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第33話:アスカの実力

「こいつら……先ほどの山賊か? もう報復に来たというわけか」


 リリィは自分達を取り囲んでいる山賊たちを睨みながら、アクセルに向けて剣の切っ先を向ける。

 やれやれと頭を横に振りながら、アクセルは肩を竦めた。


「おいおい。お前らこんな珍集団に負けたのか? 勘弁してくれよ、いやマジで」


 アクセルは馬鹿にするような視線でリリィ達を見つめる。

 珍集団とは失礼な言い方だが、各々の格好を見れば言われても仕方ないのかもしれない。

 しかしリリィはそれとは別の理由で、アクセルと同じようにため息を落とした。


「こちらこそ、がっかりしたぞ。貴様程度の者が頭だったとは。所詮は山賊か」


 リリィはため息を落としながら、アクセルへと言葉をぶつける。

 そんなリリィの言葉を受けた瞬間、アクセルは一瞬笑ったかと思うと、瞬時にその間の距離を詰めた。


「おいおい……じゃあこの俺の速さも、がっかりか? 違うよなぁ?」


 アクセルはナイフを構え、何度かステップを踏んでいたかと思うと、瞬時にその場から完全に姿を消す。

 そして瞬きした次の瞬間には、リリィの背後からナイフを振りかぶっていた。


「速さに自信あり……か。生憎貴様の速さは、ストリングスの足元にも及ばん。話にならんな」

「ぐっ……!?」


 リリィはまるで剣をかつぐようにして背に当て、振り返らずにアクセルのナイフの一撃を受け止める。

 その時アスカが、興奮気味に叫んだ。


「うおおおおお! かっけえええええ! いいぞーリリィっち! やっちまえー!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、アスカはリリィを応援する。

 リリィは「り、リリィっち!?」と、動揺した様子でアスカを見つめた。

 アクセルは攻撃を防御されたことで額から汗を流し、言葉をぶつける。


「へ、へへ……速さはあんたのが上、か。でも、こういう戦い方は知らねえだろう!? 剣士様よぉ!」

「っ!? アスカ! 逃げろ!」

「ほへ?」


 アクセルは標的をアスカへと変え、そのナイフを腹部に向けて振りかぶる。

 しかしその刹那、燃えるような赤の拳が、アクセルの進行を妨げた。


「おいおい兄ちゃん。あんまりがっかりさせんなよ。こっちは戦いたくってウズウズしてんだからよお!」


 アニキはその髪を鮮やかな赤に変え、完全に戦闘モードでアクセルへと言葉をぶつける。

 攻撃に失敗したアクセルは舌打ちをしながら、部下の下までバックステップで戻った。


「ちっ……こいつらやりやがる。おい、あれ持ってこい」

「へい」

「???」


 アクセルは何故か履いていたブーツを脱ぎながら、部下へと指示を出す。

 部下は持っていた袋から一足の靴を取り出し、アクセルへと履かせた。


「なっ……あれは、クイックシューズ!? あんなレアアイテムを、何故山賊ごときが持っている!?」


 リリィは動揺した様子で、アクセルの足元にあるシューズを見つめる。

 そんなリリィに向かって、リースは疑問符を浮かべながら質問した。


「リリィさん。クイックシューズって何なの? レアアイテムって……」

「ああ。その名の通り、履いたものの素早さを急激にアップさせる代物だ。王宮直属レベルの靴職人が、数年の歳月をかけて作成するもののはずだが……なぜ奴が、あんなものを?」


 リリィはアクセルが靴を履き終わった事を確認すると、どう対応したものかと思案にくれる。

 そんなリリィを横目に、アニキはうんざりした様子で言葉をぶつけた。


「けっ。クイックだかなんだか知らねえが、要はぶっ飛ばせばいいんじゃねーか。そんな―――!?」

「アニキさん!」


 アニキは突然後方へと吹き飛ばされ、森の木へと激突する。

 ダメージは無いようだが、アニキの立っていたその場所には、タックルをしたままのポーズで固まるアクセルの姿があった。

 元々アクセルの立っていた場所からは地面が抉れた跡ができており、どうやら驚異的なスピードで、アニキへとタックルを当てたようだ。


「げほっ……ちぃ。まーだ少し体がなまってやがるな。見えてはいたんだが、体がついていかねえ」


 アニキは一度咳払いをすると、何事もなかったかのようにめり込んでいた木から抜け出す。

 ステップを踏みながら、アクセルはそんなアニキへと言葉を投げかける。


「へえ。頑丈さだけは褒めてやるよ。でも次は、ナイフアタックだ。これはシャレにならねえよなぁ?」


 アクセルはニヤニヤと笑いながら、アニキへと言葉を続ける。

 首をゴキゴキと鳴らし、アニキは返事を返した。


「いーからさっさと来いよ、馬鹿。相手してやっから」

「……っ! 意地張ってんじゃねえぞ。このクソがあああああ!」


 アクセルはアニキの態度が気に入らなかったのか、今度はナイフを構えた状態でアニキへ向かっていく。

 二人の間の地面は抉れ、アクセルは瞬時にアニキとの間の距離をゼロにした。


「へっ……何がナイフアタックだ。要するにただの突きじゃねーか」

「くっ……!? こ、こいつ……!」


 アニキはアクセルのナイフを右手で掴み、その手のひらからは血がポタポタと滴り落ちていた。

 予期しないアニキの防御方法に驚き、アクセルは目を丸くする。

 そして……その時アニキに向かって、予想外の言葉が放たれた。


「ねーアニキっち。あたしがそいつより速かったらさ、一緒に旅、させてくれる?」

「はぁ!? お、おう。まあ、そうだな……いいんじゃねーの。つか今言うなよ今」


 アニキはアクセルのナイフを掴んだまま、アスカへとツッコミを入れる。

 アニキの言葉を聞くと、アスカはリリィの隣で「おっしゃ!」とガッツポーズをして見せた。


「やめろアスカ! 確かに格下の相手だが、お前の手に負える男ではない!」


 リリィはアスカに向かって、怒号にも似た声をぶつける。

 口を3の形にすると、アスカはぶーぶーとブーイングを返した。


「ええー、もうリリィっち。あたしのこと舐めすぎだよぉ。今やっつけちゃうから、見ててよね!」


 一回、二回と屈伸運動をすると、アスカはアクセルに向かって走っていく。

 アクセルは向かってくるアスカへと体を向け、両目を見開く。

 そしてその時、アクセルの堪忍袋の尾が切れた。


「て、てめえら。俺を舐めんじゃねええええええええええ!」


 完全にキレたアクセルは、アニキに掴まれたナイフから手を離すと、もう一本のナイフを取り出し、アスカに向かって駆け出していく。

 そんなアクセルを視界に収めると、アスカは余裕の表情で刀を抜き―――


「おっとっ……うおお、マジかよ!」


 またしても壮大にこけた。しかも、またお腹から。

 その瞬間アクセルのナイフアタックがアスカの頭上を通過し、アスカの髪を数ミリ切り落とした。


「うおおおお!? あっぶねえ!? まさに九死に一生!」

「いや何がしたいんだお前は!? いいからさっさとこちらに来い! 草履が壊れているのを忘れたのか!」


 リリィはこけながらも相手の攻撃を避けたアスカに対しツッコミを入れながら、こちらに来るように声を荒げる。

 このままではアスカがやられてしまうと考えたリリィは、右手で懸命に手招きをした。

 そしてアスカは着物に付いた埃を払いながら立ち上がり、頭を抱える。


「わ、忘れてたああ! ちくしょう! こうなりゃ戦略的エスケープだ!」

「は、はあ!? 何なんだお前え!」


 アスカは履いていた草履を脱ぐと、そのままドタドタとリリィ達の下へ走っていく。

 予測不能なアスカの動きに完全に動揺したアクセルは声を荒げた。

 これほどまでにおちょくられては、声が荒くなるのも無理はないだろう。


「あのな……アスカ。遊びではないんだぞ? というか、本当に死にかけていたではないか」

「えへへ……失敗失敗♪ まあドンマイだよ♪」

「自分で言うな!」


 自分達の下に戻ってきたアスカに対し、リリィは勢いよくツッコミを入れる。

 アスカはそんなツッコミをものともせず、ポリポリと頬をかいた。

 アニキはそんなアスカの様子を見て戦うのが馬鹿らしくなったのか、腕を組んでアスカ達の様子を見守る。

 するとそんなアスカの服を、リースがくいくいと引っ張った。


「あの、アスカさん。草履だけど……僕、創ってみようか?」

「ほんとに!? リースちゃん作れるの!? やってやって!」

「ふや!? だ、抱きしめないでよお!」


 リースの言葉を受けると、アスカは満面の笑顔でリースを抱きしめる。

 顔を真っ赤にしながら、リースはアスカから離れようと腕の中でじたばたした。


「お、おいリース。大丈夫なのか? 創術を使えばまた風が、リースを襲うかもしれないぞ」

「んー……まあ、これくらいなら大丈夫だよ。ゾウリの構造は理解できたし」


 リースはごそごそと鞄の中を探り、創術の本を取り出す。

 そしてそのまま、地面へと練成陣を描き始めた。


「て、てめえらなめやがって……いい加減にしろコラアアアアアアア!」


 アクセルはそんなのんびりとした空気が気に入らなかったのか、激昂しながらリリィ達へと襲いかかる。

 咄嗟にアクセルの攻撃を防御しようとリリィは剣を構えるが……その剣に、ナイフの衝撃がやってくることはなかった。


「なっ……!?」

「バーカ! いつまでも直線的な攻撃ばっかしてやるかよ!」


 アクセルは突然方向を変えると、リリィ達を中心として円を描く様に走り回る。

 そんなアクセルに一瞬動揺するが、リリィはすぐに視線を横に走らせ、アクセルの残像を追った。


『速い……が。目で追えない速さではない、か』


 リリィはかろうじてアクセルの姿をその目に捉え、ゆっくりと剣を構え直し、二度、三度とステップを踏む。

 どうやらいつもの攻撃主体の構えから、速度重視の構えへとシフトしたようだ。


「へっ……そんな構えを変えたくらいで、俺についてこれるかよぉ!」

「なっ!?」


 アクセルはこれまで手加減していたのか、突然速度を上げ、さらにリリィ達の周りを旋回する。

 そのスピードに驚いたリリィはまだ速度を上げるのかと目を丸くしたが、そんなリリィの隣から甲高い声が響いた。


「できたぁー! できたよアスカさん! 履いてみて!」

「おおーっ♪ ぴったりだよリースちゃん! ありがとー!」

「わぷっ!? だ、だから抱きしめないでってば!」

「お前達現状がわかっているのか!? 一応戦闘中なのだぞ!?」


 リリィはのんびりとした空気のリースたちに対し、懸命にツッコミを入れる。

 そしてその刹那、リリィの背後に回っていたアクセルは、ニヤつきながらリリィの背中へとナイフを振りかぶった。


「隙ありいいいいいいい! ひゃはあああああああああ!」

「しまっ……!?」


 背後をとられたせいで一瞬反応が遅れたリリィの背中に、アクセルの刃が迫る。

 しかしその瞬間、そんなアクセルのナイフアタックを、アスカの刀が受け止めた。


「おっと……だめだよ、アクセルっち。君の相手はあたしなんだから」

「なっ……何いいいい!?」


 アスカは刀を鞘からほんの少しだけ抜くと、刃の部分で見事にアクセルのナイフを受け止めてみせる。

 そんなアスカに驚きながらもバックステップで、アクセルは再び距離をとった。


「くっ……ぐ、偶然だ! これなら、これならどうだコラああああああ!」


 アクセルは再びリリィ達を中心に旋回し、先ほどよりもさらにスピードに乗っているように見える。

 リリィがそのスピードに驚き、アスカへと声をかけようとした、その瞬間―――


「連斬桜花……一分咲き」

「っ!?」


 アスカの姿が一瞬消え……リリィが瞬きをしたその間に、ボロボロになったアクセルが森の木へと吹き飛ばされる。

 アクセルは体中にアザを作り、白目を剥きながらかろうじて呼吸していた。


「……っと。峰打ちだよ。聞こえてないか」

「なっ……!? あ、アスカ。今のは、君がやったのか!?」


 リリィは動揺した様子で、既に刀を鞘へと戻しているアスカへと言葉をぶつける。

 まさかあのアスカがやったとは、すぐには信じられなかった。

 しかしアスカはぽややんとした笑顔を浮かべると、片手を上げて返事を返した。


「そだよー。これであたしの実力、わかってくれたかにゃ? あっはっはっはっは!」


 腰に手を当て、豪快に笑ってみせるアスカ。

 夢でも見ているのかとリリィは自分の頬を抓ってみたが、すぐに鋭い痛みが走り、それが夢でないことを確信した。


「……へっ。認めるしかねえな、馬鹿剣士。あいつぁつええぜ」


 アニキは楽しそうに笑いながら、リリィへ向かって歩いていく。

 リリィはそんなアニキを見返し、ため息を落とした。


「馬鹿団長……そう、か。そうだな」


 リリィは近くに立ったアニキに対し、返事を返す。

 ストリングスほどではないにせよ、常人離れしたスピードのアクセルを完全に凌駕した。

 これでアスカの実力は、認めざるをえないだろう。


「ふふっ。確かに自分の身くらいは、自分で守れそうだ」


 予想外のアスカの実力に、リリィはなんだか可笑しくなって、小さく笑いながらアクセルの前に立つアスカを見つめる。

 アスカはアクセルに背を向けると、リリィ達の下へと歩きながら、相変わらずの大笑いを続けていた。


「ぐっ……くっ。ふざ、けんな。ふざけんなよぉぉ……!」

「!? アスカ! 危ない!」

「ほへ?」


 アスカの背後にいたアクセルはかろうじて意識を取り戻し、持っていたナイフをアスカへと投げる。

 アスカの顔面へと、そのナイフが迫り―――


「……っ!」


 アスカの体から現れた金髪の騎士が、そのナイフを剣で弾き飛ばした。


「…………は?」


 リリィは現状が理解できず、ごしごしと目をこする。

 しかしいくら目をこらしてみても、アスカの背中には確かに、金髪のロングヘアをした騎士が立って……いや、“浮かんで”いた。


「あ、お姉ちゃんありがとう。防御してくれたんだ」

「…………」


 金髪の騎士はこくりと頷くと、そのままアスカの懐へと吸い込まれていく。

 リリィはそんなアスカの様子を見ると、強くなっていく頭痛を感じながら―――


「はあああああああああああああああ!?」


 これまでで一番の叫び声を、川辺の空へと響かせた。

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