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第259話:新たな一歩を

「奇遇だね、リリィ。僕も到達していたんだ。……君のその、境地にね」

「くっ……!」


 リリィは奥歯を噛み締め、すぐにヴァンに向かって跳躍する。

 そのままリリィは上段に構えた剣をヴァンに向かって振り下ろすが、ヴァンは二本の指を使って軽々とその剣を受け止めた。


「なっ!?」

「甘いね、リリィ。君は何に対しても……甘すぎるよ」

「がっ、は!?」


 ヴァンは受け止めた剣撃を後方に流すと、そのまま流れるような動きでリリィの腹部に拳撃を叩き込む。

 軽く吹き飛ばされる、リリィの身体。

リリィは内臓を抉られるような鈍い痛みを感じ、完全に呼吸を忘れた。


「げっほ……げほげほっ!」


 強靭なリリィの肉体ですら吸収できない、ヴァンのその一撃。

 リリィはどうにか着地すると激しい咳き込みを繰り返し、その場に蹲った。


「もう、少しだよ……リリィ。すぐ楽にしてあげるからね」


 ヴァンはニヤリと笑いながらハルバードを両手に持って引き摺りながら、ゆっくりとリリィに向かって近づいてくる。

 そんなヴァンの気配を察知したリリィは手元にあった剣を持ち、真っ直ぐにヴァンを睨みつけた。


「へぇ、まだそんな顔ができるなんて、さすがは僕のリリィだ。でも……もう、終わりだよ」


 ヴァンは余裕のある笑みを浮かべながら、リリィに向かって近づいていく。

 そうしてハルバードの射程圏内にリリィをとらえるとその足を止め、未だ膝を折っているリリィを見下ろした。


「覚悟はいいかい? リリィ。君が見る最後の光景は、僕の笑顔だ。ああ……最高だよ」


 このまま果ててしまいそうだ、と言葉を続けながら、ヴァンは右手に持ったハルバードをリリィに向かって振りかざす。

 そのハルバードはさながらギロチンのようにリリィを見下ろし、命を刈ろうと無慈悲に振り下ろされる。

 そんなハルバードの刃を見たリリィの中には仲間達の笑顔が映し出され、最後の力を振り絞らせた。


「お、お、オオアアアアアアアアアア!」


 リリィは竜の咆哮を響かせると、リースとレンの剣シェルスフィアを構える。

 そうして構えた剣は確かにヴァンの刃を受け止め、リリィの身体を守った。

 しかし―――


「しかし、それでも。君の死は揺るがない」

「っ!?」


 ヴァンは狂ったような笑顔を浮かべながら、今度は左手に持ったハルバードをリリィに向かって振り下ろす。

 そうして二本の刃に攻められたリリィの剣は、ピシピシと音を立てて崩れ始めた。


「なっ……」


 リリィがその状況に驚いたその瞬間、剣は音を立てて折れ、二本のハルバードはリリィの身体を切り裂く。

 鮮血がヴァンに降り注ぎ、リリィは力なくその場に倒れる。

 ヴァンは手のひらに付着したリリィの血を舐めると、満足そうな笑顔を浮かべて言葉を落とした。


「さようなら、リリィ。僕の最愛の人」


 ヴァンは壊れた笑顔を浮かべながら、リリィの最後をその目に焼き付ける。

 リリィは仲間達の笑顔を思い出しながら、鮮血の海に溺れ―――

 やがてその意識を、ゆっくりと手放していった。






「どこ、だ、ここは。私は死んだ……のか?」


 気付けばリリィは一人、真っ暗な空間に浮かんでいた。

 自分以外は誰も存在しない、冷たい世界。

 周りを見回して、声を発して……何の返事も返ってこない事に気付いたリリィは、ようやく理解した。

 ああ、自分はもう、死んでいるのだと。

 そうして理解してみると、これもなかなか、悪くない。

 こうして真っ暗な闇の中を漂い、何も考えず、何も目指さずにただ目を閉じる。

 そんな時間だって、悪くはない。

 悪くは―――


「ない。わけは無い……か」


 リリィは両目を見開くと、何もないただの真っ暗闇を活力の宿った瞳で見つめる。

 しかしだからといって、何かができるわけではない。

 リリィの四肢はもはや動かないし、動かせるのはせいぜい口元くらい。

 朦朧とした意識。自分が呼吸をしているのかどうかすら、わからない。

 そんな空間の中にいたリリィの頭に、一つの疑問が思い浮かんだ。

 もちろん仲間達のことは強く想っている。プロキア王国を壊したヴァンを倒したいと願ってもいる。

 しかし今のリリィの頭は、一つの疑問によって完全に支配されていた。


「そう、だ。あの時―――」


 風の大精霊、ウィルド。彼が別れ際に放ったあの言葉が、頭にこびりついて離れない。


『なまくらな剣に、鞘はいらない』


 あれは一体、どういう意味だろうか。

 剣とは、何かの象徴? となれば当然、“力”だろう。自分にとって剣とは、力そのものだ。

 では、鞘はいらないというのは、どういう意味だ? むしろどういう状況なら、鞘が必要になる?


「それは、強大な力を……強い力を持ったとき、か」


 自分には、それがなかった。強い力さえあれば、自分は今ここにいなかっただろう。

 いや―――そうか? 本当に、そうなのか?

 自分には本当に、力が無かったんだろうか。そんな奴相手に精霊王が、あの言葉を送るだろうか。


「っ!? そう、か。力は私の、中にある。それを解き放っているようでは、使いこなせていないのと同じこと、なんだ」


 リリィは一つの答えにたどり着き、その目をさらに見開く。

 その瞬間―――背中にあった翼と生えていた尻尾が、微かに脈動を放ち始めた。


「そう、だ。私の角は、翼は、尻尾は、力の象徴だ。それを解き放っているだけでは……ダメなんだ。それだけでは、次の段階に進めない。何故なら―――」


 リリィはもう、迷わない。

 迷いのない瞳で、何もない暗闇を睨みつける。

 そしてリリィはさらに、言葉を続けた。


「何故なら、真なる力にこそ、“鞘”が……私の身体という“鞘”が、必要なのだから」


 そうリリィが言葉を落とした、その瞬間。

 リリィの身体は眩い光に包まれ、その姿を消失させていく。

 やがてリリィの身体は、光の中に吸い込まれ―――

 真っ暗闇の空間にはただ、闇だけが残された。

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