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第2話:突然の出会い

「ちっ! そんなに言うなら、貴様は来なくてもよい! 街で食料の買出しでもやって……いや、それも心配だな」


 リリィの頭に中身が肉だらけになった道具袋の姿が思い浮かぶ。

 アニキに食料調達を任せた場合肉と肉と肉しか買ってこないのは目に見えていた。


「んー……まあ、その辺は街に着いてから決めようよ。実際見たらアニキさんも楽しめそうな、肉体系の図書館かもしんないし!」


 悪戯な笑みを浮かべるリースの瞳には一転の曇りも無い。

 リリィは何かを考えるように曲げた人差し指を顎に当てるが、やがてリースへと言葉を返した。


「いや、肉体系の図書館って何だ? 凄惨な情景しか思いつかないのだが……」


 額に大粒の汗を流しながら、リースの苦しい仲裁につっこむリリィ。

 ともかく、はっきりしているのは―――アニキにとってブックマーカーは、とてつもなく退屈な街である、ということだ。


「んだああ、この場で話してたってらちが明かねえ! とっとと街に行って、とっとと先進むぞゴラァ!」


 アニキは乱暴に頭を掻きイラついた口調で癇癪をおこす。

 リリィはまた一つため息を落とすと頭を抱えながら言葉を返した。


「はぁ……それは構わんが、貴様私とリースが図書館に行っている間、宿屋で大人しく待っていられるのか?」

「そうだね……アニキさん、お留守番できる?」


 リースは心配そうにリリィは呆れた様子で言葉をぶつける。

 アニキはより一層眉間のシワを深くして噛み付くように反論した。


「ああん!? 舐めるんじゃねえ! お留守番くらい立派に……いやお留守番なんてすっかよクソが! 結局暇じゃねーか!」

「やはり、心配だな……」


 リリィは頭を抱えてアニキを見つめる。

 何せクロイシスにあった自分のハンター支部ですら、日常的に風穴を開けるほどの無法者……モンスターも何もいない街の中に入ったら何をやらかすかわかったものではない。

 クロイシスにいたころなら問題はなかっただろうが、今は―――


「うがあ! 暇だあ! モンスター来いやああ!」

「うにゃああ!? いだだだだ!」


 アニキは肩車していたリースを横にして肩に抱え、そのままリースを逆海老反りの状態にして技をかける。

 背骨を無理矢理逆方向に曲げられたリースはアニキに抱えられたまま叫び声を上げた。


「なっ……!? や、やめんか馬鹿者! リースが壊れる!」

「うるせえええ! 暇じゃあああああ!」

「いだだだ! 何で僕なのお!?」


 とにかくこの暴走状態のアニキをなんとかしなければならない。

 少なくとも平和なブックマーカーの街にこんな野獣を解き放つわけにもいかないだろう。


「とにかく、リースを離せ! 騒いでいては周りの者に迷惑に――っ!?」


 リースを離そうとしないアニキの姿に憤慨したリリィは、その行為を止めさせようと声を荒げる。

 しかし―――その刹那、リリィの足に微かな衝撃が走った。


「あっ!? す、すまない。通行の邪魔だったな……」


 鋼鉄の足防具に当たった高いヒールのつま先。

 ゆっくりと視線を上げていくとそこには、一人の女性が立っていた。


「…………」


 リリィとぶつかった女性はシワひとつ無いビジネススーツに身を包み、少々ずれてしまった帽子の位置を無言で直す。

 その帽子からは黒いレースが垂れ下がり、その女性の表情全てを完全に覆い隠していた。


「……いえ。わたくしにも、非はありますわ」


 スーツの女性は小さくため息を吐きながら、自らを戒めるように言葉を紡ぐ。

 多くの人々が行き交うこの街道では、旅人同士が接触するのも珍しくなく、それ故にトラブルも多い。そのため街道で人とぶつかったなら、互いに紳士的姿勢で望む事が最低限のエチケットであり処世術でもあった。


「そ、そうか……いや、すまなかった」

「いえ……」


 女性は特に怒っている様子もなくただ淡々とこの場に留まっているようにも思える。

 あまり引き止めるのも何なのでリリィが別れの言葉を紡ごうとした瞬間、突然発せられた女性の声がリリィの耳へと届いた。


「!? その、腰の剣。あなたもしかして、剣士ですの?」


 女性は少々驚いた様子でリリィの腰元の剣を見つめ、質問を投げかける。

 リリィはその様子を不思議に思いながらも別段隠すような事でもないので、とりあえず質問に答えることにした。


「ん? ああ。確かに私は剣士だが、それがどうかしたのか?」


 世の中に剣士などそれほど吐いて捨てるほどいる。

 あまりに驚いた様子の女性に対しリリィは頭の上で疑問符を浮かべた。


「あ、いえ。やはり、なんでもありませんわ。いくらなんでも、そんなはずないですわね」


 女性はやれやれといった様子で溜め息を落とし胸の下で腕を組む。

 ただならぬその雰囲気にリリィは考えるよりも先に声を発していた。


「ふむ。まあ、なんでもないならそれで良いが。モンスターの事であれば、相談に乗るぞ。一応私もハンターだし、同行者には支部長クラスの者もいる。ハンターは半分便利屋のようなものだからな、なんでも相談してくれれば良い」


 リリィは剣の上にガントレットを乗せて落ち着いた様子で言葉を紡ぐ。

 手配モンスターを狩る事も大事だが、最も優先されるべきは街の人間に危害を加えているモンスターを退治する事。

 それならば、ちょっとした町人の様子でも見過ごさない事が大事なのかもしれないとリリィは考えていた。


「!? は、ハン、ター……!? 今、そう言いましたの!?」


 女性は突然顔を上げると、一歩前に進みリリィへと近づく。

 何が彼女の興味を引いたのかリリィには想像もつかなかった。


「あ、ああ。確かにそう言ったが、それがどうかしたのか?」


 どうも要領を得ない女性との会話に、どうしたものかと頭を悩ませ始めるリリィ。

 あの暴れているアニキも止めなければならないし、あまり不必要な時間を消費したくはないのだが。


「あ、いえ。なんでもありませんわ。わたくしの名は、デクス=フィート=ハーティルト。この先のブックマーカーという街で働いています」


 デクスは乱れた呼吸を整えながら胸の下で腕を組み、自らの名前を明かす。

 その手元は明らかに震え、動揺の色がありありと感じられたが……リリィは自分の名を明かしていなかった非礼に気付き、言葉を返した。


「あ、ああ。私の名はリリィ・ブランケッシュだ。リリィと呼んでくれれば良い」


 情緒不安定なデクスの姿に、少々の警戒心を持つリリィだったが、相手に名乗らせておいて名前を明かさないわけにもいかない。

 ―――もっとも、自らの種族を知られない限り、特に問題はないのだが。


「そう。リリィ、さん。まさかとは思いますが……あなた、クロイシスから来たハンターですの?」


 デクスは口元に手を当て、力の篭った声で言葉を紡ぐ。

 黒いヴェールのせいではっきりと表情は確認できないが……ただならぬ雰囲気であることは、リリィにも伝わっていた。

 しかしそれよりも今気になるのは―――


「なぜ、私がクロイシスから来たと知っている? そのことを話した覚えはないのだが」


 リリィはハンターであるということしかデクスには明かしていない。

 クロイシスから来たなど一言も話していなかったはずだ。

 リリィは少々の警戒心を働かせて目の前のデクスを見つめる。

 身を隠す旅をしている以上、これくらいの用心深さは必要なのだろう。


「ふう。あの上級モンスター“エンシェントワーム”を倒したハンターが現れ、あまつさえ旅立ったとなれば当然、噂も広まりますわ。ましてクロイシスは、大陸でも指折りの商業都市ですのよ?」


 デクスは少々呆れた様子で言葉を紡ぎ、真っ直ぐにリリィを見つめる。

 リリィは両目を見開くとデクスの言葉を頭の中で反芻した。


「あっ!? そ、そうか。なるほどな」


 確かに多くの商人が行き交うクロイシスでの出来事ならば、少々早めに噂が広まってもおかしくは無い。

 ここに来て改めて、リリィはクロイシスでハンターになったことを後悔し始めていた。


「時にリリィさん。さっきあなたが言っていた、同伴している支部長クラスのハンター……お、お名前は、なんて言いますの?」

「―――えっ。な、名前か? ええと……」


 デクスは何故かたどたどしく言葉を並べ、リリィに向かって質問する。

 様子が変化したことに、リリィは幾分かの違和感を感じたが……その次に生じた大問題に、その気持ちはどこかへと吹き飛んでいた。


「しまった。そういえばまだ、団長アニキの名前を聞いていなかったな」


 リリィは頭に手を当てて奥歯を噛み締める。

 共に旅をする者の名前すら知らなかったとは、なかなか間抜けな話かもしれない。


「ええと、すまない。名前はわからないんだが……ほら、そこにいる赤髪の男だ」


 リリィは眉をひそめて親指を立て、自らの背後に立つ団長を指差す。

 今はモンスター不足に吼えまくっている状態であまり人に見せたくはないのだが、名前がわからない以上見てもらう他ない。


「なっ!? あ、あなたは……!」

「でっデクス!? 一体どうした!?」


 アニキの姿を見たデクスはぼうっとその場に立ち尽くし、リリィの声にも一切の反応を示さない。

 ただならぬその様子にリリィは動揺し、声を荒げるが……デクスはリリィの方向に顔を向ける事すらなかった。


「やっと……やっと、やっと見つけた……!」


 デクスはふらつくように一歩を踏み出し、その後は流れるように足を前へと突き出していく。

 ヒールは石畳の街道を叩き、高い音を空へと響かせた。

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