第36話:到着、ロックシューター
「ようやく到着したな……ここが鉱山の街、ロックシューターだ」
リリィ達の眼前には、粉塵の舞う鉱山の街の風景が広がっている。
アニキは言葉を紡ぐリリィに対し、同じように言葉を続けた。
「やー。やっとついたなぁ。なんでこんな時間かかったんだ?」
「貴様が道を間違えたからだろう! もう忘れたのか!?」
あっけらかんとしているアニキに対し、声を荒げるリリィ。
アニキは「そーだっけかぁ?」などと言いながら、ポリポリと頬を搔いた。
「それよりその子、早くお休ませてあげた方がいんじゃない?」
アニキの肩に担がれたままの少年を見つめ、珍しくまともな意見を言ったアスカに、リリィは大きく頷いた。
「その通りだな。まずは―――」
「ブレ君!? ブレ君どうしたの!?」
突然街を歩いていた少女が、アニキの肩に担がれている少年へと駆け寄ってくる。
リリィは落ち着いた様子で、そんな少女へと声をかけた。
「君は、この子の知り合いか? ブレ君とは?」
「あっ……ご、ごめんなさい。その子は“ブレイブ”って名前なので、昔からブレ君って、そう呼んでるんです。私はブレ君の、えっと……幼馴染で、サラといいます」
サラは取り乱してしまったことを恥じているのか、頬を染めながらリリィへと返事を返す。
リリィはふむと声を出すと、さらに言葉を続けた。
「ブレイブと言ったか。彼は森で修行中に倒れてしまってな。通りがかった我々がここまで運んできたんだ。すまないが、この子の家を教えてもらえるだろうか」
「そうだったんですか……本当に、ありがとうございます。ブレ君の家にご案内します」
「そうか。それは助かる」
「はー。ラッキーだねリリィさん。ついてるかも」
トントン拍子に話が進む事に驚き、言葉を紡ぐリース。
アスカはそんなリースの肩をとんとんと叩くと、「このラッキーガールアスカちゃんがいるからね!」と鼻息荒く胸を張っていた。
リースが困ったように微笑んでいるのは言うまでも無い。
そんな二人の様子にリリィはため息をついたが、気を取り直してサラへと返事を返した。
「すまない、サラ。ではお願いできるだろうか? ブレイブの家まではこの馬鹿が運ぼう」
「おい。誰が馬鹿だコラ」
リリィの突然の暴言に対し、睨みつけながら言葉をぶつけるアニキ。
しかしリリィはそんなアニキを無視し、サラへと続きを促した。
「あ、えっと、ではこちらです。どうぞ」
ブレイブの意識が戻らない事に動揺し、サラは少し焦った様子でブレイブの家へと一行を案内する。
こうしてブレイブはアニキに担がれたまま、自身の家へと帰宅することとなった。
「ここがブレ君の家です。ブレ君はそのベッドに寝かせてあげてください」
ブレイブの家に着いたリリィ達は、サラに言われた通りベッドにブレイブを寝かせる。
ブレイブは落ち着いた様子で、安らかな寝息を立てていた。
そんなブレイブを見ると、リリィはしばらく様子を見ようと考え、思考をブレイブが倒れた理由の解明へと切り替える。
リリィは元々故郷で子ども達相手に剣術を教えており、当時の教え子達とブレイブを重ね、どうしても気になってしまっていた。
そんな思考のままリリィは、サラへと言葉を紡ぐ。
「……少し、立ち入ったことを聞いてもいいだろうか?」
「あ、はい。わたしに答えられることなら」
サラはブレイブの命の恩人である一行に恩を感じているのか、ほぼ即答で返事を返す。
リリィはその言葉に甘え、質問をぶつけた。
「君は、ブレイブが体を鍛える理由を知っているだろうか? 今日も鍛錬の途中で倒れてしまったようだが……」
少し考えるように曲げた人差し指を顎に当て、サラはどこか言いにくそうにしながらも、やがてぽつり、ぽつりと語り始めた。
「それは……恐らく決闘のためだと思います。ブレ君は街の領主の息子であるカーティス君と、一ヵ月後に決闘をすることになっています」
サラは両手を合わせ、どこか苦々しそうな表情で言葉を紡ぐ。
恐らくサラにとって、ブレイブの決闘について話をするのは辛いことなのだろう。
リリィはそんなサラに膝を折って目線の高さを合わせると、できるだけ優しい声で言葉を紡いだ。
「決闘とは、穏やかではないな……一体何の為にそんなことを?」
「ブレ君は……ブレ君は私のために、決闘をしようとしているんです。カーティス君との結婚を嫌がる私のために、決闘で決着をつけようと……」
「け、けけけ結婚とな!? うはー! 愛のためにってやつだね!? お姉さんドキドキだ!」
アスカは親指を立て、それをぐっとサラに向かって突き出す。
どうやら結婚という単語に反応し、割り込んできたようだ。
「あい!? い、いいいいえ、そんな。ブレ君はわたしのことなんて、なんとも思って無いんです。ただ私がカーティス君との結婚を嫌がっているのと、それと……」
「それと?」
さらに言いにくそうにするサラに対し、できるだけ優しく続きを促すリリィ。
あまり立ち入るのもどうかと思ったが、これも乗りかかった船だ。せめて事情くらいは把握しておきたい。
サラはゆっくりとした動作で、口を開いた。
「それと、多分ブレ君のお父さんのため……だと思います。ブレ君のお父さんは武器職人で、カウンターストーンを―――」
「おい、サラ。余計なこと言うな」
「ブレ君!? 目が覚めたの!?」
サラの言葉を遮るように、ブレイブはぱっちりと目を開けて、口を挟む。
どうやらブレイブの意識ははっきりとし、目立った外傷もないようだ。
サラは驚きに両目を見開き、ブレイブへと駆け寄った。
「ああ。いま目が覚めたよ……ていうか人の家に、こんな珍集団を入れるなよな……」
ブレイブはベッドからリリィ達の姿を見ると、うんざりした様子でため息を落とす。
サラはそんなブレイブへと、返事を返した。
「あっ……ご、ごめんねブレ君。でもこの人たちはブレ君の恩人さんだし、悪い人達じゃないから……」
サラはわたわたと両手を動かしながら、ブレイブへと言葉を紡ぐ。
ブレイブはそんなサラの様子に再びため息を吐き、リリィ達を睨みながら言葉を紡いだ。
「ここまで運んでくれたのは礼を言う。でも、これ以上は首を突っ込まないでくれないか」
ブレイブはベッドから起き上がり、リリィ達に向かって言葉をぶつける。
先ほどより弱弱しく感じるのは、もしかしたら彼自身弱っているせいもあるのかもしれない。
リリィはブレイブの事が気になりつつも、確かにこれ以上首を突っ込むのはどうかと考え、扉の方へと視線を向けた。
「ふむ……そうだな。我々は失礼するとしよう―――」
ブレイブの家から立ち去ろうと、踵を返すリリィ。
しかしパーティには、それを良しとしない女がいた。
「ちょちょちょ、何言ってんのリリィっち! この二人の愛のために、協力しようって気概はないのかい!?」
「あ、愛だぁ!? 何言ってんだあんた!」
ブレイブは唐突なアスカの発言に面食らい、目を白黒させながら言葉をぶつけるが、アスカは構わず言葉を続けた。
「何もカニもない! この部屋の壁にかかってる武器で、ブレ君は戦うんしょ!? リリィっち、この子に剣術を教えてあげなよ!」
アスカは壁にかかっている、剣の柄に騎士の突撃槍の切っ先を取り付けた不思議な武器を指差し、リリィへと言葉をなげる。
確かに武器の形状を見る限り、槍というよりは剣術によって戦う武器のように思えるが、あまりにも突拍子のない発言だった。
「おい、何言ってるんだよ! ていうかブレ君って言うな! あんたもサラも!」
ブレイブはついに顔を真っ赤にして、アスカとサラに言葉をぶつける。
突然矛先を向けられたサラは「ごめんなさい……」としょげるが、当のアスカは「やだ!」の一言で一蹴した。
「ね、リリィっち! 良いでしょ! 教えてあげなよ!」
リリィはブレイブの方へと向き直ると、曲げた人差し指を顎に当て、何かを考えるような仕草をしながら言葉を紡いだ。
「剣術の指南って……本気か? アスカ。確かに私も、指導の経験がないわけではないが……」
「じゃあもう決まりじゃん! じゃあリリィっち、今日からブレ君の師匠ね! 二人の愛の決闘だもん、絶対勝たなきゃ!」
アスカはぐっと両手を握り締め、メラメラと燃える瞳で言葉を紡ぐ。
どうやらアスカの中で、リリィの指導は完全に決まってしまったようだ。
「おい! 勝手に決めるなって! ていうかブレ君って言うな!」
アスカに噛み付くように言葉をぶつけるブレイブだったが、アスカは「えー? ブレ君のが呼びやすいんだもん」と、元も子も無い返事を返す。
ブレイブはその言葉を受けると、疲れたようにがっくりと両肩を落とした。
リリィはブレイブを見つめながら、何か悩むように首を傾げる。
「ううむ、どうしたものかな……指導と言っても、本人が乗り気ではないし……。いやしかし、このまま放っておいたらまたリリスの劇薬を使うかもしれないしな……」
「いや、あんたも悩むなよ! あの姉ちゃん絶対馬鹿だろ!?」
「ちょ!? 唐突に失敬だなチミは! 誰が馬鹿じゃい!」
アスカは暴言を吐くブレイブに対し、噛み付くように返事を返す。
一連のやりとりに沈黙していたリースだったが、混沌としたその場で何かを思いついたように両手を合わせ、言葉を発した。
「あっ! じゃあさ、リリィさんとブレイブさんが決闘して、リリィさんが勝ったら指導を受けるっていうのでどうかな!?」
「「えっ!?」」
突然のリースの提案に、声を合わせて驚くブレイブとリリィ。
その場を沈黙が支配し、やがてアニキの「それでいーんじゃねえの?」発言がその沈黙を破る。
そしてその言葉通り、二人は決闘をすることとなった……
「何故だ……どうしてこうなった」
「いや、知らねえよ。あんたの仲間に言ってくれ」
ブレイブの家の前で対峙する、ブレイブとリリィ。
お互い既に武器を装備した状態で、まさに臨戦態勢だ。
「いっけーリリィっち! 素敵な弟子ゲットだぜ!」
「いや、そういう目的じゃないだろう!? だいたい―――」
アスカの素っ頓狂な発言にツッコミを入れるため、リリィはアスカの方を向くが、その瞬間……高い声がリリィの傍で響いた。
「隙ありぃ!」
ブレイブは一瞬のリリィの隙を突き、持っている武器でリリィを殴ろうと振りかぶる。
しかしリリィはアスカから視線を外さないまま、その一撃を手甲で軽々と受け止めた。
「っ!? こいつ……!」
ブレイブはこちらを見もせずに攻撃を止められたことに驚き、両目を見開く。
そのまま何歩かバックステップし、距離を離した。
「ふむ……足捌きは悪くない。が、まだ剣筋が若いな」
リリィはゆっくりとブレイブに体を向けるが、剣を抜こうとはしない。
ブレイブはそんなリリィの態度に苛立ちを感じ、武器を構えたまま噛み付くように言葉をぶつけた。
「おい! 剣を抜けよ! 舐めてんのか!?」
リリィはそんなブレイブの言葉を受けながらも剣を抜こうとはせず、ただ言葉を続けた。
「いや、その必要は無い。今の君では、私に一太刀も入れられんだろう」
「っ!?」
きっぱりと言い切ったリリィを、眉間に皺を寄せて睨みつけるブレイブ。
しかしリリィはそんなブレイブの様子を気にもせず、言葉を続けた。
「ふむ……いや、私も気が変わった。きちんと君を修行させ、もちろんリリスの劇薬など使わせず、決闘に勝たせると約束しよう」
堂々とした態度で、リリィはブレイブへと言葉を紡ぐ。
リリィは過去の経験から、剣状の武器であれば、必ず勝てるよう修行をつけられる自信があった。
ブレイブはそんなリリィの態度が気に入らないのか、怒号を飛ばしながら突進した。
「だから、俺に師匠なんていらねえってんだろがああああああ!」
「はっ!」
突進してきたブレイブの一撃に対し、気迫を込めて紙一重で回避するリリィ。
そしてそのまま右拳を、ブレイブの腹部へと叩き込んだ。
「ぐっ……!? う」
ブレイブは腹部の激痛に気を失い、がっくりと体をリリィへと預ける。
そんなブレイブの体重を右手に感じたリリィははっと我に返り、言葉を紡いだ。
「!? し、しまった。また気を失わせてしまった……何をしているのだ私は」
片手を眼の上に当て、天を仰ぐリリィ。
そんなリリィ達の元に歓喜と共に駆け寄ってくるアスカとリースと、我関せずの様子でゆっくりと歩みを進めるアニキ。
そして、ブレイブを心配そうに見つめながら駆け寄ってくるサラの足音が、確実に近づいて来ていた―――