。

 リリィはそんなアスカに、片手をメガホンの代わりにして言葉をぶつけた。


「アスカ! いつも通りやれば大丈夫だ!」

「アスカさん! 頑張って!」

「あいよん♪ まあ泥舟に乗ったつもりで待っていてくれたまへ♪」

「泥舟だと沈む! 沈むよアスカさん!?」


 アスカのまさかの一言に対し、ツッコミを入れるリース。

 アスカは「あ、間違えちった♪ ドンマイ♪」と親指を立て、大広間を後にした。


「ううむ。不安だ……」

「だね……」


 不安そうに腕を組むリリィと、同じく不安そうに胸に手を当てるリース。

 数分後アスカが「ごうかくだー!」と広間に転がり込んでくるまで、二人の不安は消える事はなかった―――


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