第38話:決闘開始
「さあ、いよいよカーティス君とブレイブ君、決戦の時です!」
ロックシューターの街には地方都市には珍しく、コロシアムが整備されている。
司会者はそんなコロシアムの司会者席で、拡声器越しの声をコロシアムにやってきた住人達に響かせた。
ロックシューターの昔からの慣習で“もめ毎は決闘で決着させよ”というものがあり、今の領主であるカーティスの父親が、その富を使って建設させたのがこのコロシアムだった。
今では街の観光名所にもなり、住人達の数少ない誇りの一つになっているが、しかし下品な外観から、実は旅人からの評判はあまりよくない。ブレイブもサラも、このコロシアムは好きではなかった。
しかしブレイブは今、そのコロシアムの中心でリリィ達の歓声を浴びていた。
「いっけーブレ君! リリィっちとの修行を思い出せー!」
アスカはどこからか出した扇子を振り回し、ブレイブの応援をする。
ブレイブはそんなアスカの声を聞くと「ブレ君言うな!」と睨みながら返事を返した。
「ふっ……どうやら緊張はしていないようだな。全く、たいした少年だ」
リリィは腕を組み、観客席からブレイブを見守る。
リースはそんなリリィの方を向くと、緊張した様子で質問した。
「リリィさん。ブレイブさんだいじょぶかな? 勝てるよね?」
「案ずるな、リース。教えるべき事は全て教えた」
「そっか……そうだよね」
相変わらず応援に精を出しているアスカをよそに、リースはほっと肩を撫で下ろす。
アニキはリリィと同じように腕を組みながら、そんなリースへと言葉を紡いだ。
「それよりリース。この試合、きっちり見とけや。これからのお前に必要なものが、多分沢山詰まってるだろうぜ」
リースはアニキの突然の言葉に驚きながらも、アニキを見上げた。
「??? うん。わかった。ちゃんと見るよ、僕」
リースはアニキの言葉に疑問符を浮かべ、わからないままこくりと頷く。
アニキは「それで充分だ」と返事を返し、それ以降は沈黙を守った。
一方闘技場内では真剣な表情のブレイブに、カーティスはヘラヘラしながら声をかけた。
「やあブレイブ。なんだか久しぶりだね。昔は一緒に遊んだ事もあったのになぁ」
ブレイブの対面に立ったカーティスはハルバードと盾状のカウンターストーン、そして金色の鎧を装備し、ブレイブへと声をかける。
一方のブレイブはカウンターブレイド以外はサラの作った戦闘用の服を着ているだけで、特にその防御力を向上させるものは見当たらない。
事前の宣言通り、カウンターブレイド一本で戦い抜くつもりなのだろう。
ブレイブはカーティスの言葉を受けると、嫌悪感をあらわにした表情で返事を返した。
「久しぶりだな、カーティス。もっともこれからお前はベッドに行くんだ。しばらく顔を合わせることもないだろうがな」
「ひゅー♪ 言うねぇ。果たして君にできるのかな?」
カーティスは馬鹿にするようにブレイブを見下ろし、ニヤニヤとした下品な笑顔を浮かべる。
そしてそのまま、今度は観客席のサラの方へと視線を向けた。
「サラー! すぐ迎えに行くから、待っていてくれよ!」
「…………」
カーティスの軽薄な言葉を受けたサラは、ただ無言で見返し、特に返事を返す様子はない。
そっけないサラの様子に、カーティスはやれやれといった様子で肩を竦め、顔を横に振った。
「あーあ。何で僕が嫌われ者みたいになってるのかな? この街の害悪は君達親子のような変人だろう?」
「……そうだな。それは否定しねえよ」
ブレイブはカーティスの失礼な言動にも同様せず、逆にそれを認める姿勢を見せる。
そんなブレイブの姿勢には、ある種の余裕すらも感じられた。
カーティスはそんなブレイブの態度が面白く無いのか、今度は声を荒げた。
「ふん! せいぜい余裕ぶってればいいさ! この盾がある限り僕は、絶対に負けないんだからね!」
カーティスは決闘開始の合図を待たず、ハルバードを構える。
それを見た司会者は、慌てて口を動かした。
「おっと、カーティス君の準備が出来たようです。では、決闘開始です!」
司会者はブレイブの様子を確認せずに、決闘開始の合図である鐘を鳴らす。
一方的な司会者の進行にため息を吐きながら、ブレイブはカウンターブレイドを構えた。
「ふん、なんだその変な武器は。変人は武器まで変なのか?」
「!? ふん、こいつが変な武器かどうか、お前の体に直接教えてやるよ」
ブレイブは少し動揺した様子で、今度はカーティスの挑発に軽く乗る。
カーティスはニヤリと笑うとブレイブへと進撃した。
「ふふ、今日は僕の方から行ってやるよ! 格下の相手には、サービスしないとね!」
「おおっとカーティス君、自分から打って出た! これは勇猛果敢です! 普段の防御主体のスタイルではありません!」
カーティスはビッグベアの襲撃から幾度も街を守り、街ではちょっとした英雄に祭り上げられている。
そんなカーティスの基本的な戦闘スタイルは、カウンターストーン製の最強の盾で防御し、相手に隙ができたらハルバードで攻撃するというもの。
しかし今日のカーティスは己の力を誇示するためか、自分からブレイブに襲い掛かった。
「やっぱりな……そう来ると思ってたぜ!」
ブレイブはニヤリと笑うと、カーティスのハルバードの一撃を、カウンターブレイドで受ける。
受けられたカーティスは、予想外の手ごたえに驚いた。
想定外のブレイブの防御力に、カーティスは驚愕した様子で言葉をぶつける。
「へえ! 修行してきたみたいじゃないか! えらいえらい! でも、これはどうかな!?」
「ぐっ……!」
カーティスは楽しそうに笑いながら、次の一撃を繰り出す。
ブレイブはかろうじてそれをカウンターブレイドで受けるが、腕力差によってその体は流され、苦しそうに呻いた。
「あははは! やっぱり僕とお前の間には越えられない壁があるみたいだね!」
「ふっ……ぐうっ!?」
カーティスは縦斬り、横薙ぎなど多種多様な攻撃をたたみかける。
連続して攻撃してくるカーティスの斬撃を全てカウンターブレイドで受け止め、ブレイブはその度に苦しそうにうめき声を上げた。
誰の目から見ても、二人の腕力差は歴然としていた。
「り、リリィさん! ブレイブさん苦しそうだよ!? 本当にだいじょぶなの!?」
リースはブレイブから目を離さないまま、ぐいぐいとリリィのマントを引っ張る。
リリィもまた同じようにブレイブから目を離さずに返事を返した。
「確かに、生まれつき体躯に恵まれたカーティスとの間には、圧倒的な差がある。腕力だけをとるなら、ブレイブは決してカーティスに敵わないだろう」
「そんな……」
リースは絶望的な事を言うリリィに驚愕し、一瞬リリィのほうへと顔を向ける。
リリィはそんなリースの背中をぽんと押すと、言葉を続けた。
「目を離すな、リース。確かに腕力では敵わないが、ブレイブにはとっておきの武器がある。そして私もそれを生かせるよう、修行をさせたつもりだ」
リースは言葉を紡ぐリリィに対し、その顔を見上げた。
「とっておきの、武器……?」
返事を返すリースだったが、やがてリリィに促され、ブレイブへと視線を戻す。
しかしブレイブはカーティスに攻められ続けるだけで、先ほどと状況は何も変わっていなかった。
「ブレ君……!」
悲痛な表情で決闘を見守っていたサラは神に祈るように両手を組み、目を瞑って声をもらす。
そんなサラの祈りも虚しく、カーティスの攻撃は続いた。
修行の成果か、かろうじてカウンターブレイドによる受けと屈み等を使った回避で、ブレイブはなんとか持ちこたえている。
だが、ブレイブのその表情には疲労の色がありありと表れ、倒れるのも時間の問題のように見えた。
しかし―――
「くそ……! 何故だ! 何故倒れない!」
「はあーっ……はあーっ」
カーティスはいつまでも倒れないブレイブに苛立ちを感じ、声を荒げる。
ブレイブは荒い呼吸を続けながらもカーティスから一瞬も目を離さず、逆に気合で、カーティスを後退させた。
「いい気合だ。野郎やるじゃねえか」
アニキは腕を組みながら、満足そうに笑う。
リースはそんなアニキを見て、声を荒げた。
「そんな悠長な! 確かに後退させてはいるけど、ブレイブさんボロボロだよ!? これから一体どうするの!?」
リースは心の底からブレイブを心配し、言葉を荒げる。
リリィはぽんとリースの頭に手を乗せ、返事を返した。
「大丈夫だ、リース。ブレイブの目を見てみろ」
「えっ!? あ……」
リースはブレイブの目を見ると、思わず声をもらす。
ブレイブは荒い呼吸を吐きながら、カーティスを見据え、動かない。
しかし瞳の奥の光は決して萎えてはおらず、むしろカーティスが斬撃を加えるたびに強くなっているように見える。
その凄まじい闘志に、リースとサラは口を閉じ、そんなブレイブを真っ直ぐに見つめた。
「くそっ! 面白くない面白くない面白くない! 何なんだよお前! 倒れろよ! 僕には敵わないって、もうわかっただろ!?」
「はあーっ……はあーっ」
カーティスはついに半狂乱状態となり声を荒げる。
それでもブレイブは瞳の奥の光を絶やさず、真っ直ぐにカーティスを見据え続けた。
リリィはブレイブから視線を外さず、リースへと言葉を紡いだ。
「よく見ておけ、リース。彼の戦う理由は、父親の夢のため、サラのため……色々あるが、結局のところ彼は、“意地”であそこに立っている」
「意地!? そんな……ただの意地であそこまで出来るものなの!?」
リースはリリィの言葉に驚き、声を荒げる。
アニキはリリィの言葉に驚いたリースに対し、リリィに変わって言葉を続けた。
「ただの意地じゃねえ……あいつはてめえの親父の夢を守ることに、サラを守ることに、“腹をくくった”んだ。てめえの“意地”に“腹をくくった”なら、それはもう意地であって、意地じゃない」
アニキの言葉を聞いたリリィは、さらに言葉を重ねる。
「そう、ブレイブの最大の武器。それは…………意地を越えた先にある“覚悟”だ」
「かく、ご……」
その言葉はまだ幼いリースには重く、確実に響き渡る。
リースはごくりと喉を鳴らし、ボロボロになったブレイブを見つめた。
アニキはそんなリースに、さらに言葉を続ける。
「どんなつまんねー意地だって。そいつに腹をくくれたなら。それは“覚悟”っつう、この世で一番すげえ武器に変わる。あいつはそれを、目の前で見してくれてんだ」
アニキは腕を組んだ状態のまま、リースへと言葉を紡ぐ。
やがてリースは完全に集中し、真っ直ぐにブレイブの姿だけを追いかけていた。