第44話:魔術学園都市へ
ロードも手に入れて、順風満帆な一行は、サルカゲニアという地方都市に到着していた。
サルカゲニアはこれといった特徴はないものの、行き交う旅人の多さから、それなりの規模を持った街である。
「へー、結構いい街じゃねえか。なあ馬鹿剣士」
「ああ。そうだな……」
リリィは珍しくアニキの言動に食ってかからず、ゲンナリとした様子で肩を落とす。その後リリィは厳しい表情で道具袋の中からお金を取り出すとそれを見つめ、苦々しく呟いた。
「そんな事より、お金が…………お金が、ない!」
リリィの手のひらには、数枚の硬貨があるのみで、残念ながら紙幣は見当たらない。
これではパーティ全員分の宿代どころか、旅を続けるのも厳しいだろう。
「あー、なんか腹減ったな! おい馬鹿剣士! 肉食おうぜ肉!」
「うるさい馬鹿者! 貴様が肉ばかり食べているからここまで旅費が乏しくなったのだろうが!」
リリィは無神経な発言をするアニキに対し、声を荒げる。
アニキはボリボリと頭を搔きながら、リリィの手のひらを見つめた。
「あん? なんだよ。もう金ねえのか? ……げっ」
「……わかってくれたか?」
リリィはアニキの反応を見ると、さらにため息を落とす。
リリィとアニキはただ無言で、しょんぼりとした額の所持金を見つめた。
さすがのアニキも現実を直視したせいか、すっかり静かになってしまったようだ。
「こりゃ、確かにやべえな。仕方ねえ。この街のダブルエッジの支部で依頼でも受けるとしようぜ」
アニキは頭の後ろで手を組みながら、リリィへと言葉を紡ぐ。
その時アスカが、話に割って入ってきた。
「はい、しつもーん。“だぶるえっじ”って何さ?」
アスカは片手を上げて質問しながら、小さく首を傾げる。
リリィはその当然の疑問に応えるべく、アスカへと体を向けた。
「ああ、ダブルエッジというのは“ハンター集団”の事だな。一言で言ってしまえば“なんでも屋”のことだ。私とリースはその集団に所属するハンターで、この団長はクロイシスという街の支部団長をやっている」
「へあー! だからリリィっちはアニキっちのこと“団長”って呼んでたんだねぇ。今までずっと気になってたんだよー」
アスカは頭の後ろで頭を組み、疑問が解消されたことに満足して歯を見せて笑った。
「ふむ。それでダブルエッジという組織は全世界に支部を持っていてな。恐らくこの街、サルカゲニアにもその支部“サルカゲニア支部”があるだろう。その支部で我々ハンターは、国や個人から依頼を受けてそれをこなすことで、収入を得るというわけだ」
リリィは腕を組みながら、長々とダブルエッジについてアスカに説明する。
アスカは人差し指を顎に当て、そんなリリィに応えた。
「つまり、サルカゲニア支部はなんでも屋さんの受付ってわけだね。おっけー、わかった!」
にししと笑いながら指で丸を作ってみせるアスカに満足したリリィは、さらに言葉を続けた。
「ふむ。それはよかった。では早速だが、サルカゲニア支部に向かうとしようか」
「れっつごー! おー!」
「おー!」
アスカの掛け声に合わせ、その小さな手を天に掲げるリース。
リリィは姉弟のような二人の様子を見ると微笑み、サルカゲニア支部に向かって歩みを進めた。
サルカゲニア支部に到着したリリィは、さっそく受付へと向かい、何か大きな依頼はないかと尋ねる。
四人分の旅費を稼ぐ以上、雑魚狩りなど小さな仕事では間に合わない。ここは、ボスモンスター級の大きな仕事を受けたいところだった。
「大きな仕事ねぇ……あるにはあるが、こいつはなぁ。泊りがけになるし、拘束時間も長いぜ?」
リリィは受付から話を聞くと、アスカへと向き直って問いかける。
「ふむ……アスカ、旅費を稼ぐため、少し寄り道をしても構わないだろうか? ロードを手に入れたし、一刻も早く創術士を探しにいきたいとは思うのだが……」
アスカはそんなリリィからの言葉を受けると、笑いながら返事を返した。
「もっちろんいいよ! これまでも寄り道だらけだったし! ね、お姉ちゃん!」
「……!」
カレンはアスカの言葉を受け、こくこくと力強く頷く。
それはそれでどうなんだ? とリリィは頭に疑問符を浮かべるが、ここはアスカの言葉に甘えることにした。
「こちらは泊りがけでも大丈夫だ。それで、その仕事はどんな仕事なんだ?」
リリィは受付係へと体を向きなおし、さらに言葉を続ける。
受付係の男はそんなリリィの背後にある影を見つけると、笑いながら言葉を返した。
「ああ、ちょうどその依頼の依頼人が来たぜ。詳しくは本人から聞いてくれや」
「あ、ああ、そうか。わかった」
受付係に礼を言うと、リリィは体を支部の入り口へと向ける。
そこでは気弱そうな少女が学生服を着て、もじもじと両手を合わせていた。
リリィは出来るだけゆっくりとした歩調で、相手が怖がらないよう、その少女へと近づいた。
「あ、あの、皆さんが私の依頼を受けて下さったのでしょうか?」
「ふむ。その通りだ。君の依頼は我々が受けた。依頼内容を説明してもらえるだろうか?」
リリィは相手が年端もいかぬ少女と分かると、できるだけ優しい声で言葉を紡ぐ。
少女はそんなリリィの言葉を受けると、動揺した様子で返事を返した。
「あのっ。弟を……弟を探してください! シルフェリア学園で、行方不明になってしまったんです!」
「!? 行方不明とは、穏やかでないな。ゆっくりと、落ち着いて事情を話してもらえるかな?」
リリィは手甲を外すと、ぽんと少女の肩に手を乗せ、出来る限りゆっくりとしたテンポで言葉を紡ぐ。
少女は暖かいリリィの体温に安心した様子で、さらに言葉を続けた。
「あっ、ご、ごめんなさい。あの、私この街の近くにある”学園都市シルフェリア”で学生をしている、シルフィと申します。実は弟のルルが、もう一ヶ月も行方不明になっているんです」
「一ヶ月か……それは、ただ事ではないな」
リリィは腕を組み、真剣にシルフィの言葉に耳を傾ける。
シルフィは真剣な様子で話に聞き入るリリィに、さらに言葉を続けた。
「お願いします! シルフェリア学園に転入して、私と一緒に弟を探してください! お礼はいくらでもお支払いしますから!」
「えっ!? て、転入!? 我々がその学園に通うのか!?」
思いもしないシルフィの言葉に驚き、声を荒げるリリィ。
シルフィはそんなリリィの様子に逆に落ち着きを取り戻したのか、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「あ、大丈夫です。シルフェリア学園に年齢制限はありませんから、皆さん転入は出来ると思います。ただ、何かしらの魔術や能力を持っていることが入学条件になりますが……」
言いにくそうに条件を言うシルフィに対し、アニキは頭の後ろで手を組み、口を挟んだ。
「ふーん。なら俺とリースとアスカは、炎術・創術・陽術でセーフだな。馬鹿剣士、おめえなんか出来ねえのかよ?」
話を聞いていたリリィは、曲げた人差し指を顎に当て、どうしたものかと思案に暮れる。
しかし中々良い答えは出なかった。
「ううむ……参ったな。私の取り得と言えば、剣術くらいのものだが……」
リリィはポリポリと頬を搔き、どうしたものかと考える。
シルフィは困ったように眉をひそめ、言葉を続けた。
「そうですね……剣術部というものはありますが、剣術だけで入学というのは、ちょっと難しいかもしれません……」
むむむと眉間に皺を寄せながら、どうにかできないかと考え込む。そんなシルフィに対し、さらにアニキが言葉を続けた。
「ていうかよ。肉体強化の術とかねえのか? こいつ馬鹿力だから、それで誤魔化せるんじゃねえの」
「あっ!? な、なるほど、そうですね。確かに肉体強化の魔術はありますから、リリィさんがその、とっても力持ちであれば入学できると思います」
納得した様子のシルフィはぽんっと両手を合わせ、ニッコリと微笑みながら言葉を紡いだ。
そんなシルフィの様子に、リリィは同じように安心した様子で、返事を返した。
「ふむ……ではとりあえず、外に出ようか。私の力が入学条件を満たしているかどうか、まず君が判断してみてくれ」
「あっ……はい! わかりました! よろしくお願いします!」
シルフィはリリィの言葉を受け、ぺこりと頭を下げる。
リリィは初々しいシルフィの様子に静かに微笑むと、支部の扉をゆっくりと開いた。
リリィの腕力を測るためのテストを行うべく、街の近くにある岩石地帯へと移動した一行。
岩石地帯に到着するなりシルフィはキョロキョロと周囲を見回すと、ちょうど手ごろな大きさの岩を見つけたのか、瞳を輝かせた。
「あっ! あれです! 肉体強化系の試験なら、あれくらいの岩石が持ち上げられるかテストされると思います!」
シルフィは大体2mほどの大きさをした岩石を指差し、リリィに向かって言葉を発する。
リリィはその言葉を受けると、指差された岩石を眺め、拍子抜けした様子で返事を返した。
「なんだ。あれくらいでいいのか?」
「あれくらいって……とっても大きいですよ!?」
シルフィは想定外のリリィの言葉に驚きながら、返事を返す。
しかしリリィはすたすたとその岩石に近づくと、涼しい顔で右手を使い、岩石をつかんだ。
「ほら。このくらい軽いものだ」
「へっ……!?」
リリィは岩石を掴んだその右手で、軽々とそれを持ち上げる。
シルフィはしばらくぽかんとその様子を見つめ、目の前の現実が信じられないといった様子だ。
「さすがリリィっち! よっ! 馬鹿力!」
「嬉しくない褒め方をするなアスカ! 誰が馬鹿力だ!」
元も子もない言い方をするアスカに対し、声を荒げるリリィ。
アスカはそんなリリィに対し「やー、ごみんごみん」と笑ってみせた。
「でも、これで入学おっけーだよね! ね! シルフィさん!」
リースはキラキラとした瞳で持ち上げられた岩を見つめ、シルフィへと言葉をぶつける。
その言葉を受けてようやく思考を取り戻したシルフィは、慌てて言葉を返した。
「あっ、えっと、はい! 合格です! もう、大、大大合格です!」
シルフィは自身の腕を使って大きな丸を作ってみせ、リリィへと満面の笑顔で言葉を紡いだ。
そんなシルフィの言葉を受けたリリィは、ゆっくりと岩を下ろした。
「ふむ……そうか。それはよかった。…………ん? ちょっと待てよ」
「んあ? どうかしたのリリィっち」
リリィは曲げた人差し指を顎に当て、何か重大なことを忘れていたことに気付き、恐る恐るシルフィへと質問した。
「その……もしかしてなのだが、私達もその、君の着ているような学生の制服を、着なければならないのだろうか?」
「あ、はいっ♪ そうなります♪ では早速、入学試験を受けに行きましょうか♪」
シルフィは依頼を受けてもらえることが嬉しいのか、上機嫌で返事を返す。
しかしリリィはシルフィの言葉を聞いた瞬間、ぶんぶんと顔を横に振った。
「い、嫌だ! というか、無理だ! この歳でその格好はつらい! つらすぎる!」
リリィは数歩後ずさり、シルフィとの距離を取る。
しかし後ずさった先に立っていたアニキに、あっさりと言葉を返されてしまった。
「ああん? 今更何言ってんだお前。いいから行くぞ、ほら」
「やめろおおおおお! 離せええええええええ!」
アニキはリリィが動揺している隙にリリィのマントを掴み、そのままずるずると学園都市まで引き摺っていく。
リリィの「嫌だ」という声は、学園都市が見えてきてもなお、消えることはなかった―――