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第32話:アスカ見参!

 ブックマーカーの街から数十キロ進んだ場所に、マウレア山という低め

の山がある。

 草木が生い茂り、美しい川が流れ、適度な街道が整備されていることも相まって、旅人の間ではなかなか人気のある山らしい。

 リリィ達一行はそのマウレア山を進んでいた。


「さて……そろそろ、我々の旅の目的を整理しておくとしよう」


 リリィは難しい顔で地図を見つめながら、リースとアニキに向かって言葉を紡ぐ。

 アニキは頭に疑問符を浮かべ、返事を返した。


「あん? つえー奴を見つけてぶっとばす旅じゃねえの?」

「それは貴様の目的だろう! 私とリースにはきちんとした目的があるんだ!」


 とんでもないことを言い出したアニキに対し、言葉をぶつけるリリィ。

 やがてこほんと咳払いすると、仕切りなおして言葉を続けた。


「いいか? まず一つ目は、私の故郷からの追手……つまり竜族の里から少しでも離れること。そして二つ目は……リースの母親を探すことだ」


 リリィは腕を組みながら、アニキへと言葉をぶつける。

 アニキはつまらなそうに頭の後ろで手を組みながらも、リリィの言葉はきちんと聞いているようだ。

 リースはリリィを見上げると、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「……そうだね。おかーさんどこにいるのか全然わかんないけど、やっぱり僕は探したい……かな」


 リースは同意の意味を込めてこくりと頷き、アニキはボリボリと頭を搔きながら、面倒くさそうに返事を返した。


「ああ、つまりこうか。リースのかーちゃんから逃げながら、竜族を探す……と」

「逆だ馬鹿者! というかリースに理解できて貴様が理解できないのはシャレにならんぞ!」


 リリィの突っ込みに対し、「うっせーなぁ。ちょっとした冗談じゃねえか」と、またしてもつまらなそうに返事を返すアニキ。

 リリィはこれ以上相手をしても無駄と思いつつも、さらに声を荒げた。


「だからシャレになっていないと言っているだろう! 貴様はそのてきとうな態度を少しは改めろ!」

「ああん!? うっせーなぁ! 別に竜族の追手が来ても俺がぶっとばしてやるよ! ていうかむしろ来やがれ暇だから!」

「どういう理由だそれは!? 竜族を舐めるなこの馬鹿が!」

「馬鹿馬鹿言ってんじゃねえよこの黒ずくめフェチが! 大体お前見てるだけで暑そうなんだよ!」

「それは今関係ないだろう!? というか貴様の方がよほど暑苦しいだろうが!」

「はぁ!? んだとコラァ!」

「ま、まあまあ。リリィさんもアニキさんも落ち着いて……」


 リースはリリィとアニキの間に挟まれながら、わたわたと両手を動かす。

 旅の中でこの二人の喧嘩はもはや見慣れたものだが、今日は普段よりさらにヒートアップしているようだ。


「そうだ、リース! どっちの方が暑苦しいと思う!?」

「おいリース! この馬鹿剣士のが暑苦しいだろ!?」

「えええええ……」


 突然矛先を向けられたリースは、両手を壁のように立てながら、困ったように眉を顰める。

 やがて何かを思いついたように視線を上に向けると、元気よく返事を返した。


「あっ、そ、そーだ! 暑苦しいといえば二人とも喉渇いてない!? 僕、下の川から水汲んでくるよ!」

「いや、リース。それより今はどっちが―――」

「じゃ、じゃあ僕行ってくるね! 水筒を造れば創術の練習にもなるし!」

「あっ!?」


 リースは脱兎のごとく下の川へと走り出し、リリィは身長差からかそんなリースを取り逃がす。

 やがてリースはすぐ下の川へと到着し、岩場の上であぐらをかいて座った。


「ふう……あの二人の喧嘩に巻き込まれたら最悪死んじゃうよ。なんとか仲良くしてくれないかなぁ……」


 リースはため息を吐きながら、創術の準備をするためにごそごそと鞄の中をあさる。

 やがて一冊の本を見つけると、目の前に広げて読み始めた。


「あった、これこれ。えっと、水筒練成の術式は……」


 リースは広げた本の中から水筒練成の術式を確認しようと、ページに書かれた内容に全神経を集中させる。

 しかしそんなリースに近づく、大きな影が存在した。


「あ、このページだ。えっと、まずは円を書いて……」

「よお、坊主。こんなところでお絵かきかぁ?」

「ぴっ……」


 リースは突然話しかけられた事と、目の前に突然現れた山賊に驚き、思わず変な声を出す。

 すると山賊の背後から、同じようにガラの悪そうな男達がわらわらと現れた。


「おっ、兄者ぁ。こいつ金髪ですぜ。こりゃ高く売れらぁ」

「本当だな。へへ、坊主。ちょっとこっち来いよ」

「いぇっ!?」


 リースは兄者と呼ばれた山賊に腕を掴まれ、そのまま連れて行かれようとしている。

 そんな中ようやく思考が追いついたリースは、リリィに助けを呼ぼうと口を開くが―――


「おっとぉ。助けを呼ぼうったってそうはいかねえぜ」

「んーっ!? むーっ!?」


 リースは兄者に口を押さえられ、思うように声を出すことができない。

 自分の旅は、こんなところで終わるのか。

 そうリースが諦めかけた瞬間、数メートル先にある大岩の上から、甲高い声が響いた。


「はーっはっは! やめろぅ! このわかりやすい悪党どもめ!」

「何ぃ!? だ、誰だてめえは!」


 兄者は愚弄された事に怒り、声のした方角へと視線を向ける。

 そこには薄い桃色の着物に派手な帯、そして刀を二振り腰に付けた剣士らしき少女が、両手に腰を当てて胸を張っていた。


「はーっはっは! 悪党に名乗る名などない! 我が名は陽山アスカ! 冥土の土産に覚えておけい!」

「思いっきり名乗ってるじゃねーか! なんだお前!」

「あ、兄者。落ち着いて。あいつきっとアホですよ」


 取り乱した兄者に対し、どうどうとその肩を叩く部下らしき男。

 アスカと名乗った少女はそのまま右手を突き出すと、さらに言葉を続けた。


「いやいいやいいやいいやい! WOWWOWWOWWOW! その汚い手を可愛い僕ちゃんから離しな!」

「なぁにぃ? へっ、てめえみたいなガキに何が―――」

「いやいいやいいやいいやい! WOWWOWWOWWOW!」

「うるせえなもう!? それ気に入ったのかよ!?」

「ちょっとね! 今そっち行くから待ってな! ……とおっ!」


 アスカはふんすと鼻息を荒くすると、大岩から思い切り跳躍する。

 そしてそのまま、川の浅い部分に着地した。


「着地成功! 今そっちに……とっとと!? うぉいマジかよ!」


 アスカは着地こそ成功したものの、歩き出した一歩目で躓き、そのまま川に思い切り腹を打ち付ける。

 そのあまりの痛みに悶絶し、アスカは川の中でゴロゴロと転がった。


「痛ったあああ!? ぽんぽん打った! やばいこれ今夜が山だよ!」


 アスカは涙目になりながら、お腹を押さえてゴロゴロと転がる。

 足はつくのでおぼれる心配はないが、それ以前に本人の頭が心配だ。


「すげえ馬鹿だあいつ! おいてめえら、やっちまえ!」

「「「へい、兄者!」」」

「むーっ!? んーっ!」


 アスカが襲われる事に気付いたリースは、兄者に口元を押さえられたまま、必死にアスカへと声をぶつける。

 リースは体も同時に押さえられているため、創術も使うことができない。まさに絶対絶命だった。


「うう……痛いよぉ。お姉ちゃんさすって……へ?」

「おらあああああああああ!」


 ようやく腹の痛みが引いたアスカに向かって、手下の斧が容赦なく振り下ろされる。

 その瞬間リースは最後の力を振り絞って兄者の手から逃れ、アスカへと声を荒げた。


「危ないアスカさん! 避けてええええええ!」

「っ!?」


 アスカは目の前に迫ってくる斧を感じながら、じっとそれを見つめている。

 そしてその時、その斧を一振りの西洋剣が受け止めた。


「状況は飲み込めないが……どうやらピンチのようだな、リース」


 リリィは振り下ろされた斧を軽々と受け止めながら、リースへと言葉を紡ぐ。

 リースは満面の笑顔になり、リリィへと返事を返した。


「っ!? リリィさん! どうしてここに!? あ、いや、そんなことどうでもいいか」


 リースは自分が何を言っているのか理解し、思わず頭を搔く。

 兄者は自分の手から逃れたリースを捕らえようと、無言のままその手をリースへと伸ばし―――


「俺もいるぜえええええええええええええ!」

「ぶへあああああああああああああああ!?」


 そのままアニキの飛び蹴りを、モロに食らった。

 兄者の体は二転、三転し、やがて岩にぶつかって静止する。

 その様子を見ていた部下達は、瞬時に自分達との実力差を悟った。


「ひい! お、覚えてやがれえ!」

「お、お前らなんかアクセルの旦那がいれば、一発なんだからな!」

「バーカ!」


 部下達は兄者を担ぎ、そのまま森の奥へと消えていく。

 リリィは小さくため息を吐くと、リースに向かって言葉を紡いだ。


「一人にしてすまなかったなリース。怪我はないか?」


 リリィはリースに向かって近づくと、視線の高さを合わせて言葉を紡ぐ。

 リースは自分の体を一通り見ると、そのまま返事を返した。


「あ、うん。僕はだいじょぶだよ。それよりあのお姉さん……アスカさんの方が重傷かも」

「アスカ……?」


 リリィはリースの視線を追い、自然と尻餅をついた状態になっているアスカを見つめる。

 アスカはその視線を受けると、はっと何かに気付いたように立ち上がった。


「か……」

「か?」


 何か言葉を紡ごうとしているアスカに気付き、頭に疑問符を浮かべて続きを促すリリィ。

 アスカはやがて大声で、言葉を続けた。


「かっこいー! お兄さん達! あたしと一緒に旅に出ない!?」

「……は?」


 リリィは突然のアスカの言葉に呆然とし、返事を返すこともできない。

 しかし当のアスカはキラキラとした瞳で、アニキとリリィを交互に見つめていた。






 山賊たちが撤収した後、川辺ではリリィ達とアスカが集まり、簡単な自己紹介を済ませる。

 その流れのまま、リリィはアスカへと質問した。


「さて……ようやく落ち着いたが、さっきの言葉はどういう意味なんだ? アスカ」


 アスカはリリィの言葉を受けると、質問に答えるべく、えっへんと胸を張りながら返事を返した。


「そのままの意味さ! あたしを旅の仲間にしてほしいの!」

「はぁ……だから、突然すぎると言っているだろう。大体我々の旅には危険も付きまとう。いつもさっきのように守ってやる事はできないぞ?」


 リリィは強くなる頭痛に頭を抱えながら、アスカへと返事を返す。

 アスカはぷくーっと頬を膨らませると、ふて腐れたように返事を返した。


「ぶー……大丈夫だよぉ。あたしそこそこ強いよ? ただ今は、草履が壊れてうまく歩けないけど」

「“ゾウリ”? なんだそれは」


 リリィは聞きなれない単語に疑問符を浮かべ、首を傾げながら言葉を紡ぐ。

 アスカは自分の履いていた草履を脱ぐと、リリィへと突き出して見せた。


「これ! 鼻緒のところが壊れちゃって、うまく歩けないんだよねぇ……」


 アスカは困ったように眉を顰め、壊れてしまっている草履を見つめる。

 リースはぽんと手を合わせると、アスカに向かって言葉を紡いだ。


「なるほど! 転んだのは履物が壊れてたからだったんだね!」


 アスカに向かってにっこりと微笑むリースと、その笑顔を見て同じように笑顔を返すアスカ。

 リリィはそのやり取りを見つつも、興味はアスカのその履物に向かった。


「ふむ。しかし、見たことのない履物だな……着ているものも気になるが、まずはゾウリを少し貸してもらえるか?」

「いーよん♪ ほい♪」


 リリィはアスカから草履を受け取ると、引き続き興味深そうに見つめる。

 それを見ていたリースは、ぴょんぴょんとジャンプしてそれを掴もうとしていた。


「リリィさん! 僕にも! 僕にも見せて!」

「あ、ああ。ほら」


 リリィはリースの声に応え、草履を手渡す。

 リースはリリィよりもさらに興味深そうに、様々な角度から草履を見つめた。


「へええ……凄いねこれ。よくできてるよ。それにすっごく軽いや」

「でっしょー? わが国伝統の履物でござる」

「なんだその語尾は……」


 リリィは突然口調の変わったアスカに頭痛を覚えつつ、ツッコミを入れる。

 ここで初めて、ずっと沈黙を守っていたアニキが口を開いた。


「アスカ……だっけか? おめえ、極東の島国の出身だって言ってたな。確かに腰から下げてるその剣も、おれぁ初めて見たぜ」


 アニキは履物より武器に興味があるのか、アスカの腰元を指差しながら言葉を紡ぐ。

 アスカはまたしてもえっへんと胸を張りながら、返事を返した。


「そのとーり! これは刀っていう武器でね、すっごく軽くてよく切れるんですよ奥さん。お買い得だね!」


 アスカはウインクをしながら、ぐっとアニキに向かって親指を立てる。

 アニキはそんなアスカに、噛み付くように言葉をぶつけた。


「誰が奥さんだ誰が! ちっ。お前もつえーなら一戦やってみたかったのによ。履物がぶっ壊れてるんじゃ仕方ねえな」


 アニキはつまらなそうに頭の後ろで手を組み、アスカへとツッコミを入れる。

 完全に戦闘狂なアニキに頭痛を感じつつも、今度はリリィが言葉を紡いだ。


「とにかくだ、アスカ。君を連れて行く事はできん。先ほども言った通り、我々の旅には危険がつきものなのだ。例えば―――」

「へへ、アクセルの旦那ぁ。こいつらですぜ、俺達の仕事の邪魔をしたのは」

「んー、そっかぁ。そりゃ倒さなきゃなんねーなぁ」


 突然リリィの背後から、先ほど退けた山賊たちが現れる。

 アクセルと呼ばれた男は一人だけ小奇麗な格好をしており、茶色の髪が後ろでまとめられていた。

 そしてリリィは面倒くさそうに、そんな山賊たちに対して体を向け、抜刀した。


「例えば……こいつらのような山賊も、相手にしなければならないからな」

「…………」


 抜刀したリリィを見つめるアクセルと、そんなアクセルを睨み返すリリィ。

 緊迫した空気が一瞬にして、その一帯を包み込んでいた―――

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